海上自衛隊は、自衛艦の艦名を旧国名や山岳名、河川名などから命名していますが、そのなかには旧日本海軍でも使われたものが複数あります。そのため艦名のなかには、通算すると4回も使用されているものがあります。
海上自衛隊において、旧日本海軍の艦艇と同名の自衛艦は数多く存在します。史上最大の護衛艦「いずも」ならびに「かが」を筆頭に、イージス護衛艦の「こんごう」や「あたご」、汎用護衛艦の「むらさめ」や「あさひ」なども、旧日本海軍に同名の艦がありました。
旧日本海軍の駆逐艦「黒潮」と同型である陽炎型駆逐艦の14番艦「谷風」(画像:アメリカ海軍)。
特に「あたご」や「むらさめ」、「ありあけ」などは、旧日本海軍と海上自衛隊合わせて2020年現在までに4度も艦艇名に使用されています。それぞれ初代、2代目……などと俗称され、4代を数える艦艇はほかにもいくつかありますが、なかでも特徴的なのは「くろしお」でしょう。
4回も使われた艦名のなかで「くろしお」や「あさしお」は水上戦闘艦と潜水艦の両方で使われています。しかも「くろしお」は、海上自衛隊の艦艇名称に限った場合、いちばん多く使われた艦名、つまり最も多く代を重ねた艦名になるのです。なお旧日本海軍では艦名は漢字でしたが、海上自衛隊では艦名はひらがな表記になっています。
初代「黒潮」は旧日本海軍の駆逐艦です。旧日本海軍では、艦名は漢字表記でした。同艦は、陽炎(かげろう)型駆逐艦の3番艦として1938(昭和13)年10月25日に進水、1940(昭和15)年1月27日に就役しました。
太平洋戦争では新鋭駆逐艦の1隻として最前線で戦っていましたが、1943(昭和18)年5月8日、南太平洋のソロモン諸島近海において、アメリカ軍が敷設した機雷によって沈没、わずか3年余りの短い艦歴を終えました。
旧日本海軍にて「黒潮」は1代限りで終わりましたが、太平洋戦争後に誕生した海上自衛隊においては最多の命名回数を誇ります。
海上自衛隊において最初に「くろしお」と名付けられたのは、戦後初めて日本が保有した潜水艦です。

海上自衛隊初の潜水艦「くろしお」の原型であるアメリカ海軍の潜水艦「ミンゴ」(画像:アメリカ海軍)。
海上自衛隊は1954(昭和29)年7月1日に発足しました。前身の海上警備隊および警備隊時代から、対潜水艦訓練は在日アメリカ海軍の潜水艦に支援を仰いで実施していましたが、訓練の都度アメリカ海軍に協力依頼を出すのは手間であり、なおかつアメリカ海軍のスケジュールの方が優先されるため直前にキャンセルされることもあり、その調整は厄介でした。
そこで、自前の潜水艦を保有しようという機運が海上自衛隊発足前から高まっており、アメリカ側に中古潜水艦の貸与要請を出した結果、1955(昭和30)年初頭にアメリカ側からOKが出ます。
こうして同年8月15日、カリフォルニア州サンディエゴにおいて、引き渡された中古潜水艦は「くろしお」と名付けられました。2代目の誕生です。
「くろしお」は、もともと太平洋戦争中に就役したアメリカ海軍のガトー級潜水艦「ミンゴ」で、日本側に引き渡された時点で就役から12年が経過していました。そのため、海上自衛隊での運用は11年ほどと短いものでした。
「ミンゴ」改め「くろしお」は、1966(昭和41)年3月まで運用されたのち、サンディエゴでの引き渡しからちょうど15年後の1970(昭和45)年8月15日、除籍されアメリカに返還、2年後の1972(昭和47)年2月、長崎県佐世保市において解体されました。
一時は海自と民間双方の潜水艦艇に「くろしお」の名が3代目の「くろしお」は、前述の2代目「くろしお」が解体された年、1972(昭和47)7月に起工され、1974(昭和49)年11月27日に就役しています。

3代目「くろしお」と同型であるうずしお型潜水艦の1番艦「うずしお」(画像:海上自衛隊)。
3代目は、太平洋戦争後に登場した、いわゆる涙滴型と呼ばれる形状の潜水艦である、うずしお型潜水艦の5番艦でした。晩年は、おもに教育訓練用として用いられたのち、1994(平成6)年3月1に除籍されています。
4代目「くろしお」は2020年6月現在、現役の潜水艦です。2010年以降、海上自衛隊で主流になった、いわゆる葉巻型と呼ばれる形状の潜水艦であるおやしお型の7番艦として2002(平成14)年10月23日に進水し、2004(平成16)年3月8日に就役しました。
この「くろしお」は、すでに就役から15年以上経過したベテラン艦です。2010(平成22)年以前は防衛計画の大綱、通称「防衛大綱」によって、海上自衛隊の潜水艦保有数が16隻(+練習潜水艦2隻)と定められていたため、それまでの潜水艦は艦齢18年程度で退役していましたが、その後の見直しによって潜水艦の保有数が22隻(+練習潜水艦2隻)に拡張され、四半世紀程度は運用が続く見通しとなりました。
そのため現用の「くろしお」も今後、艦齢延伸工事が行われ、異常がない限り20年以上運用されると思われます。もし20年以上運用が続いたならば、3代目「くろしお」の艦齢を抜いて、4艦ある「くろしお」のなかで最長運用の艦になります。
ちなみに、アメリカ貸与の潜水艦である2代目「くろしお」より前には、民間潜水艇の「くろしお」が存在していました。同潜水艇は1951(昭和26)年8月15日に日本初の学術調査用潜水艇として竣工したもので、1960(昭和35)年に大改造されて「くろしお2号」と改名、1971(昭和46)年に退役したのち、北海道福島町の青函トンネル記念館に保存展示されています。
※一部修正しました(6月3日13時20分)。