日本で「ロールス・ロイス」といえば高級車の代名詞として広く知られていますが、現在の同社は名実ともに世界3大航空エンジンメーカーの一角です。クルマではないほうのロールス・ロイスには、どのような歴史があるのでしょうか。
エアバスが、シーメンス(ドイツ)およびロールス・ロイス(イギリス)と共同でハイブリッド電気飛行機を開発すると、2017年11月28日に発表しました。ロールス・ロイスはターボシャフトエンジンやジェネレーター、パワーエレクトロニクスなどの開発を担当することになります。
ロールス・ロイスを代表する高級車「ファントム」の最新型。現在の自動車部門はBMWの子会社が製造と販売を行っている(画像:ロールス・ロイス・モーターカーズ)。
「ロールス・ロイス」というと、高級自動車ブランドのイメージが強いのですが、実は現在のロールス・ロイスは、アメリカのGEやプラット・アンド・ホイットニーと並ぶ航空機エンジンの世界3大メーカーのひとつとして知られています。
高級車として有名なロールス・ロイスの自動車部門は、民営化にともない航空機エンジン部門と切り離され、現在はBMWの子会社が製造と販売を行っています。
1906(明治39)年に創立されたロールス・ロイス社は、高級乗用車「シルヴァーゴースト」の成功でその名を知られていました。航空機用エンジンの開発は、第一次世界大戦中に自動車のエンジンを航空機用に転用できないかと考えたイギリス軍が開発を持ちかけたことでスタートします。その後、イギリス陸軍航空隊の複葉機ブリストルF.2に採用されたV型12気筒の「ファルコン」など、優れた液冷エンジンを開発しロールス・ロイスはレシプロエンジンのメーカーとして飛躍します。
第二次大戦の空を制したRR製エンジン第二次世界大戦が始まると、ロールス・ロイスは自動車の生産を中止し、航空機用エンジンの生産に専念します。スーパーマリン社(イギリス)の「スピットファイア」やホーカー社(イギリス)の「ハリケーン」などに搭載された液冷V型12気筒「マーリン」エンジンは第二次世界大戦期の傑作エンジンといわれています。

「マーリン」エンジンを搭載した、イギリスの名機「スピットファイア」(2017年、石津祐介撮影)。
「ダンケルクの戦い」で、本土(グレートブリテン島)に撤退したイギリスとその本土上陸を目論むナチスドイツの間で行われた史上最大の航空戦「バトル・オブ・ブリテン」では、「マーリン」を搭載した「スピットファイア」が大活躍し、イギリスを救った戦闘機として一躍その名を轟かせます。
イギリス以外の戦闘機では、高高度での性能が発揮できなかったノースアメリカン社(アメリカ)P-51「マスタング」戦闘機のエンジンをアリソン社(アメリカ)の「V-1710」から「マーリン」に換装したところ、飛行性能が飛躍的に向上しました。それ以降、ライセンス生産した「マーリン」を搭載した「マスタング」が地上攻撃や爆撃機の護衛で大活躍し「史上最高のレシプロ戦闘機」として評価されます。

「ダート」エンジンを搭載した航空自衛隊のYS-11FC(2016年、石津祐介撮影)。
ロールス・ロイスは、1947(昭和22)年に世界で初めてターボブロップエンジン「ダート」の実用化をスタートさせます。このエンジンの登場により、航空機はレシプロエンジンからターボブロップエンジンへの切替えが進みます。
ヴィッカース(イギリス)の旅客機「バイカウント」をはじめ、日本の国産旅客機「YS-11」にも採用され、1987(昭和62)年まで生産されロングセラーのエンジンとなりました。
起死回生の航空エンジン「トレント」誕生ロールス・ロイスは、第二次世界大戦中からジェットエンジンの開発を進めます。世界初のジェット旅客機「コメット」の「Mk. II」には1950(昭和25)年に開発したターボジェットエンジン「エイヴォン」が採用されました。ほか、シュド・エスト(フランス)の「シュド・カラベル」などの旅客機や軍用機にも採用され、1974(昭和49)年まで生産されます。
ところが、ロッキードの旅客機L-1011「トライスター」用に開発を進めたターボファンエンジン「RB211」が、開発と試験期間を大幅に超過したため予算が増大し、1971(昭和46)年1月にロールス・ロイスは債務超過に陥り管財人の管理下に入ります。そして同社はイギリスが国有化することで存続し、自動車部門は切り離され民営化し、ヴィッカースに売却されます。
倒産の原因となった「RB211」ですが、改良をかさねボーイング747や757にも採用されました。

ヒースロー空港に着陸するブリティッシュ・エアウェイズのボーイング747-400。エンジンはRB211-524G2(2016年、石津祐介撮影)。
国有化されたロールス・ロイスは、1987年にサッチャー政権下で再度民営化されます。このころ、大型民間機用エンジン市場はGEとプラット・アンド・ホイットニーがシェアを握っており、ロールス・ロイスは起死回生にとイギリス政府から資金援助を受け、「RB211」シリーズで培った技術を活かし、新たなエンジン「トレント」シリーズを開発します。
新たに登場したイギリス製のエンジンは、ブリティッシュ・エアウェイズやイギリス連邦系のキャセイパシフィックおよびカンタス航空などの航空会社がこぞって採用し、その後はほかの航空会社からも発注が広がり、シェアが拡大します。

「トレント1000」を搭載したANAのボーイング787-8(2016年、石津祐介撮影)。
「トレント」は700シリーズがエアバスA330、800シリーズがボーイング777に採用されます。そしてボーイング787のロンチカスタマーとなったANAはエンジンに1000シリーズを選択しています。JALが2019年に採用予定のエアバスA350 XWBでは、選択するエンジンが「トレントXWB」のみになっています。
「垂直離着陸機」実現の影に世界初の実用STOVL(垂直離着陸)機であるホーカー・シドレー(イギリス)の「ハリアー」に搭載されている推力偏向型ターボファンエンジン「ペガサス」を開発したのも、ロールス・ロイスです。

「ペガサス」エンジンを搭載したアメリカ海兵隊のAV-8B「ハリアーII」(2016年、石津祐介撮影)。
ロールス・ロイスは、この「ペガサス」の経験を元に、ロッキード・マーチンF-35シリーズのエンジンや、プラット・アンド・ホイットニーの「F135」エンジン開発に参加しており、STOVL用垂直浮揚システムのリフトファンを担当しています。ロールス・ロイスはGEアビエーションと改良版の「F136」を開発し、F-35の購入時にエンジンを「F135」か「F136」を選択するプランでしたが、こちらは資金難で頓挫しました。
そしてロールス・ロイスは、ティルトローター機V-22「オスプレイ」のターボシャフトエンジン「AE 1107C-リバティー」も製造しています。
いまだ高級車のイメージが強いロールス・ロイスですが、このように民間から軍用まで幅広く航空機のエンジンを製造しています。同社のエンジンにはカウルにRが重なったマークが描かれていますので、飛行機に搭乗する際にはエンジンを見てみてはいかがでしょうか。
【写真】旅客機に見る「ロールス・ロイス」

旅客機の機内からも、エンジンカウルに描かれたロールス・ロイスのロゴマークが見られる(石津祐介撮影)。