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 甲子園のない夏──。目標を失って絶望する高校球児の悲痛が完全に癒えることはないだろうが、選手たちは各地区の独自大会で集大成をぶつけている。



 本来ならもっと悲観的なムードが漂っても不思議ではないが、決してそうはなっていないように思える。それは各地区の独自大会で工夫を凝らした仕組みがつくられ、いくぶんか中和されているからかもしれない。

 試合ごとにベンチ入り選手の入れ替えを可能にした地区、20人の上限を撤廃して3年生全員をベンチ入りできるようにした地区。東北大会の開催や東西東京の優勝校同士の対決など、さまざまなアイデアが見られた。

7イニング制導入も。甲子園を失った夏に「高校野球の未来」を考...の画像はこちら >>

栃木、埼玉、静岡、京都の4府県の独自大会で7イニング制が採用された

 なかでも注目したいのは、「7イニング制」を設けた地区である。コロナ禍の自粛期間による選手の調整不足が懸念され、通常よりも2イニング少ない7イニング制が栃木、埼玉、静岡、京都で採用された。


「野球は9イニングでやるもの」と、7イニング制に拒否反応を示す層は現場だけでなく、ファンにも多い。

 その一方で、野球の国際的な普及のため、一部の国際試合で7イニング制の導入が決定。MLBでは開幕の遅れた今季に日程消化のため、ダブルヘッダーの日は7イニング制が導入されている。

 日本の高校野球でも、球児の球数問題や酷暑による体調管理を考えれば、7イニング制の本格導入を検討する余地はあるだろう。そもそも中学野球は7イニング制で戦っているのだ。

 そこで、7イニング制と高校野球の相性を考えるため、静岡と栃木の独自大会を見に行くことにした。


「7イニングだろうと、イニングの計算なしに、そのときのベストを尽くす。選手にはそう話していました」

 そう答えたのは、今夏限りで監督を勇退する65歳のベテラン・山内克之監督(磐田東)だった。戦い方に変化がないように受け取れるが、実際には7イニング制ならではの戦略もとっていた。

 ドラフト候補であり、本来は中軸を任せられる打力がある二俣翔一を1番打者として起用したのだ。山内監督はその意図を語る。

「7回制なので、二俣は打席が多く回ってくる1番に置いたほうがいいだろうという判断でした」

 キャプテンでもある二俣は、7イニング制の戦い方についてこう語っている。



「7イニング制になると決まってから、練習、練習試合から先制点を取ることを課題にして意識してきました」

 先取点の意味合いが変わる。それは7イニング制を戦ううえでの共通認識のようだ。宇都宮商の山口晃弘監督は言う。

「先制点の重みは絶対に違ってきます。ウチは日頃から選手に『ミスで与えた点は返ってこない。相手のミスでもらった点は有利になる』と言っていますが、その重みが7イニングだとますます大きくなります」

 宇都宮商は小山西に5対2で勝利したものの、終盤に追い上げられた試合展開だったこともあり、山口監督はこうも語った。


「もし8回以降もやっていれば、どうなっていたかはわかりません。ドラマが起こるのは、本当はここから先。7回以降に野球は動くのかなと感じます」

 一方で、選手の疲労に関しては、「7回も9回もあまり変わらない」と山口監督は語る。それ以上に「やっぱり試合と試合の間の日数が大きい」と試合日程の重要性を強調した。

 連戦になればなるほど、投手層が薄いチームは「7イニングなら......」と酷使傾向が強くなる可能性もある。

 だが、独特な戦い方をしたチームもある。
國學院栃木は、初戦は7イニングで10投手、2戦目は6イニング(コールド勝ちのため)で4投手をつぎ込んだ。

 てっきり勝敗以上に選手に経験を積ませることを重視したのかと思ったが、柄目直人(つかのめ・なおと)監督はキッパリと「温情ではありません」と語った。

「勝ちにいくための策としての継投です。ウチは今年だけでなく、継投策で戦ってきましたから。たとえ9イニング制でも、今年は5人での継投を考えていました」

 つまり、投手ひとりあたり1~2イニングでの継投を基本的な戦略にしているのだ。國學院栃木は神山陽登(はると)、シャピロマシュー一郎ら好投手を多数擁し、今夏2試合でわずか3失点しか許していない。
柄目監督が続ける。

「エースひとりで完投する時代は終わったと思っています。ケガを防止して、大学以降につなげていくことを忘れてはいけない。また、スポット的に選手を替えるメリットもありますから」

 本格派右腕の後に技巧派左腕を挟み、再び本格派右腕が出てくる。そんな目まぐるしい継投をされれば、相手打線は順応しきれない。当然、リリーフした投手が不調で打たれるリスクはあるものの、7イニング制なら複数の好投手を擁するチームはより逃げ切りやすくなる。

 また、栃木の1年生大会は7イニング制で開催されている。そのため、栃木のチームは7イニングでの戦い方を理解していると柄目監督は明かす。

「シートノックから初回のつもりでやって、1打席目を2打席目のつもりで臨まないといけません。エンジンが温まるのが遅いと間に合いませんから。だから7イニングを勝ちにいくために『初回力』はかなり意識しています」

 7イニング制では、9イニング制にはない、スピーディーな展開が見られる可能性がある。

◆甲子園なき独自大会、名将たちの苦悩 >>

 とはいえ、現場の思いは複雑だ。今夏は7イニング制という与えられた条件を戦ったが、指導者や選手に「どちらが好きか?」と聞けば「9イニングのほうがいい」とほぼ全員が口を揃えた。

 もし本格的に導入を検討するなら、ポイントになるのは「健康」と「遊戯性」になるだろう。選手をケガのリスクから守る仕組みをつくりつつ、ゲームとしても面白さを追求していく。その両輪が競技としての発展にもつながっていく。

 野球の歴史を紐解けば、当初は「21点先取したチームの勝利」というルールだったのが、時間がかかりすぎるため9イニング制に変わったという経緯がある。細かな部分でも時代に合わせてルールを変えてきており、「野球は9回でやるもの」と断定してしまうと野球が本来持っている可変性を損なう。

 そして、なにも7イニング制だけにこだわらなくてもいい。

 好チーム同士の対戦で7イニングでは物足りないなら、コールドゲームの規定を変えるという案はどうだろうか。現状7回7点差でコールド成立する地区なら、満塁本塁打が出ても追いつけない5点差でコールド成立にする。

 2ストライクでアウトになる「二振ルール」という選択肢もある。投手の球数が減るだけでなく、打者がファーストストライクを積極的に振るようになるという育成的な効果も期待できる。

 さまざまなアイデアを検討して、実際にやってみる。そうすれば、私たちは野球の新たな魅力に出会えるかもしれない。

 今夏を「甲子園を失った夏」だけにするには、あまりに寂しすぎる。せめて「未来の甲子園を考える夏」にしてみてはどうだろうか。