四国の阿佐海岸鉄道で、線路と道路の両方を走れるユニークな車両が営業運転を始める予定です。列車とバスの良いとこ取りといいますが、欠点もあります。
2019年10月5日、阿佐海岸鉄道沿線の徳島県海陽町と高知県東洋町で「DMV」のお披露目イベントが開催されました。DMVは「Dual Mode Vehicle(デュアル・モード・ビークル)」の頭文字をとった略称です。鉄道と道路、ふたつ(デュアル)の方式(モード)に対応した乗りもの(ビークル)です。
外観はマイクロバスですが、床下にはタイヤのほかに鉄道用の車輪を格納しています。DMVはバスとして道路を走り、道路と線路の切り替え地点で前後に鉄道の車輪を出します。その後、線路で車輪は車両をガイドし、タイヤの後輪を回して走行します。道路モードと鉄道モードの切り替えは、一旦停止してから15秒ほどです。
イベントでは鉄板を敷いて鉄道モードを実演。約15秒で車輪が降りて車体を支える(2019年10月、杉山淳一撮影)。
鉄道と道路の両方を走行できる車両としては、鉄道保線用車両の「軌陸車」があります。保守が必要な場所まで道路を走り、踏切などで鉄道モードに切り替えます。
DMVのおもな利点は次の通りです。
・鉄道車両に比べて製造費用が安い
市販のマイクロバスを改造するため、鉄道車両の製造費より安くなります。ただし、現在はまだ利点を発揮できていません。
・鉄道車両より保守費用が安い
鉄道車両の3分の1程度の重量で軽くなり、燃料費は約5分の1になる見込みです。車両が簡素なため点検整備の手間や時間も少なくなります。車両の軽量化により線路の保守費用も削減できます。
・駅から離れた地域へ送迎できる
鉄道は駅でしか乗降できませんが、道路を走行できると病院や学校、商業施設まで送迎できます。
・混雑する道路区間を避けて鉄道を利用できる
道路交通は渋滞がつきもの。しかし鉄道を走行できるため、平均速度は上がり、定時性も確保できます。
・駅で鉄道とバスの乗り換えがいらない
乗り換えのために駅構内の階段を昇り降りする必要はありません。
・災害時に交通を維持できる
自然災害で鉄道または道路の一方が使えないときも、どちらかを通って運行できます。
・おもしろい
活用できる場所が限られているため、モードチェンジそのものが珍しく、観光資源になります。
良いこと尽くめのようですが、欠点もあります。
・車両が小さい
実用化予定のDMVは座席が18席、立ちスペースは5人ほどで、最大乗車人数は約23人です。ローカル鉄道用の小型ディーゼルカーの定員は100人以上あります。また、乗客の増加に応じてバスのように2台、3台で運行する場合は、台数分の運転士が必要になります。そこで人件費や人材不足に対応する必要があります。したがって、乗客数の多い路線では使えません。旅行会社の観光バス貸し切りツアーは40人以上で採算をとる事例が多く、要望に応じかねます。
・鉄道の保安装置に対応しない
鉄道は、信号機や踏切を作動させるため、レールに検知装置を設置しています。DMVは車両が軽いため、検知装置を作動できない場合があります。対応が必要です。
・運転士の養成に時間がかかる
鉄道モードでは動力車運転免許、道路モードでは中型自動車第二種免許が必要です。
DMVは、ローカル線のコスト削減を目論んだJR北海道が開発に着手しました。ただし先に挙げた欠点を克服できず実用化を見送りました。その後、国土交通省が導入検討会を設置して開発を引き継ぎました。その過程で各地のローカル鉄道が導入を検討し、実証実験を実施しました。しかし、欠点を克服できず、実用化に至りませんでした。

世界初の営業運転に向けて用意されたDMV車両。阿波海南文化村のイベントにて(2019年10月、杉山淳一撮影)。
そのDMVを阿佐海岸鉄道で導入する理由は、2019年1月28日に開催された「第4回 阿佐東線DMV導入協議会」に記載されています。協議会の出席者は阿佐海岸鉄道の出資自治体、徳島県、高知県と沿線4自治体の代表です。導入の目的はおもに4点あります。
(1)阿佐東地域の活性化に貢献
阿佐海岸鉄道沿線地域はサーフィンで全国有数の海岸があります。しかし、それ以外の知名度はあまり高くありません。そこで、車両自体が観光資源になるDMVによって、新たな人の流れを期待します。
(2)地域公共交通の維持・充実に貢献
高齢化が進む阿佐東地域にとって、乗り換え不要な交通路線網が最適です。阿佐海岸鉄道の甲浦駅、海部駅は高架にあり階段しかありません。高齢者やベビーカー、車いす利用者には使いにくい状況です。DMVで問題を解決できます。
(3)阿佐海岸鉄道の経営改善
列車運行の燃費と維持費の削減が期待できます。
(4)防災面の強化
沿線地域は「南海トラフ巨大地震」の被害が想定されています。大規模災害発生時に残った線路と道路をつなぎ、被災者支援を迅速に行えます。
補足しますと、阿佐海岸鉄道は開業以来、27年連続で営業赤字です。これまでに沿線自治体が約13億円の基金を積みました。
阿佐海岸鉄道の2018年度の輸送人員は5万3570人で、1日あたり平均で約147人。1列車あたり平均で4人です。通学や休日の観光で利用するときは乗客が多いとは言え、ほとんどの列車では、DMVで懸念される定員よりも少ないという現状です。むしろ、現在運行している定員約100人の車両はオーバースペックというわけです。

道路モードのDMV車両はマイクロバスそのもの(2019年10月、杉山淳一撮影)。
阿佐海岸鉄道は営業運行に向けて、DMV車両を3台購入しました。その費用は3億6000万円、1台あたり1億2000万円です。これは現在の鉄道用ディーゼルカーの価格とほぼ同じです。国土交通省が2013(平成25)年に開催した検討会では、10両発注時の量産価格として、従来のディーゼルカーは1台あたり1億3000万円、DMVは約3500万円としていました。車両購入費は目論み通り安くならなかったことになります。ただし、保守費用については下がると思われます。
DMVの導入にあたり、阿佐海岸鉄道は当初、旧式ながら費用が抑えられる「スタフ(通行手形)方式」で運行管理をする予定でした。しかし、その後の検討会でDMV向けの保安システムを開発することにしました。こうした初期費用の増加も予期せぬ出費です。
阿佐海岸鉄道は、DMVの運行開始時期、ダイヤなどを発表していません。道路区間のルート作成も検討中です。一方、観光活用については、官民が参加する組織「あさチェン連絡会議」が結成されて動き出しています。
DMVの活用法については、「地方交通線の経営改善」だけではなく「レールが残っている廃線」や「休止中の貨物線」の再利用方法としても注目しています。その意味でも、阿佐海岸鉄道のDMV運行の成功が期待されています。