弾道ミサイルなどへ対処すべく配備計画が進められていたイージス・アショアに「待った」がかかりました。使用するミサイルのブースターが原因とのことですが、実のところ、それ以外にも原因があるかもしれません。
2020年6月15日(月)、防衛省で臨時の記者会見を開いた河野太郎防衛大臣は、山口県と秋田県に合計2基の配備が予定されていたミサイル防衛用設備である「イージス・アショア」について、その配備のプロセスを停止すると発表しました。
ポーランドに配備されているイージス・アショア(画像:アメリカ海軍)。
イージス・アショアは、海上自衛隊でも運用されているイージス艦の戦闘指揮システムやミサイル発射装置などを丸ごと地上施設に移設したもので、定期的な寄港や休養が必要なイージス艦とは違い、24時間365日の警戒監視が可能という特徴を有しています。
イージス・アショアの配備プロセス停止の理由について、河野大臣は記者会見で、弾道ミサイルを迎撃するためのミサイルである「SM-3ブロック2A」のブースターの落下を制御することが難しく、そのための改修コストや期間が大きくかさんでしまうため、と説明しています。
SM-3ブロック2Aは日米で共同開発した最新の迎撃ミサイルで、海上自衛隊やアメリカ海軍で運用されている既存の弾道ミサイル迎撃用ミサイルよりも射程や到達高度が大幅に向上しているため、より広大な範囲をカバーすることができます。
そして今回、問題となったのは、このSM-3ブロック2Aの構成品のひとつである「ブースター」です。
配備プロセス停止の原因はブースター? 日米共同開発の最新鋭迎撃ミサイルブースターは、SM-3ブロック2Aを発射器から射出し、一定の速度および高度まで到達すると、そこから切り離されるものです。
防衛省は、これまで山口県萩市にある陸上自衛隊むつみ演習場に配備されるイージス・アショアについて、SM-3ブロック2Aが発射される際に切り離されるこのブースターが周辺の民家などに落下しないよう、風向きなどを計算したうえで軌道を修正し、むつみ演習場の敷地内に落下させると説明してきました。
しかし今年に入って、そのようにブースターを落下させるためには、SM-3ブロック2Aに対する本格的な改修が必要ということが判明しました。そのための改修費用や期間を検討した結果、配備プロセスの停止が決定されたということです。

SM-3ブロック2Aの、初めての発射試験の様子(画像:アメリカミサイル防衛局)。
河野防衛大臣が理由として挙げたブースター問題ですが、これには次のような疑問が浮かびます。
すなわち、イージス・アショアからSM-3ブロック2Aが発射されるのは、日本に対して弾道ミサイルが飛来したとき、つまり日本に対して武力攻撃が行われるという事態が発生したときです。
通常、こうした攻撃は国際情勢の緊迫化に始まり、軍事行動の準備が行われるといったように、ある程度の段階をもって開始されます。そのため、事前にそうした動向が察知され、日本に対する攻撃が予測される場合、日本政府は「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律(国民保護法)」などに基づいて、攻撃を受けるおそれがある都道府県の知事に対して住民の避難措置を指示し、市町村による警報の発令や住民の避難が実施される仕組みになっています。
本当に理由はブースターだけ? 日本が直面する脅威とはイージス・アショアは防衛施設ですから、その配備先である萩市に対しても避難指示が行われることは想像に難くありません。そうなると、ミサイルのブースターが仮に落下したとしても、人的被害が生じる可能性は極めて低いといえるでしょう。

「内閣官房 国民保護ポータルサイト」より、武力攻撃事態などにおける国民保護の仕組み(画像:内閣官房)。
そうだとすると、たとえ河野防衛大臣の発言内容が真実であったとしても、それだけがイージス・アショアの配備プロセスを停止する理由とは少々考えにくいと、筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は思います。
現在、中国やロシアは、通常の弾道ミサイルよりも低い高度を滑空し、さらには軌道を変更することができる、いわゆる「極超音速滑空兵器」を開発、配備しています。これらの兵器に対しては従来の弾道ミサイル防衛システムでの対処は困難とされています。さらに、低高度を飛翔して目標に接近する巡航ミサイルへの対処も喫緊の課題となっています。
しかし、日本が導入するイージス・アショアは弾道ミサイルにのみ対応することとなっていたため、そのままではこうした新しい脅威へ対応することができなかったのです。
そこで、配備プロセスをいったん「停止」し、上記のような脅威に対応するために必要なアップデート、たとえば装備するレーダーやミサイル、通信システムなどを最新のものに変えることなどを検討したうえで、いかなる脅威からも日本を防衛できるようなシステムの実現を「再開」する、という筋書きになった可能性も、否定はできません。