2018年3月に退役したフィリピン海軍の元旗艦「ラジャ・フマボン」は、世界でもまれに見る長寿艦でした。海上自衛隊に在籍していたこともある同艦は、どのように75年にもわたる艦齢を重ねたのでしょうか。
フィリピン海軍は2018年5月28日、6月27日から8月2日までハワイで開催される、多国籍海軍合同演習「リムパック-2018」に参加すると発表しました。
アメリカ海軍、海上自衛隊、フィリピン海軍で60年以上に渡って活躍した「ラジャ・フマボン」(画像:アメリカ海軍)。
「リムパック」はアメリカ海軍の主催により2年に1度開催される演習で、「リムパック-2018」には1980(昭和55)年から連続して参加している海上自衛隊のほか、イギリス海軍、カナダ海軍、オーストラリア海軍、チリ海軍、ベトナム海軍など26か国の海軍の参加が予定されています。フィリピン海軍は2016年の「リムパック-2016」に人員を派遣したことはありますが、艦艇を派遣する形の本格的な参加は今回が初となります。
フィリピン海軍は「リムパック-2018」に、グレゴリオ・デル・ピラール級フリゲートとダーラック級戦車揚陸艦、ヘリコプター1機、海兵隊員700名を派遣します。参加部隊の中核となるグレゴリオ・デル・ピラール級フリゲートは、2011(平成23)年から3隻が就役した、フィリピン海軍最大の水上戦闘艦で、1番艦の「グレゴリオ・デル・ピラール」はフィリピン海軍の旗艦を務めています。
グレゴリオ・デル・ピラール級が就役するまで、長きに渡ってフィリピン海軍の旗艦は「ラジャ・フマボン」という名前の軍艦が務めていました。15世紀から17世紀にかけての大航海時代に活躍した探検家、フェルディナンド・マゼランから初めてキリスト教の洗礼を受けた族長の名を頂いた「ラジャ・フマボン」には、海上自衛隊で護衛艦として働いていたという、驚くべき過去があります。
元々はUボートも沈めた米海軍のフネ「ラジャ・フマボン」は1943(昭和18)年に、アメリカ海軍のキャノン級護衛駆逐艦「アザートン」として建造されました。護衛駆逐艦は第二次世界大戦中、潜水艦から輸送船や商船を護衛するために大量建造された水上戦闘艦で、「アザートン」も1945(昭和20)年5月にほかの護衛駆逐艦と共同で、ドイツ海軍の潜水艦「U-853」を撃沈するという戦果を挙げています。

アメリカ海軍の護衛駆逐艦「アザートン」。第二次世界大戦終結後は海上自衛隊の護衛艦「はつひ」として就役している(画像:アメリカ海軍)。
アメリカ海軍は第二次世界大戦中、「アザートン」を含めて440隻の護衛駆逐艦を建造しましたが、同大戦の終結により大多数の護衛駆逐艦はアメリカ海軍にとって不要な存在となりました。このためアメリカは不要となった護衛駆逐艦を同盟国や友好国に譲渡、または貸与することにします。「アザートン」およびこれと同じキャノン級駆逐艦の「アミック」は、新たな同盟国となった日本の海上自衛隊に貸与され、「アザートン」は警備艦(後に護衛艦に改称)「はつひ」、「アミック」は警備艦(前同)「あさひ」として、海上自衛隊で第2の人生を送ることとなったのです。
「はつひ」と「あさひ」は同じくアメリカから貸与されたタコマ級フリゲートのくす型護衛艦、旧日本海軍の駆逐艦を再就役させた護衛艦「わかば」などと共に、草創期の海上自衛隊の主力艦として活躍しました。その後日本が復興を遂げ、国産護衛艦が建造されてからは練習艦隊に編入され、数多くの海上自衛官を育ててきましたが、老朽化により1975(昭和50)年6月に除籍され、アメリカ海軍に返還されました。
お役ご免のはずが…フィリピンで主力艦艇へ海上自衛隊からアメリカ海軍へ返還された時点で、「はつひ」と「あさひ」は艦齢30年を超えており、お役ご免となるはずだったのですが、海軍力を強化したいものの、財政的に余裕の無かったフィリピン海軍が譲渡を希望したため、2隻は同じキャノン級でアメリカが保管していた「ブース」と共にフィリピン海軍に引き渡されることになります。こうして、前に述べたように「はつひ」は「ラジャ・フマボン」、「あさひ」は「ドゥツ・シカツナ」、「ブース」は「ドゥツ・カランチャオ」として、フィリピン海軍で新たな任務に就きました。

護衛艦「あまぎり」から撮影された「ラジャ・フマボン」。2018年2月に「あまぎり」と最後の共同訓練を行なった(画像:海上自衛隊)。
「ドゥツ・カランチャオ」は不幸にも1981(昭和56)年の台風に伴う事故で失われ、「ドゥツ・シカツナ」は1988(昭和63)年に退役。「ラジャ・フマボン」も1980(昭和55)年に一度退役したのですが、フィリピンに新型艦艇を導入する予算が無かったことから、1996(平成8)年に再び現役に復帰しています。
それからグレゴリオ・デル・ピラール級が就役するまでの15年間、フィリピン海軍で最も大きな水上戦闘艦として存在感を発揮し続けた「ラジャ・フマボン」は、アメリカ海軍や海上自衛隊との共同訓練にもフィリピン海軍の「顔」として参加したほか、2007(平成19)年に公開された映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』にも、アメリカ海軍の軍艦役として参加するなど、老骨に鞭打って働き続けました。
フィリピン海軍は「ラジャ・フマボン」に対艦ミサイルを搭載して、現役に留めることを検討していましたが、2016年にグレゴリオ・デル・ピラール級3隻が揃い、さらにより能力の高い水上戦闘艦を導入する予算確保の目処がついたことから、「ラジャ・フマボン」は2018年3月15日をもって、フィリピン海軍での使命を終えています。
実は寿命の3倍以上も活躍現代の軍艦は運用寿命が長くなる傾向にあり、30年以上運用されるフネは珍しくありませんが、第二次世界大戦当時の軍艦の運用寿命はおおむね20年程度を想定していました。途中退役していた期間があったものの、アメリカ海軍、海上自衛隊、フィリピン海軍で60年以上運用された「ラジャ・フマボン」は、それだけで軍艦史上に残る存在と言えるでしょう。

2018年3月26日にフィリピン海軍へ引き渡された海上自衛隊のTC-90練習機(画像:海上自衛隊)。
実は「ラジャ・フマボン」の退役から11日後の3月26日、海上自衛隊とフィリピン海軍には新たな縁が生まれています。日本政府は2016年に、老朽化していたフィリピン海軍の哨戒機の後継機として、海上自衛隊が運用していたTC-90練習機を5機、フィリピン海軍に無償譲渡することを決定しました。海上自衛隊はフィリピン海軍のパイロットの訓練を日本国内で行ない、最初の2機を2017年3月に引渡し、残る3機が、3月26日に引き渡されたのです。

2018年2月に海上自衛隊のP-1哨戒機(左)と共同訓練を行なったフィリピン海軍のC-90哨戒機(画像:海上自衛隊)。
フィリピン海軍でC-90哨戒機として就役した、元海上自衛隊のTC-90は、現在南シナ海のパトロールなどで使用されており、恐らく「ラジャ・フマボン」と同様、長期に渡ってフィリピン海軍で活躍し続けるのではないかと思われます。
【写真】フィリピン海軍旗艦「グレゴリオ・デル・ピラール」

フィリピン海軍旗艦の「グレゴリオ・デル・ピラール」は元米海軍のハミルトン級「ハミルトン」長距離カッター(哨戒艦艇)。(画像:アメリカ海軍)。