大井川鐡道井川線のアプトいちしろ~長島ダム間は、「日本一の急勾配区間」があります。それを克服するために日本唯一の「アプト式」を採用していますが、見どころは3本並んだ歯形レールのほかにもたくさん存在します。

平成の時代、日本に復活したアプト式

 静岡県の千頭~井川間を結ぶ大井川鐵道井川線は、途中のアプトいちしろ駅と長島ダム駅の間に日本の普通鉄道で最も急な坂となる90パーミル(1000mあたり90mの上り下り)の勾配が存在します。

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アプト式のED90形電気機関車(和田稔撮影)

 この区間では、歯型のラックレールに機関車の歯車を噛み合わせて上り下りするラック方式を採用。3枚のラックレールが線路の中央に設置されたアプト式は、明治時代に敷設された旧国鉄信越本線横川~軽井沢間(碓氷峠)の旧線以来で、現在日本で唯一のものとして注目されています。わずかひと駅ですが、これほどの急勾配になったことには興味深い理由がありました。

 アプト式を含む現在のルートが開業したのは、1990(平成2)年8月2日と、意外と最近です。それ以前の井川線は、現在のアプトいちしろ駅付近から奥大井湖上駅の先まで違うルートを走っていたのです。

 ところが、大井川に長島ダムを建設することになり、井川線の一部区間が水没することになりました。新しいルートを検討した結果、アプトいちしろ~長島ダム間は90パーミルの急勾配で高度を稼ぐとともに、アプト式を採用することになったのです。こうして、現在は絶景で名を馳せる奥大井湖上駅を含む新線区間の開業へ至りました。

 さて、このアプト式区間ですが、多くの見どころにあふれています。最も大きな特徴といえば、専用のED90形電気機関車を連結することです。線路の中央に敷かれたラックレールと噛み合わせるには、専用の機構を備えた車両が必要となるのです。

ED90形は常に千頭方(麓側)に連結され、登坂をサポートします。

 ED90形は井川線の他の車両に比べて背が高く、小柄な井川線の列車に乗ってくるとその迫力に圧倒されます。連結した時の凹凸感も実にユーモラス。アプトいちしろ・長島ダムの両駅ではED90形の連結・切り離しが行われ、ホームからその作業を見学できます。

分岐器や運転台にも注目

 また、アプト区間の設備にも注目です。井川線は非電化でディーゼル機関車が活躍していますが、ED90形は電気機関車です。アプトいちしろ駅に近づくと突然架線が頭上に現れ、それまでの井川線とは雰囲気が一変。市街地のような電化設備が見られます。

 3枚のラックレールはもちろんのこと、線路全体も注目のポイント。枕木はコンクリート製に変わり、レールとともにしっかりとした軌道に変化します。ED90形の重量は井川線全線を走るDD20形ディーゼル機関車の倍以上なので、それに耐える造りに変わるのです。山の中で光景が急に変化するギャップはなかなか強烈です。

 そしてもう一つ見逃せないのが分岐器です。アプトいちしろ・長島ダム両駅の分岐器は特殊な構造をしています。ED90形に装備される歯車が接触しないように歯車が通過する部分のレールも動きます。機関車の移動時には分岐が切り替わる瞬間もチェックしてみてください。

 ちなみに、同様の理由で駅構内やアプトいちしろ駅の千頭寄りにある踏切では、踏板の中央部分が若干低くなっています。

 アプト区間では、乗車しているとしっかりと坂の傾きを感じることができます。特に長島ダムと並行するように走る場所では、車両の窓枠とダムの角度を見比べるのがおすすめ。90パーミルがいかに急な勾配であるかを体感できます。

 また、アプト区間からは外れますが、近年人気が高まっている奥大井湖上駅や、前後の「レインボーブリッジ」の走行中には旧線の鉄橋なども見られます。人造湖である接岨(せっそ)湖、その中にひっそりたたずむ鉄道橋は、かつての鉄路からの眺めへ想像を駆り立ててくれるのです。

 ところで、井川線は新線の開通以来、井川方に制御客車のクハ600形を連結しています。この車両は運転台に大きな特徴があり、マスコンハンドルが二つ設置されています。

中央寄りでDD20形、左側でED90形を制御するのです。運転台の後ろに座れた時は、一区間のために設置されたマスコンハンドルを駆使する様子も見てみてください。

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