東京五輪まであと3カ月を切り、各競技で次々と代表選手が決まり始めている。5月3日に行なわれた日本選手権1万m女子でも、新谷仁美(積水化学)に続き、廣中璃梨佳(日本郵政グループ)と安藤友香(ワコール)が内定を決めた。

廣中璃梨佳の代表内定が起爆剤となるか。東京五輪1万m女子のレ...の画像はこちら >>

レースの翌日、会見に臨んだ廣中璃梨佳

 この日のレースは東京五輪参加標準記録(31分25秒00)を突破している選手がいなかったため、代表内定を獲るには順位だけではなく記録も必要だった。スタート直後の遅い展開を嫌い、200m過ぎから前に出たのは20歳の廣中。そこから30分台を狙える1周(400m)を73~74秒ペースに上げると、ついてきたのは安藤を含む3人だけ。

 3200mすぎからは安藤との一騎打ちとなり、5400mからは安藤に先頭を譲って引っ張ってもらったが、ペースが落ちた7600mからは「ふたりで標準記録を切りたいという気持ちだった」と3周を並走。そしてラスト3周は一気に73秒までペースを上げて安藤を引き離すと、31分11秒75でゴール。東京五輪代表内定を決めた。

「後悔するようなレースはしたくないと思っていたので、最初から守りに入って誰かのうしろにつくのではなく、自分から挑もうと決めていました。途中きつくなるところはありましたが、最後までチャレンジでき、自分の走りができたと思います」

 都道府県対抗駅伝では中学3年から5年間連続で区間賞を獲得し、社会人になってからも全日本実業団駅伝で2年連続1区に出場し、最初からハイペースで突っ込む走りで、チームの連覇に貢献している。

 これまで出場した駅伝はすべて区間賞獲得という強さをみせる廣中は、昨年9月の全日本実業団で日本歴代3位の14分59秒37の記録を出した5000mでの東京五輪出場を狙っていた。だが、12月の日本選手権ではラスト200m手前でスパートした田中希実(豊田自動織機TC)に敗れて2位となり、内定を逃した。

 その後は悔しさでモチベーションも上がらず、足にも痛みが出てしまい、目標を見失う苦しい2カ月間をすごした。しかし、5000mで代表を狙う最後の挑戦となる6月24日からの日本選手権に向けて、スタミナ作りの一環として1万mにも挑戦することを決めた。

 そして、チャンスがあれば2種目での代表を狙うつもりで、4月10日の金栗記念で初の1万mを走り、日本選手権の出場権を獲得。2回目のレースだった今大会で見事に優勝して代表権を獲得した。

 廣中が所属する日本郵政グループの高橋昌彦監督は、今大会の走りについてこう話す。

「1万mに向けた距離走もそれほどやっていなくて、金栗記念の後も1週間追い込んだだけであとは休ませ、7割くらいの状態で(今大会は)臨ませました。それでも30分50秒台は確実に出せる走りはしてくれました。現段階では新谷さんの30分20秒44(を出すの)は厳しいですが、駅伝の走りを見てもそのくらいはいけると思います。

今はチームの中でも一番走り込みが少ないくらいなので、そのあたりはこれからだと思います」

 積極的な走りができる廣中が1万m代表に内定したことで、新谷とともに出場する東京五輪女子1万mは、日本勢の入賞の可能性が高くなったと言える。これまで新谷が挑戦していたのは、最初からある程度のハイペースでレースの主導権を握り、先頭集団の人数を早めに絞って上位を狙うという走りだった。それに廣中も参加する展開も可能になる。

 高橋監督もこう期待する。

「(日本)チームとしても以前だったら新谷さんや福士加代子さん(ワコール)がひとりで挑まなければいけない状況だったのが、廣中が入ることでいい意味での刺激もあると思います。暑い中でのレースはスローペースになる可能性もありますが、彼女にとって5000mも出ることになれば、ラストの走りのキレ(スピード)にもいい影響を与える。

新谷さんとうまく走れば、96年アトランタ五輪で千葉真子さんと川上優子さんが5位と7位になった時のようなことができるかもしれないですね」

 安静時の心拍数は一般人の半分ぐらいの30ほどで、心肺機能は抜群だという廣中。手足が長く体幹部も欧米人のような厚みがあり、「スピードとスタミナを兼ね添えられる体型」と高橋監督は言う。さらに精神面も駅伝などで苦しくなっても何度も粘り返す強さも見せていて、「スイッチが入るとリミッターを外す走りをしてくれる」(高橋監督)という魅力もある。

「今回1万mの代表を決められたことで、五輪へ向けての練習にも余裕を持てるようになったと思います。気持ち的にも余裕を持てたし、彼女自身も『スタミナでは負けない』という自信を持って5000mに臨める。そのレースを五輪の予選と想定して臨んで本番へ向かう長期的な強化ができると思います」

 東京五輪に向けては本人も、「レース展開に関しても最初から行くだけではなく、これから経験を積みながらたくさんのレースパターンを身に着けていきたい」と言うように、世界のトップ選手たちとの本気の戦いを経験するいい機会ととらえている。

 東京五輪の女子長距離は競技初日に1万m決勝が行なわれたリオデジャネイロ五輪と違い、初日に5000m予選があり、中2日おいて決勝。さらに中4日の最終日前日が1万m決勝というスケジュールになっている。世界のトップ選手も5000mと1万mの2種目に出場するパターンも多く同じ条件になるが、廣中にとって自ら「本命」と話す5000mの挑戦を終えた後の1万mは、思い切って挑戦できるレースになる。

「自分らしく伸び伸びと戦っている姿を見せたい」と話す廣中。新谷とともに積極的なレースをすれば、ともに東京五輪で入賞という価値のある経験を20歳でできる可能性も広がってくる。