日本が旨とする「専守防衛」において、持てる兵器と持てない兵器のラインはどこにあるのでしょうか。予算に計上され話題となっているミサイルなどを例に、その境界線について解説します。

相次ぐ長射程装備の配備決定

 2022年8月下旬、防衛省の2023年度予算概算要求にて、さまざまな新しい装備に関する予算が含まれることが各メディアの報道などで明らかになってきています。なかでも注目なのが、いわゆる「スタンド・オフ・ミサイル」の配備です。

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陸上自衛隊の12式地対艦誘導弾のランチャー(画像:アメリカ陸軍)。

「スタンド・オフ・ミサイル」とは、敵の防空システムなどがカバーする範囲の外側から攻撃可能な長射程のミサイルのことで、これによりミサイルを発射する航空機や艦艇、車両などがより安全に攻撃を実施することが可能になります。

 報道によると2023年度概算要求では、現在、陸上自衛隊が運用している「12式地対艦誘導弾」の能力を大幅に向上させ、射程1000kmを目指しかつ地上目標の攻撃も可能とする「12式地対艦誘導弾能力向上型」や、島しょ部に侵攻してきた敵を迅速に攻撃する「島しょ防衛用高速滑空弾」の量産のための予算、さらに海外から購入する長射程ミサイルに関する予算が盛り込まれる方向で、これが実現すれば、日本の防衛体制は新たな時代に突入することになります。

 一方で、こうしたスタンド・オフ・ミサイルに関して、これが「専守防衛」に反するという意見もSNS上などで見られます。

その「専守防衛に反するか否か」のライン、ひいては「日本が保有できる兵器とそうでない兵器の基準」は、どこに求められるのでしょうか。

そもそも「専守防衛」とは

 そもそも「専守防衛」とは、「相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢をいう」と定義される日本の基本的な防衛方針のひとつです。なぜこれが「個別の兵器の保有が許されるか否か」という話に発展するのかというと、それはこの中の「保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限る」という部分が関係しています。

 ご存知の通り、日本は憲法第9条の下で、諸外国と比較して防衛力に関する一定の制約が加えられています。なかでも、第9条第2項に定められている「戦力の不保持」という規定により、日本は自国を防衛するための必要最小限度を超える実力を有してはならないとされています。

 通常、この「必要最小限度を超えるかどうか」は、個々の兵器の問題というよりも自衛隊が有する実力全体の問題です。

しかし、なかにはその性能上それを保有するだけで直ちにこの「必要最小限度」を超える兵器が存在します。それが「攻撃的兵器」です。

日本が持てる/持てない兵器の境界線は? 専守防衛と「スタンド・オフ・ミサイル」
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アメリカ空軍のB-2戦略爆撃機(画像:アメリカ空軍)。

「攻撃的兵器」とは、「性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる」兵器と定義されるもので、その具体例としては、大陸間弾道ミサイル(ICBM)や戦略爆撃機、攻撃型空母などが挙げられます。そうなると、問題は冒頭で触れた12式地対艦誘導弾能力向上型や島しょ防衛用高速滑空弾が、この攻撃的兵器に含まれるのかどうかということになります。

「スタンド・オフ・ミサイル」は攻撃的兵器になるの?

 12式地対艦誘導弾能力向上型については、日本政府が正式な見解を表明しています。

これによると、攻撃的兵器については憲法上その保有が禁じられているとしたうえで、「一層厳しさを増す安全保障環境を踏まえ、諸外国の航空能力の進展が著しい中、我が国防衛に当たる自衛隊機が相手の脅威の圏外から対処できるようにすることで、自衛隊員の安全を確保しつつ、我が国を有効に防衛するために導入するものであり、あくまでも、専守防衛の下、国民の生命・財産と領土・領海・領空を守り抜くため、自衛隊の装備の質的向上を図る観点から導入するものであることから、これを保有することは、自衛のための必要最小限度の実力を超えるものではない」(衆議院議員宮川伸君提出長距離巡航ミサイルに関する再質問に対する答弁書)としています。

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12式地対艦誘導弾の射撃の様子(画像:アメリカ海軍)。

 つまり、「相手国の国土の壊滅的な破壊」ではなく、あくまでも敵の脅威圏外からこれを攻撃し、自衛隊がより安全に日本の防衛にあたることができるようにするためのものであるため、これは攻撃的兵器にはあたらないと整理されるわけです。

島しょ防衛用高速滑空弾は射程次第?

 一方で、島しょ防衛用高速滑空弾についてはどうでしょう。この兵器は、ブースターによってある程度の高度まで到達したところで分離された弾頭が、大気圏内を滑空しながら飛翔して目標に命中するというもので、従来の弾道ミサイル(飛翔の大半が放物線状の軌道を描くミサイル)と比較すると、飛翔高度が低いことや弾頭の軌道が変化するなど、さまざまな違いがあります。

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長射程誘導弾各種の、飛翔高度と射程のイメージ(画像:防衛装備庁)。

 しかし、仮にこれを弾道ミサイルと同様に扱うとなると、その射程によっては攻撃的兵器に分類される可能性が出てきます。たとえば、その射程がICBM(5500km以上)に匹敵する場合には攻撃的兵器とされる可能性がありますし、それ以下の場合でも、過去の日本政府による国会答弁では中距離弾道ミサイル(IRBM、射程3300kmから5500km)も攻撃的兵器に含まれるとされています。つまり、少なくとも射程3300kmを超える場合には、島しょ防衛用高速滑空弾も攻撃的兵器に分類される可能性はあります。

 ただし、現在のところ島しょ防衛用高速滑空弾の射程は数百kmと想定されており、この程度であれば攻撃型兵器に分類される可能性はありません。あるいは、これを弾道ミサイルとは区別される兵器として日本政府が分類をすれば、射程に基づいてこれが攻撃的兵器に分類されることはなくなる可能性もあります。

「攻撃的兵器」であるか否かのライン 「空母」の場合

 このように、ある兵器が専守防衛に反するかどうかについては、それが攻撃的兵器に分類されるかどうかで決定されます。

たとえば、現在注目を集めている海上自衛隊の「いずも」型護衛艦のいわゆる「空母化」改修について、これが攻撃的兵器のひとつである「攻撃型空母」にあたるという批判がありますが、実際はどうでしょうか。

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海自護衛艦「いずも」へ着艦するF-35戦闘機(画像:アメリカ海兵隊)。

「攻撃型空母」とは、「極めて大きな破壊力を有する爆弾を積めるなど大きな攻撃能力を持つ多数の対地攻撃機を主力とし、さらにそれに援護戦闘機や警戒管制機等を搭載して、これらの全航空機を含めてそれらが全体となって一つのシステムとして機能するような大型の艦艇などで、その性能上専ら相手国の国土の壊滅的破壊のために用いられるようなもの(2017〈平成30〉年3月2日 第196回国会 参議院 予算委員会 小野寺五典防衛大臣〈当時〉答弁)」と定義される艦艇です。つまり、(1)対地攻撃機を主力とし、さらにその他の航空機と共にひとつのシステムとして機能する艦艇であり、かつ(2)相手国の国土の壊滅的破壊のためにのみ用いられるもののみが「攻撃型空母」に該当することになります。

 これを踏まえれば、対地攻撃機ではなくあくまでも戦闘機である「F-35B」を必要に応じて搭載し、さらにその目的は相手国の国土の壊滅ではなく日本の防空能力の向上である「いずも」型の改修は、専守防衛に反するものではなく、憲法上問題ないということになるのです。

 このように、「〇〇は専守防衛や憲法に違反する」というセンセーショナルな意見に惑わされることなく、まずは個別の用語の定義や基本的な内容を確認することが重要なのです。