ASEAN各国の空軍パイロットたちが、航空自衛隊の視察と交流のために来日しました。航空医学実験隊の各種施設やC-2輸送機の物料投下見学など、まるで大人の修学旅行ですが、大事なところではとても真剣な表情を見せていました。
2019年7月8日、防衛省の庁舎に、様々なユニフォームを着た空軍士官(少佐、中佐級)が集まりました。彼らはASEAN(東南アジア諸国連合)加盟全10か国(インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス)それぞれの空軍から現役パイロットが1名ずつと、シンガポール国防省1名、ASEAN事務局1名の計12名からなる、「プロフェッショナル・エアマンシップ・プログラム」(以下「PAP」)の訪問団です。
「プロフェッショナル・エアマンシップ・プログラム」にて、ASEAN各国のパイロットたちが国産輸送機C-2のシミュレーターで操縦を体験した(月刊PANZER編集部撮影)。
「PAP」は日本が主導して始まった、大臣や高官ではなく各国空軍で任務に就くパイロット同士による交流プログラムで、インド、太平洋地域における日本とASEAN空軍種間の信頼醸成や、ASEAN内のインターオペラビリティ(相互運用性)向上、現役パイロットとしての安全保障問題に関する忌憚のない議論を目的とし、また今回に関しては、日本の航空自衛隊見学を通じて日本の航空防衛力の考えかたを伝えるプログラムとうたわれています。

防衛省を訪問した「PAP」参加者(画像:防衛省)。

航空医学実験隊で低圧訓練装置を見学(月刊PANZER編集部撮影)。

低圧訓練装置の制御盤(月刊PANZER編集部撮影)。
部隊見学では入間基地にて航空医学実験隊を訪れ、高高度飛行時に使われる酸素マスクやレギュレーターの操作を訓練したり、低酸素状態を体験できる低圧訓練装置、空間識訓練装置を見学、体験したりしました。

空間識訓練装置、白地に赤線のカプセルがコクピットに当たる(画像:航空自衛隊)。

空間識訓練装置を体験する比空軍中佐。脇にエチケット袋(月刊PANZER編集部撮影)。

制御室のモニターには飛行データーやパイロットの表情が(月刊PANZER編集部撮影)。
なかでも空間識訓練装置は、映像と連動して4軸による回転運動ができるシミュレーターで、実機では再現が難しい各種錯覚を体験できます。三沢基地のF-35A墜落の原因とされる「バーティゴ」(空間識失調)も再現でき、対処法を訓練できるというものです。この装置を持っていない国もあり、初体験というパイロットもいました。
ただ、昼食後だったこともあってか、一部参加者は体験搭乗を辞退していました。というのも、現役パイロットでもバーティゴはひたすら気分が悪くなるものなのだそうです。エチケット袋も用意されていましたが、幸い使われることはありませんでした。
イチ押しのC-2輸送機もタップリと日本がいま、イチ押しで海外にもPRしているのがC-2輸送機ですが、これを見学するために、プログラム参加者たちは航空自衛隊第3輸送航空隊が置かれる鳥取県の美保基地へ移動しました。埼玉県の入間基地からの往路はC-1輸送機に搭乗したのですが、C-2と乗り比べをしてもらう意図もあったようです。

C-2輸送機の後部扉から物料投下の瞬間(布留川 司撮影)。
美保基地にはC-2シミュレーターがあります。実際の美保基地周辺の風景がリアルに再現されており、こちらは空間識訓練装置のときと違って、ほぼ全員が操縦席に座りました。さすが現役パイロット、スムーズな操縦ぶりを見せ、彼らもC-2の操縦性の良さに感心しきりでした。
第3輸送航空隊は、飛行中の輸送機から物資を投下する「物料投下訓練」を展示しました。最初は見学者(および取材陣)も投下機に搭乗、次に地上から見学と、2回も展示するサービスぶりです。
物料を搭載して離陸したC-2は、投下態勢を取るべく低空飛行します。気流が悪く機体は揺れていたのですが、機長の計らいかベルトを外して機内見学が許されました。参加者たちはスマホで盛んにあちこち写真を取り、希望者は操縦席へも案内されます。緊張を強いられる低空飛行で操縦席に立ち入りできるのは、異例のことだそうです。部隊として最大限の「おもてなし」をしようというところでしょうか。

見学者のほぼ真上で物料投下。高度は約100m(月刊PANZER編集部撮影)。

空自の物料投下訓練場は美保基地内にあるものが唯一(月刊PANZER編集部撮影)。

見学者到着時間に合わせC-2が進入、物料投下するのは流石(月刊PANZER編集部撮影)。
投下演習場に近づくと、全員、座席にきっちり座りベルトを締め直します。
着陸後は車両に乗り換えて基地内の訓練場に移動し、地上から投下の様子を見学します。高度約100mで見学者の真上を飛行したC-2にちょっとびっくりしましたが、サービスではなく風向きの関係だったようです。
とはいえ「最前線」は見学しないワケ各国の参加者は、若手ファイターパイロットからベテランと思しき士官まで多岐にわたっていました。たとえばラオス空軍中佐は、さかんに写真のシャッターを押すようこちらに頼んでくるなど、リラックスしている時間もありましたが、一転して関心の高いプログラムになると同一人物とは思えないくらい真剣になり、さすが現役空軍パイロットだと思わせます。物料コンテナの梱包作業の様子も見学できたのですが、間近に見る機会は少ないらしく、非常に熱心に見入っていたのが印象的でした。

物料の梱包作業はなかなか見る機会がないとあって、参加者は間近で真剣に見つめていた(月刊PANZER編集部撮影)。
日本の海上自衛隊とASEANの海軍種「海の男」の交流は、すでに「日ASEAN乗艦協力プログラム」として行われています。
このプログラムは実務性よりも、むしろ日本とASEANで軍事面でも様々なレベルで交流を深めていることを対外アピールする意味があります。一方で中国に対するスタンスは、国によって個別事情を抱えています。現在の日本の周辺事情を空軍関係者に知らせるなら、沖縄の那覇基地を見学するのが最適だと思えますが、あえて「最前線」に行かないことも、日本側が各国と中国の関係に配慮したことかもしれません。

プログラムの合間に基地内売店でショッピング(月刊PANZER編集部撮影)。

美保基地司令塩川1等空佐を表敬(月刊PANZER編集部撮影)。

今回のプログラムを支援した第403飛行隊との記念撮影(月刊PANZER編集部撮影)。
次回の「PAP」は来年、シンガポールで開催される予定となっています。
※一部修正しました(8月8日11時30分)