「これからのジャンプ界が盛り上がるかどうかもメダル次第だと思うし、自分が勝てる圏内にいるからこそやりたいですね」

 昨年11月のインタビューで、こう話していた小林陵侑(土屋ホーム)は、北京五輪で有言実行の金メダルを獲得した。

小林陵侑、北京五輪で2冠へ。葛西紀明も絶賛する「得しかない理...の画像はこちら >>

スキージャンプ男子に24年ぶりの金メダルをもたらした小林陵侑

 スキージャンプ男子ノーマルヒル。
1本目のジャンプを終えた時点で、小林の優勝はほぼ確実になっていた。弱い追い風のなかで飛んで104.5m。得点は145.4点で2位とは6.2点差だったが、今季のW杯で小林と上位争いをしている選手たちは、全員が失速ジャンプになっていた。

 W杯ランキング1位でノーマルヒルの優勝候補と見られていたカール・ガイガー(ドイツ)は、若干強めの追い風に当たってしまい96mの21位。ランキング3位のハウヴォル=エグナー・グランルード(ノルウェー)も不調で22位。4位のマリウス・リンヴィク(ノルウェー)も17位で、ランキングトップ5のなかではアンジェ・ラニシェク(スロベニア)が9位につけたのが最高で、小林とは14.8点差と逆転は厳しい状況。

また彼以外の上位10人は、すべて向かい風の条件のなかで飛距離を伸ばせているという結果だった。

 さらに優勝の確率を高めたのは、2本目が追い風の条件で強く吹いてきたことだった。所属する土屋ホームの葛西紀明選手兼監督は、小林の強さのひとつを「上半身をくの字に保ってお腹のあたりに浮力を溜めるスタイルで、追い風にも負けない。もう得しかない理想のジャンプスタイルです」と話すように、W杯でも追い風の条件で強さを発揮していた。

 葛西は「試合前のトライアルを飛ばなかったので『よっぽど自信があるんだな』と思ったし、それを知った瞬間に『絶対に獲る』と思いました」と言う。

 葛西自身も好調な時は公式練習を減らしたり、トライアルを飛ばないことが多かった。

大会前には「陵侑も最近はそれを真似して体力の消耗を防ぐようになっている」とうれしそうに話していた。

特に今季は、1月の札幌大会が中止になり、選手たちは帰国してリラックスする時間が取れず、長い遠征で体だけでなく精神面での疲労を溜めていた。だからこそ、大舞台でそれをやった冷静な姿勢を見て、彼の自信と余裕を感じたのだ。

 小林もトライアルを飛ばなかった理由こう話す。

「ジャンプ台の特徴をつかんだというか、昨日の予選を飛んでいいイメージが出てきて、今日はそれが固まっていたので"ノリさん戦法"にすれば疲れなくていいかなと思った」

【2冠も見えてきた】

 そして本番では自分のイメージ通りに体が動き、表彰台争いができると自信を持てた。2本目になると少し強くなった追い風のなかで飛距離を伸ばしきれない選手が続く。

そのなかでも風速が0.1m台まで弱くなった時に飛んだ選手は100m前後まで飛距離を伸ばしたが、1本目2位のペテル・プレブツ(スロベニア)は秒速0.28mの追い風のなか99.5mと、その時点で3位と追い上げきれなかった。

 最後の小林を残した時点でトップに立っていたのは、1本目5位のマヌエル・フェットナー(オーストリア)。0.19mの風のなかで104mを飛んで270.8点にしていた。それでも小林が98mを飛べば逃げ切れる得点。

「2本目はさすがに緊張しました」と言っても、小林は全く崩れなかった。秒速0.53mと上位勢のなかでは強めの追い風の条件だったが、ランディングバーンに映し出されたグリーンのトップ想定ラインを軽々と越え、揺るぎのないテレマーク姿勢で着地してガッツポーズを見せた。

飛距離は99.5mで、合計得点は275.0点。文句のつけようのない勝利だった。

「前回の平昌五輪は自分に足りないものがたくさんあることがわかった大会でしたが、改めてここで自分がビッグパフォーマンスをできたことで、あの大会は自分を成長させてくれていたと思いました」

 こう話す小林は、五輪に魔物はいたかという問いに「僕が魔物だったのかもしれないですね」と答えた。

 翌日7日には今大会から採用された混合団体がノーマルヒルで行なわれ、小林も出場。高梨沙羅(クラレ)のスーツが規定違反となって1回目のジャンプが無効になるなど波乱が起きたなかでも、小林は安定したジャンプを見せた。

 日本のエースとしての自覚を持ち、技術とパワーに加えて、抜群の空中感覚も持っている小林は、ラージヒルやフライングヒルも得意としている。

ノーマルヒルの金メダルと混合団体の経験を経て、2冠獲得に大きく近づいている。