鉄道車両を、トレーラーに載せ道路で運ぶことを「陸送」といいます。手続き面や安全面などで大変なのですが、なぜ線路を走らず、わざわざそのような方法をとるのでしょうか。
日本には、鉄道車両を製造する車両メーカーが数多く存在します。
完成した車両は、車両メーカーから鉄道会社に引き渡すため、鉄道会社が指定する車両基地などまで輸送されます。多くの車両メーカーは、最寄りの鉄道路線と線路がつながっており、JR貨物などの機関車が鉄道会社との接続点まで車両をけん引する「甲種輸送」が行われる場合は、多くの鉄道ファンが沿線に集まる光景が見られます。
山口県下松市内の日立製作所を出発し陸送される、イギリス向けの「クラス800」の先頭車両(2019年7月、草町義和撮影)。
もうひとつの輸送方法は「陸送」といい、トレーラーに鉄道車両を搭載して、自動車で運ぶというものです。しかし鉄道車両を陸送するのは容易ではありません。
たとえば在来線車両の車高は4m近く、全長は20mほどありますが、これは法律で規定される、一般公道を通行してよい積載物の制限サイズを超えています。したがって、陸送のルートは走行に支障するものがないかを事前調査の上、特殊車両通行許可を得なくてはなりません。トレーラーの速度も20km/h程度で走る必要があり、輸送する時間帯も綿密に設定する必要があります。
このように、陸送は手続きから輸送に至るまでの手間、輸送における制限などが多いため、線路を使って車両を輸送したほうが簡単なように見えます。しかし、甲種輸送ではなく陸送を選ぶ鉄道会社は決して少なくありません。
甲種輸送はおもにJRの線路を使って輸送しますが、JRの線路すべてを甲種輸送に利用できるわけではありません。JR貨物が甲種輸送できるのは、JR貨物が貨物列車を走らせている路線(営業路線)に限られます。したがって、JR貨物の営業エリアから外れている鉄道会社へは、たとえ線路がつながっていても甲種輸送を行うことができません。
ただし南海電鉄のように、JR貨物の営業区間から外れる吹田貨物ターミナル~和歌山市間の輸送を、JR西日本に依頼することで甲種輸送を行うケースもあります。

線路をたどり、工場から車両基地へ甲種輸送される新型車両(画像:写真AC)。
また、鉄道会社の線路がJRと接続していない場合も、甲種輸送は難しくなります。
私鉄にはJRと物理的に線路がつながっていない会社も多く、その場合は最寄りの貨物駅まで甲種輸送を行い、そこから車両をトレーラーへ乗せ換えて鉄道会社指定の場所に輸送するか、あるいは車両メーカーから直接陸送するかが選ばれます。この場合は輸送にかかる費用や時間などが検討され、最終的にどのように輸送するかが決定されます。
以上のように、鉄道会社のなかには、立地の関係や路線の事情で甲種輸送が不可能、もしくは難しいところがあり、そうした際に陸送が検討されることになります。
車体の大きな新幹線 そもそも線路を走らない新交通システム鉄道車両のなかでも、新幹線の車両は現状、陸送にせざるを得ません。
新幹線は車両の幅が在来線より約50cm広く、全長も5mほど長いため、在来線の線路の周囲にある構造物やホームなどに車体が支障してしまいます。

横浜港から東京メトロの中野車両基地へ向かう元 丸ノ内線の500形(2016年7月、恵 知仁撮影)。
かつて東海道新幹線の車両は、愛知県豊川市にある日本車両製造から静岡県の浜松工場まで、JR飯田線および東海道本線の線路を使って輸送していましたが、この区間は新幹線の車両が通れるように、通過できる車両の限界を大きくしてありました。現在は東海道本線の列車本数が多いこともあり、東海道新幹線の車両も陸送されています。
また、兵庫県神戸市の川崎重工業車両カンパニーで製造される東北新幹線用の車両は、工場裏の運河から、海上輸送で宮城県仙台市の仙台港まで運んだのち、陸送で宮城県利府町にある新幹線総合車両センターまで運ばれます。海上輸送には、先述の特殊車両通行許可を得る区間が短くて済むメリットがあります。
鉄道車両といっても、新幹線のようにサイズが大きかったり、新交通システムのように線路を走らなかったりする車両では、陸送以外の選択肢はありません。新幹線ほど大きな車両を陸送するとなると、輸送中に支障のないよう、あらかじめ道路信号機の移設や歩道橋の作り直しなども行われる大掛かりなものになります。
甲種輸送と陸送、双方とも制約や手間はありますが、車両や鉄道会社の事情などを勘案して、どちらの手段をとるかが決められています。