軍用機にステルス技術が採用され久しく、航空自衛隊にもステルス戦闘機であるF-35の配備が開始され、もはやありふれたもののような感がありますが、そもそもステルスとはどのような技術なのでしょうか。その基礎から解説します。
近年、各国において「ステルス機」の配備が急速に行われつつあります。1991(平成3)年の湾岸戦争において一躍有名となったF-117「ナイトホーク」攻撃機に始まりB-2A「スピリット」戦略爆撃機、そして戦闘機であるF-22「ラプター」、F-35「ライトニングII」など、これまでアメリカが独占していましたが、F-35はステルス機として初めて輸出が行われ、航空自衛隊をはじめにアメリカの同盟国へと供給が進んでいます。
F-22「ラプター」。「形状制御」のために主翼、空気流入口、尾翼、ウェポンベイドアの前縁など多くの箇所が同じ角度(42度)で統一されている(関 賢太郎撮影)。
さらに中国ではJ-20が、ロシアではSu-57が実用化に向けて開発段階にあり、これらは2018年現在において実戦投入可能な水準にはないと見られますが、おそらくそう遠くないうちに成熟されたステルス戦闘機として実働体制に入ることはほぼ間違いありません。
もはやステルス機は珍しくなくなりつつありますが、そもそもステルス機とは一体どのようなものであり、従来型の非ステルス機との違いはどこにあるのでしょうか。
おそらく多くの人は、ステルス機とは「レーダーに映らない航空機である」と認識していることと思われますが、これは正確とは言えません。なぜならばステルス機といえども、レーダーに対して不可視ではなく「映りにくい」だけであり、1999(平成11)年には実際にF-117がレーダー誘導型地対空ミサイルによって撃墜された事例があります。
ではステルス機はどのようにしてレーダーに対して映りにくくしているのでしょうか。そのためにはまずレーダーとはどのようにして航空機を探知しているかを知る必要があります。
なぜ見えないのか、「形状制御」の基礎の基礎レーダーとは電波を照射し、空中に存在する何らかの物体(航空機や雨雲など)にぶつかって戻ってきた反射波を受信する装置です。電波は光速(秒速30万km)で進むため、反射波が戻ってくるまでの時間を計測することによって物体までの距離を知ることができます。

YF-23「ブラックウィドウII」。エンジンノズルを冷却タイルで覆い赤外線低減策が盛り込まれるなど、ステルスはYF-22を上回っていたとされる(関 賢太郎撮影)。
ステルスとは「自分にぶつかってきた電波を発信源に戻さない」ことによって達成されます。つまり電波を照射した側は反射波を捉えられないわけですから、何もない空間であると認知することになります。
この、電波反射波方向のコントロールは、「形状制御」と呼ばれる技術によって達成されます。形状制御を分かりやすく単純化するならば、「鏡の角度を45度にした場合、自分の姿は90度直角の位置にいる人には見えるが自分自身は見えない理屈」を電波に置き換えた機体設計であると言えます。たとえばF-22は主翼前縁、垂直尾翼や水平尾翼の前縁、空気流入口の前縁など、多くの部分は正面から向かって42度の角度が設けられており、正面からぶつかってきた電波が均一に真横に跳ね返るよう配慮されています。
F-22の機体には電波吸収材なども使用されています。電波吸収材はその知名度とは裏腹に、それそのものだけではあまり効果がなく、あくまでも形状制御を達成する目的に使われるものであり、逆に「電波反射材」が使われている部分もあります。
形状制御は原理上レーダーに映りやすくなる瞬間が存在します。F-22は発信源からの見かけ上の角度が42度となった場合はどうしても大きい反射波を返してしまうものの、移動するF-22の見かけ上の角度は絶えず変化しますから、探知される時間はほんのわずかで済みます。
面白いことに、このステルスの根幹ともいえる形状制御の理論を世界ではじめて論文にまとめ発表した人物は、ソ連のピョートル・ウフィムツェフという物理学者でした。ところがソ連では、ウフィムツェフの論文の重大さが理解されず公開されつづけ、皮肉なことに敵国であったアメリカがこれに注目し開発したF-117によって、初めてその正しさと重要性が世界に認知されることになります。

形状制御の本家であるロシアのSu-57の原型機T-50。ステルス戦闘機がどれも似ているのは同じ思想で設計されたが故であり偶然ではない(関 賢太郎撮影)。
かつては飛行機を飛ばすための航空力学と、ウフィムツェフの形状制御理論を両立させることが困難でした。ゆえに最初の実用機F-117は、計算を単純化するため飛行性能をあえて捨て、角ばった特異な設計となりました。その後ノウハウの蓄積やコンピューター処理能力の向上によってソフトウェア上で比較的簡単にシミュレーションできるようになったことから、高い飛行性能を要求される戦闘機にも形状制御を盛り込むことが可能となり、F-22やF-35の開発に繋がります。ウフィムツェフの論文は1962(昭和32)年に発表されました。形状制御はもはやある程度確立された「古い技術」であると言えるでしょう。
ただしレーダーによる被探知を最小限とする形状制御は、ステルスを実現するための一手段でしかありません。せっかく形状制御を盛り込んでも自分自身がレーダーを使ってしまえば、その電波を逆探知されすべてが台無しになってしまいます。
ステルス機はできるだけレーダーを使わない必要があり、例えば4機編隊ならば2機はレーダーを使うが残る2機は静粛を保つ、もしくは空中警戒管制機を頼るなどのネットワークシステムがとても重要となります。

世界初の実用ステルス機、F-117「ナイトホーク」。60機あまりが生産され、2008年に全機が退役した(画像:アメリカ空軍)。