海自護衛艦「いずも」が空母化に向け準備を進めるなか、クイーン・エリザベス級空母の建造に携わる英国防衛産業大手BAEシステムズが日本法人を設立します。これらの動きに関係はあるのかないのか、関係者への取材などから読み解きます。

BAEシステムズが日本に現地法人を設立

 2021年10月12日(火)、イギリスに本社を置く世界的な防衛関連企業であるBAEシステムズが、日本メディアに向けた報道説明会を開催しました。そこで、2021年末から翌年初めまでに、日本に現地法人を設立することが発表されました。

 BAEシステムズの日本地区担当支配人であるトーマス・ライク氏によると、これにはおもにふたつの理由があると言います。

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英海軍空母「クイーン・エリザベス」甲板とF-35B戦闘機(画像:イギリス海軍)。

 ひとつは、日英間の防衛協力が近年、著しく強化されたことです。日本では、安倍政権以来アメリカ以外の国々との安全保障面での連携強化が推進されてきており、なかでもEU(ヨーロッパ連合)離脱と共にインド太平洋地域への進出を強めるイギリスとは非常に密接な関係が築かれてきています。

2021年9月にイギリス海軍の空母「クイーン・エリザベス」が神奈川県の横須賀基地に寄港したことは、その証左といえるでしょう。

 もうひとつの理由は、BAEシステムズ自身の日本に対する考え方です。実は、BAEシステムズは日本をインドと共に世界的な戦略的市場と位置付けており、さらに日本は現在、宇宙空間やサイバー空間、さらにAI(人工知能)といった分野も含めた防衛能力の強化を進めていることから、いまこそ日本との協力関係を強化するベストなタイミングと判断した、とのことです。

海上自衛隊の将来にも大きく関係するかも?

 これまで、BAEシステムズは艦艇、車両、航空機に至る幅広い分野で防衛装備品の設計や製造に携わってきました。そのなかのひとつである空母について今後、日本も無関係ではなくなるかもしれません。BAEシステムズは、前述した空母「クイーン・エリザベス」と、その2番艦である「プリンス・オブ・ウェールズ」の設計および製造に関して主導的役割を果たしており、空母に関するさまざまなノウハウを有しています。

 一方で、日本では海上自衛隊の「いずも」型護衛艦でステルス戦闘機F-35Bの運用を可能とするための計画が進められており、2021年10月3日にはアメリカ海兵隊のF-35Bを用いた護衛艦「いずも」における発着艦試験が実施されています。

BAEが大きく関わるのは「いずも」の「その先」…?

 防衛省は、「いずも」空母化に向けた一連の動きについて「太平洋側での防空能力強化」が目的と説明していますが、実際には島しょ防衛における航空機の継続的な運用や、あるいは海上自衛隊の艦艇部隊をインド太平洋地域に長期間派遣する「IPD(インド太平洋方面派遣訓練)」などに際して、F-35Bの搭載によるプレゼンスの誇示など、幅広く日本の安全保障政策の推進に活用することが目的と考えられます。

 そのため、現状の日本を取り巻く安全保障環境などを踏まえれば今後、海上自衛隊において本格的に固定翼戦闘機を運用するための艦艇が建造される可能性は決して低くはないでしょう。

BAEは海自「いずも」の先に何をもたらすか 英防衛関連大手の日本法人設立 その目論見

2021年10月3日、海自護衛艦「いずも」へ着艦するアメリカ海兵隊のF-35B(画像:アメリカ海兵隊)。

 そうなると、BAEシステムズが有する空母に関するさまざまなノウハウは、日本にとって非常に重要な意義を持つことになります。この点について、BAEシステムズのアジア地域コミュニケーション部部長であるトム・ドハーティ氏は筆者(稲葉義泰:軍事ライター)に対してこのように説明しています。

「航空母艦連合(ACA:イギリスの産業界とイギリス国防省による連合)の主要メンバーとして、私たちは、クイーン・エリザベス級から得た学びについて日本がさらに関与を深めたいということであれば、これを支援する用意があります。日本を支援するために我々が提供できることは多いと考えています。(記者会見では)学んだ多くのことについてお話ししましたが、協業とパートナーシップが非常に重要なことは明らかです。すでに存在する設計知識やデータ、そして実際の経験を活用することで、日本の開発プログラムのリスクと複雑さを軽減するためのお手伝いができると思います」

 つまり、BAEシステムズは自身が有する空母に関するノウハウについて、これを日本に提供することに前向きな姿勢を示しているのです。

クイーン・エリザベス級から得られるノウハウやメリットとは?

 それでは、クイーン・エリザベス級から得られるノウハウやメリットには、一体どのようなものが挙げられるのでしょうか。そのひとつは運用に要する人員の省人化です。

クイーン・エリザベス級における省人化に関する取り組みについて、ドハーティ氏は次のように説明します。

「クイーン・エリザベス級はインヴィンシブル級航空母艦の3倍の大きさで、最新の技術と設備を駆使して乗員数をスリム化し、従来の航空母艦とほぼ同じ679名で運航することができます。可能な限り技術を活用して運用性を向上させ、就役期間を通じてコスト並びに人員の負荷を軽減することを意図して設計されています。なかでも、この空母に搭載されている最先端の武器取扱システムは、従来の6倍の速さで武器を飛行甲板に移動させることができる上、システム操作に必要な人員を160人から48人にまで削減しています」

BAEは海自「いずも」の先に何をもたらすか 英防衛関連大手の日本法人設立 その目論見

「クイーン・エリザベス」でF-35Bが運用できるようにする統合作業において、BAEは主導的役割を果たした(画像:BAEシステムズ)。

 さらに、クイーン・エリザベス級で得られた設計および建造作業の効率化に関するノウハウも、これを日本が得られれば非常に大きなメリットとなります。ドハーティ氏は「『プリンス・オブ・ウェールズ(クイーン・エリザベス級の2番艦:筆者補完)』の納入プログラムは、『クイーン・エリザベス』から学んだ、建造スケジュールや作業順序、技術的学習、納入チームの構成などの多くの教訓を生かしたものとなっています。

これにより、英国の納税者に費用対効果の高いサービスを提供すると同時に、英軍に防衛能力の強化を図ることができました」と話します。

BAEが握る日本の「欲しいもの」

 そうしたノウハウやメリットの具体例としては、「作業の順序付け、リスク回避、経験移転、造船所のスタッフを含む統合されたプロジェクトチーム、設計を改善するための顧客側の変更点の取り込み、海上公試プログラムの簡略化などが挙げられます」(ドハーティ氏)といいます。

 少子高齢化にともなう今後、予想される海上自衛隊の人員不足を考えれば、艦艇の運用に関する省人化は非常に重要なポイントのひとつですし、さらに艦艇の建造に関するリスクや問題をあらかじめ回避することができれば、建造期間の短縮や費用の低減化を実現することもできるかもしれません。

BAEは海自「いずも」の先に何をもたらすか 英防衛関連大手の日本法人設立 その目論見

英空母「クイーン・エリザベス」。2021年10月に実施された日米英蘭加新共同訓練にて(画像:海上自衛隊)。

 現在、F-35Bを搭載する艦艇としては、アメリカ海軍もワスプ級およびアメリカ級強襲揚陸艦を運用していますが、より本格的なF-35Bの運用艦としてはクイーン・エリザベス級の方が理想的と考えられます。

また、そのほかにも、航空自衛隊のF-2戦闘機の後継機計画に関する協力の可能性も噂されていることから、もしかすると、BAEシステムズは今後の日本の安全保障政策を大きく左右し得る存在かもしれません。