2022年現在、海上自衛隊で陸自隊員への船乗り育成が本格化しています。すでに海自輸送艦への乗り組みも始まっていますが、これらは近い将来新編される統合部隊を見据えてとのことだとか。
2022年11月、20年ぶりに開催された海上自衛隊の国際観艦式。横浜港には観艦式に参加する海自艦艇が集結し、一般公開も行われました。そのうちの1隻、山下埠頭に接岸した輸送艦「くにさき」(基準排水量8900トン)の中に入ると、海上自衛官だけでなく陸上自衛官も艦内の案内をしている様子が見受けられたのです。
「くにさき」の艦内では、“日本版海兵隊”と形容される水陸機動団が装備する水陸両用車AAV7や汎用軽機動車が展示されていましたが、明らかに水陸機動団の隊員ではない陸上自衛官の姿も見受けられました。なお、甲板に上がると陸海両方の隊員によるラッパ吹奏や手旗信号の展示も行われていました。
国際観艦式に参加した海上自衛隊の輸送艦「くにさき」。艦橋脇に整列する乗員のなかに陸自隊員の姿も見える(深水千翔撮影)。
実は現在、陸上自衛官も海自のおおすみ型輸送艦に乗り込んでいます。理由は2024年3月までに新編が予定されている自衛隊の統合部隊「海上輸送部隊」の基幹要員を育成するためだそう。乗艦しているのは陸自のなかでも輸送科に属する幹部と陸曹で、配置は航海科と機関科。乗艦はおおすみ型3隻すべてで、人数は各艦7人から8人程度のようです。
大型船舶に乗り組むためには、海技士免許相当の部内資格が求められ、2024年の部隊発足に間に合わせるには、その数年前から実際に乗船して経験を積んでおく必要があります。ゆえに「海上輸送部隊」の基幹要員の育成は2019年から始まっており、それぞれ所定の課程を経た後、運航要員は広島県江田島市の第1術科学校、機関要員は神奈川県横須賀市の第2術科学校に入校し教育を受けています。
「くにさき」では、自衛艦に乗り込む前まで陸自の輸送科でトラックの運転や整備をしていた隊員たちの話を聞くことが出来ましたが、いずれも自ら希望して船舶要員になったとのこと。陸自と海自で敬礼の角度や用語、ラッパの使い方などが違うため戸惑いはあるそうですが、はた目から見る限りでは乗組員の一員として溶け込んでいました。
急ピッチで進む海上輸送能力の拡充なぜ、彼ら陸自隊員が海自隊員とともに「海上輸送部隊」の船舶要員として教育を受けているかというと、悪化する安全保障環境の変化とそれに伴う自衛隊の対応が背景にあります。
東シナ海で中国軍の活動が活発化する中、自衛隊は南西地域の防衛体制の強化を進めています。陸自は先島諸島のうち、与那国島と宮古島に駐屯地を設置。2022年度中には石垣島にも駐屯地も開設し、地対空誘導弾部隊や地対艦誘導弾部隊を配置する予定です。加えて、離島奪還を担う水陸両用部隊である水陸機動団も増強を進めており、2023年度には第3水陸機動連隊が長崎県大村市の竹松駐屯地に新編されます。
ただ、島嶼部への攻撃に対応するには、海上優勢と航空優勢の確保はもちろんのこと、上陸阻止や奪還に使う陸上戦力を迅速に機動・展開させる必要があります。
横浜の山下埠頭で一般公開された輸送艦「くにさき」の艦上でラッパを吹く乗員。
自衛隊が持つ装備や人員の輸送が可能な艦艇は、前出した海自おおすみ型輸送艦3隻以外には輸送艇2号と呼ばれる小型揚陸艇が1隻あるのみ。防衛省がPFI(民間資金等活用事業)方式で契約している民間フェリー「はくおう」(1万7345総トン)と「ナッチャンWorld」(1万712総トン)もありますが、いずれも船体が大きいため小規模な港への輸送では不向きです。
その一方で、有事の際には全国各地から島嶼部に陸自部隊や各自衛隊の装備品を継続的に輸送する必要があり、航空機による輸送に適さない重装備や一度に大量の物資などを輸送するためには、海上輸送能力を強化する必要があるといわれていました。
こうしたなか、2018年に策定された「中期防衛力整備計画(中期防)」で明記されたのが、「海上輸送部隊」1個群の新設です。これは「平時から有事までのあらゆる段階において、統合運用の下、自衛隊の部隊などの迅速な機動・展開を行い得る」共同の部隊として設けられるとされています。
そこで防衛省は「海上輸送部隊」に配備するため、2022年度(令和4年度)予算で中型級船舶(LSV)1隻と小型級船舶(LCU)1隻を取得することを決定し102億円を計上。さらに2023年度(令和5年度)概算要求でLCU2隻の取得を求めました。将来的な船隊規模はLSV2隻とLCU6隻の計8隻となる予定です。LSVは本土と島嶼部への輸送を行える大きさで、搭載能力は2000トン程度。LCUは喫水が浅い港湾への入港が可能な大きさで搭載能力は数百トン程度のものを想定しています。
この新たに加わる「海上輸送部隊」の船舶に乗船するのが、おおすみ型に乗艦している陸自隊員たちなのです。
陸上自衛隊員が船を動かすというと、あまり馴染みがありませんが、似たようなことはすでにアメリカで行われています。アメリカ陸軍は輸送船舶を自前で保有しており、兵站支援艦(LSV)「ジェネラル・フランク・S・ベッソン・ジュニア」級(満載排水量4199トン)と汎用揚陸艇(LCU)「ラニーミード」級(同1102トン)、いずれも主力戦車であるM1エイブラムスを積載する能力があります。これらは艦首にバウランプと呼ばれる起倒式の道板を備えているため、港湾施設が整備されていなくてもある程度の広さの砂浜などさえあれば物資の揚陸が可能です。
国際観艦式に参加した海上自衛隊の輸送艦「くにさき」(深水千翔撮影)。
ちなみに旧帝国陸軍は独自に大規模な船舶部隊を持っていました。これは中国大陸など海を隔てた遠隔地に展開する部隊の輸送は、海軍ではなく陸軍の役割とされていたためで、上陸作戦で使用する上陸用舟艇などの開発も行っています。拠点は広島市宇品に置かれ、太平洋戦争の終結時には陸軍船舶司令部を筆頭に30万人以上の大所帯となっていました。
特殊な船舶としては、大発(大発動艇)や小発(小発動艇)といった上陸用舟艇を船尾から発進させることができる舟艇運搬船「神洲丸」、空母のような全通甲板を持ち航空機の運用が可能であった「あきつ丸」、輸送潜水艦「三式潜航輸送艇(通称まるゆ)」があります。このほか、大小問わず多数の船舶を運用していました。
島国である日本にとって、遠隔地へ大規模な陸上部隊を展開するには、それを輸送できるだけの能力を持った船舶が必要不可欠です。有事や災害への対処といった任務を踏まえつつ、陸自のニーズに沿った輸送船舶の整備を行うことは、部隊の柔軟な運用を可能にするという点では意義があるでしょう。
2022年11月6日に行われた海上自衛隊の国際観艦式では、輸送艦「くにさき」も受閲艦として参加し、同艦に勤務する陸自隊員が艦橋で海自隊員と並び、観閲艦の護衛艦「いずも」に向けて敬礼をしていました。
次の観艦式は2025年の予定です。そのころには前出の「海上輸送部隊」も発足している予定のため、ひょっとしたら陸上自衛官が運用する船舶も祝賀航行部隊の一員として参加しているかもしれません。