米海軍が運用する「病院船」が初来日し、一般公開されました。世界でも珍しい部類に入る「病院船」という、ちょっと特殊な船を、船内写真とともに紹介します。
2018年6月16日(土)に、米海軍病院船「マーシー」の、東京初寄港にともなう一般公開が行われました。「病院船」とはその名の通り、病院施設を備えた船のことで、「マーシー」は1986(昭和61)年から米海軍で運用されています。世界でも珍しい部類に入るもので、日本の自衛隊では同様の船は運用されていません。
米海軍の病院船「マーシー」。同名の米海軍艦船としては3代目にあたる(2018年6月16日、矢作真弓撮影)。
米海軍において、「慈悲」を意味する「マーシー(Mercy)」の船名は古く、現在の船は3代目になります。
まず、1907(明治40)年に「サラトガ」という船が建造されました。第一次大戦開戦から、最初の9ヶ月間に渡って軍隊の輸送任務を行った「サラトガ」は、その後「マーシー」と改名されて、ニューヨークのブルックリンを拠点とする病院船に転用されました。ここで、初めて「マーシー」という名の病院船が誕生しています。
2代目の「マーシー」は、第二次大戦中の1943(昭和18)年に米カリフォルニアの造船会社によって建造されました。1944(昭和19)年10月にはフィリピンのレイテ湾において救援活動を実施し、約400名の死傷者をニューギニアの病院へ運んでいます。
1945(昭和20)年4月には沖縄のハグシビーチ(渡具知ビーチ)沖に到着し、4日間に渡って救援活動に参加しています。

後方から見たマーシー(2018年6月16日、矢作真弓撮影)。

マーシーに積まれた救命ボート(2018年6月16日、矢作真弓撮影)。

「マーシー」見学会の看板(2018年6月16日、矢作真弓撮影)。
2018年現在運用されている3代目「マーシー」は、1976(昭和51)年に米サンディエゴにある造船所にて、当初は石油タンカーとして建造されました。その後、病院船に改造され、1986(昭和61)年に米軍籍の病院船として就役しています。1991(平成3)年の湾岸戦争時には、軍の活動を支援するためアラビア湾において救援活動を実施しました。派遣期間は約半年間で、その間に690名の患者が入院し、約300回の手術を行ったと記録されています。
最先端をゆくハイテク手術支援ロボットも搭載「マーシー」の全長は約272m、幅約32mで、海上自衛隊が運用する最大の護衛艦「いずも」型護衛艦の全長約248m、幅約38mと近い数字になります。同型船は「マーシー」と「コンフォート」の2隻のみで、このほかに米海軍が運用している病院船はありません。

救命救急室(ER)に並ぶベッド(2018年6月16日、矢作真弓撮影)。

レントゲン室(2018年6月16日、矢作真弓撮影)。

CTスキャン室(2018年6月16日、矢作真弓撮影)。
マーシー級病院船は、船橋が船体の前の方に設置されていて、その後方にはヘリパッドが設けられています。このヘリパッドは大きく、大型輸送ヘリコプターでも離着船することができ、またここから直接患者を救命救急室(ER)に運び込むことができます。この救命救急室には50床のベッドが設置されていて、ここで患者の症状に応じて、治療の優先順位や処置内容を決めるトリアージが行われます。
この救命救急室のすぐ隣には4つのレントゲン室が完備されています。レントゲンの写真はデジタル処理されて、すぐに確認することができます。その近くにはCTスキャンが撮影できる部屋や、手術室が並んでいます。

「マーシー」に設置されている手術支援ロボット「da Vinci Xi」(2018年6月16日、矢作真弓撮影)。
手術室のなかには、米インテュイティブサージカル社が製造販売している「da Vinci Xi(ダ・ビンチ・エックス・アイ)」という、世界の最先端をゆく手術支援ロボットが設置されていました。
船内はまるで総合病院、「船」ならではの工夫も船内を巡ると、そこはまさに街の総合病院となんら変わりのない姿がありました。患者用のベッド数は1000床以上といいます。

非常用脱出呼吸具が収められたキャビネット(2018年6月16日、矢作真弓撮影)。
非常用脱出呼吸具は、船内の多くの場所で確認することができました。それは集合住宅の1階にあるポストの様に設置されていて、緊急時にはすぐに使用できるようになっています。
船内には普通の階段もあるのですが、手術室と病室を繋ぐルートは完全バリアフリーになっていて、上下階への移動も長いスロープを使って移動します。そのスロープ状の通路の壁には多数の担架が置いてありました。キャンバス地の担架は通路の端に積まれていて、水抜けを考慮した担架は壁に掛けてありました。水抜けを考慮した担架は、万が一落水した者がいた場合や、海上で助けを求める要救助者を引き上げるために用意してあるのだそうです。
平時には23名の民間人スタッフと63名の医療関係海軍兵で運用されている「マーシー」ですが、有事の際には民間人スタッフは63名に、医療関係海軍兵は1215名にまで増員されるそうです。ただし、この増員数はミッションの内容によって変化するといいます。

船内のスロープ。

歴代「マーシー」乗員の、名誉勲章受章者を紹介するパネル(2018年6月16日、矢作真弓撮影)。

船内の説明をする担当の海軍士官(2018年6月16日、矢作真弓撮影)。
6月17日(日)には日米共同災害医療訓練が実施される予定で(6月16日19時現在)、日本政府は東日本大震災で病院機能が麻痺した経験から、船舶を医療拠点として活用できないか検討しているといいます。
建造費や維持費など気になる点もたくさんありますが、自然災害の多い日本において、病院機能を強化した船舶の活用は、人命救助の観点からも非常に有効なのではないかと思います。