NASA(アメリカ航空宇宙局)の実験機「X-59」は、これまでより少ない騒音で超音速飛行を実現しようとするため、独特な機体形状をしています。とくに機首部分は先端が扁平で、まるでアヒルのクチバシのようです。
ただ、これと似たような先端形状をした乗りものが、日本には以前から存在しています。それは、JRが運行している新幹線です。
なぜ、超音速機と新幹線が似た先頭形状を採用しているのでしょうか。これには共通する「空気が作り出す騒音」が関係していました。
超音速飛行で特徴的な騒音が「ソニックブーム」と呼ばれるものです。これは高速で飛行する際、機体や主翼の先端部で空気が圧縮され、衝撃波となって地表に届くことで発生します。
NASAの実験機であるX-59は、ソニックブームの低減を目標に開発されたため、独特の機首形状を採用しました。通常の飛行機では、機首が円すい形に近いデザインなのに対し、X-59では先端は平べったく、そこから上へ向けて徐々に太さを増しています。
もちろん、この形状には理由があります。機首先端から胴体、主翼へと至る機体の断面積を一定の割合で変化させることで、ソニックブームの原因となる空気の圧縮をゆるやかにし、発生する衝撃波を小さくしようとしているのです。
この機首形状は、日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)が2015年7月に先行研究として実施した「D-SEND(低ソニックブーム設計概念実証)」第2フェーズ試験においても超音速試験機に採用され、発生するソニックブームを小さくすることが実証されています。このとき用いられたJAXAの試験機とX-59は非常に似た形をしており、低ソニックブーム機における現時点での最適解とされているようです。
X-59の機首形状に似ているのがJRの新幹線車両、特に東北新幹線を走るE5系やE6系、E8系に、東海道・山陽新幹線、九州新幹線、西九州新幹線を走るN700系やN700S系です。どれも先頭は平べったい形状をしており、そこから徐々に上方に向けて断面積を増しています。
X-59の平べったい機首先端(画像:NASA)。
新幹線車両がこういった先頭形状を採用しているのは、トンネル通過時における騒音対策のためです。
列車が300km/hという高速でトンネル内に進入すると、ちょうどトンネルがシリンダー、列車がピストンの役割を果たし、車両の先端で空気が圧縮されます。この圧縮された空気が衝撃波となってトンネル出口に向けて伝わり、出口でドンという大きな衝撃音を発生させるのです。この現象は俗に「トンネルドン」と呼ばれています。
現在の新幹線は通勤電車のような高頻度で運転されており、沿線の住民にとって「トンネルドン」は無視できない騒音です。少しでも騒音が少なくなるように考えて設計されたのが、先端から一定の割合で断面積を増やしていく先頭形状というわけです。
X-59のような低ソニックブーム実験機と、トンネルドンを低減する新幹線車両。速度の違いで先端部の長さは異なりますが、どちらも騒音の原因は「空気の圧縮」によるものなので、同様の設計手法が採用されているといえるでしょう。