■10月11日~13日、三重県の鈴鹿サーキットでいよいよF1日本グランプリが開催される。シーズン中盤以降、メルセデス、フェラーリ、レッドブル・ホンダが激しい優勝争いを繰り広げているが、日本の多くのファンは鈴鹿でのレッドブル・ホンダの勝利を切望している。
鈴鹿での日本グランプリで優勝を目指すレッドブル・ホンダ
第9戦のオーストリアでレッドブル・ホンダが優勝した時に「ホンダが13年振りの勝利」とニュースで大きく取り上げられましたが、僕は開幕前からこれぐらいの成績は残すだろうと予想していました。
昨年のうちからホンダの方かマシンの開発が順調に進んでいると聞いていましたので、レッドブルは間違いなく勝てるだろう、しかも、このチームにはマックス・フェルスタッペンというすばらしいドライバーがいます。僕としては勝つのは当然で、いつ勝ってくれるのかなと楽しみに待っていました。
そして、第9戦のオーストリアでついにフェルスタッペンが今季初優勝を挙げます。勢いに乗ったフェルスタッペンは第11戦のドイツも制し、ホンダにシーズン2勝目をもたらします。
レッドブル・ホンダ躍進の原動力になっているフェルスタッペンのすごさをひとつあげるなら、マシンがアンダーステアでもオーバーステアでも乗りこなせてしまうところです。技術的に言えば、許容範囲が広いのです。
僕は今年、第5戦のスペインと第13戦のベルギーに行かせてもらって、そこでレッドブルとトロロッソのチーム無線を聞かせてもらいました。するとフェルスタッペンはすごくマシンに苦しんでいるんです。「すごくいい。決まっているね」という前向きなコメントは一度も聞いていません。
実は、彼のチームメイトだったピエール・ガスリーもフェルスタッペンとまったく同じことを訴えていました。「クルマがナーバスで、すごくオーバーステアだ……」と。でも、ガスリーは思うようにタイムを出せないままなのですが、フェルスタッペンは乗りこなしてしまうのです。
フェルスタッペンがガスリーよりも常に速いタイムで走れるのは、優秀なエンジニアがついていたり、レッドブルでの経験が長かったり、いろいろな理由があると思います。でも一番の要因は許容範囲の広さであり、それがフェルスタッペンのドライバーとしてのすごさだと僕は感じました。
そのフェルスタッペンと後半戦の幕開けとなったベルギーのスパ・フランコルシャンからコンビを組むことになったアレクサンダー・アルボン。トロロッソからレッドブルに昇格したアルボンがどんな走りをするのかすごく注目していましたが、驚いたのは、彼が今年デビューしたばかりの新人にもかかわらず、非常に落ち着いて物事に対処していることでした。
彼とチームの無線でのやり取りをずっと聞いていると、やっぱりアルボンも前任のガスリーと同様にマシンに苦しんでいました。走り始めからオーバーステアで、すごくドライビングが難しいと話していました。それでもアルボンはパニックにならず、クルマの状況を担当エンジニアに正確にフィードバックし、自分が乗りこなせるクルマにするためにセットアップを着実に進めていました。
もちろんガスリーがどういう状況だったかという知識があらかじめあったことは、アルボンにとって大きなアドバンテージだったと思いますが、それでも常に落ち着いて仕事をこなしている姿は印象的でした。
アルボンは、まだレッドブル・ホンダでのレース数が少ないので判断するのは難しいですが、レッドブルのクルマにガスリーよりもうまく対処できているように感じます。だからガスリーに比べると、フェルスタッペンとのタイム差は少なくなっているのだと思います。
フェルスタッペンのような将来チャンピオンになる才能を秘めているのかどうかはまだ見えていませんが、ドライバーとしての能力は間違いなく高い。着実に結果も残していますし、これからが楽しみです。
レッドブル・ホンダは後半戦に入ってから、メルセデスやフェラーリとの間に若干、差がついたように見えます。ただレッドブルとホンダの両陣営にとって想定内の結果だと思います。
もともと持っているクルマのポテンシャルに加え、パワーユニット(PU)を含めた開発スピードがメルセデスやフェラーリと比べて一歩後れを取っていることが、現在の競争力の差を生み出していると僕は感じています。
この点は来年に向けての課題だと思いますが、レッドブルもホンダも自分たちに何が足りないということはすでにわかっているはず。それに、両者ともに今年パートナーシップを組んで、いきなりチャンピオン争いをできるという淡い期待は持っていないでしょう。
とはいえ、現状でメルセデスとフェラーリにまったく手が届かないほど大きな差がついているわけではありません。
photo by Yamamoto Raita
■プロフィール 中野信治(なかの・しんじ) 1971年生まれ。F1、アメリカのCARTおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は日本最高峰のスーパーフォーミュラとスーパーGTに参戦するTEAM MUGENの監督を務めながら、佐藤琢磨とともにSRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)の副校長として若手ドライバーの育成を行なっている。世界各国での豊富なレース経験を生かし、DAZN(ダゾーン)のF1解説も担当している。