箱根駅伝、2年連続シード落ちの東海大で何が起きていたのか。エ...の画像はこちら >>

東海大は2年連続でシード権を逃した

 箱根駅伝総合15位、東海大は2年連続でシード権を失った。

 レース後、両角速監督と選手は待機所でミーティングを始めた。

ある選手は厳しく、または思いつめたような表情を浮かべ、重苦しい空気のなか、話し合いの時間は長く続いた。

 2019年の第95回大会で総合優勝を果たし、その後は総合2位、総合5位と強豪校として強さを見せたが、前回大会は11位に終わり、シード権を失った。ここでふんばらなければ、ずるずると後退する危機感を抱えての今シーズンだったが、結果は出なかった。

「今回は、素質がある選手たちをきちんとスタートラインに立たせることができなかった。特に5区で吉田(響・2年)を起用できなかったことが大きかったと思います」

 両角監督は、レースを振り返って、そう語った。

【思いどおりにいかなかった選手起用】

 今回の箱根駅伝は、重視していたスタートでつまずいた。1区を任された梶谷優斗(2年)は、全日本大学駅伝の予選会では吉田を凌ぎ、部内トップだったが、駅伝デビューとなった全日本大学駅伝は2区18位に終わった。

それでも1区に起用せざるをえない理由があった。

「本当は、花岡(寿哉・1年)を1区にして上位で2区の石原(翔太郎・3年)に襷を渡すことができれば面白いレースになると思っていたんです。花岡は調子もすごくよくて期待していたのですが、大会前に給水でつまずいて足を痛めてしまって......。梶谷は全日本の2区で失敗したのですが、集団走じゃないとちょっと厳しいと思っていました。そうなると1区しかない。そこで梶谷を1区に置き、花岡を3区に回しました。

ここ数年、東海大はスタートが区間5位内できていて、今回も大事なポイントだったんですが、それが崩れてしまった(区間19位)ことで、かなり難しいレースになったなと思いましたね」

 それでも1区の遅れを2区の石原が区間4位の走りで11位まで順位を上げ、3区の花岡は区間6位と粘り、4区の越陽汰(2年)は我慢の走りで区間9位と続いた。順位はこの時点でシード権を争えるところ(9位)まで取り戻していた。

 しかし、5区で流れが止まった。前回大会、吉田は1時間10分44秒で区間2位、順位を17位から10位に押しあげた。今回、5区の重役を担った杉本将太(4年)は、1時間15分32秒で区間17位、順位は9位から13位に落ちた。

「前回の吉田と5分も違った。

この差が大きく響きました」

 復路に入り、3年連続の6区となった川上勇士(4年)は区間9位と粘り、13位のままシード権確保の争いに踏みとどまっていた。しかし、それ以降は9区の竹村拓真(4年)が意地を見せたものの7区、8区、10区は本来の力を発揮できずに終わった。

「6区の川上がよく粘りましたが、それ以降は駅伝にならなかったですね。7区は、宇留田(竜希・4年・主将)から『竹割(真・1年)ではなく、(松崎)咲人(4年)を使ったほうがいいんじゃないですか』という案も出ましたが、松崎はコロナに感染後、復帰したとはいえ、どんな影響が出るかわからない。それに松崎は11月、12月にかけアキレス腱を痛めて一番詰めないといけない時に練習ができていなかった。全日本の7区で区間11位でしたし、練習不足のなかで走らせても厳しいと思って代えました」

 ミスや誤算があったが、それにしても16人のエントリ―の10000mの平均は20校中7番目、個々が力を発揮すればシード権に絡む走りは十分できはずだ。

だが、10位の東洋大に7分36秒もの差をつけられ、5区以降は一度もシード圏内を走ることなく終わった。

【チーム内にあった意識の差】

 東海大は、塩澤稀夕(現富士通)、名取燎太(現コニカミノルタ)、西田壮志(現トヨタ自動車)ら3本柱が卒業してからもうひとつチームがまとまりきらず、方向性にも迷いが生じていたように見える。箱根予選会で9位に終わった時、吉田は「自分もチームもこの順位でよいわけがない。このままだと終わってしまう。そういう危機感をもって箱根に臨みたい」と涙を浮かべて、そう言った。予選会はいけるだろうと高を括っていたチームに、吉田は走りで「甘くないぞ」と示したが、それがどのくらい他の選手に響いたのだろう。

 その頃、いや、今回のチームのスタートから選手内にギャップがあったと両角監督は語る。

「宇留田ら4年生は、今年は気持ちをひとつにしてワンチームで戦おうというのを掲げていました。4年生はすごく生真面目な子が多くて、自分たちの理想とするワンチームはこういうものだというのを強く打ち出したんです。たとえば私生活から厳しく管理していこうとしたのですが、2、3年生とかの賛同を得られず、反発されていました。そういう経緯もあって、なかなかワンチームになれないまま終わってしまった」

 宇留田はキャプテンとして、その責任感からなんとかチームを立て直そうした。2、3年生たちも頭では宇留田の言葉を理解していたが、現実的には受け入れられず、しこりを残したまま駅伝シーズンに入ってしまった。

 練習に対する取り組みにも問題があったと松崎は語る。

「過去の練習ができているので、それでいいって満足しちゃっていた。個人としてもチームとしても考えが甘くなっていた。それが箱根で出てしまったと思います」

 速くなろう、強くなろうという意識や意欲が一部の選手に欠けていたのは、石原も感じていた。

「復路で崩れたのは、チームの底上げができていないからだと思います。中間層を含めて個々がもっとレベルアップしていかないといけなかった。正直、その部分では物足りなさがありました。練習のなかでも追い込める選手とそれができない選手がいるんですが、もっと追い込める選手が出てこないといけない。自分はふだんはひとりで練習をしているんですが、そこに誰もついてこない。そこに、どれだけみんながついてこられるか。自分に続いたり、追いかけるレベルの選手が出てこないと来年も厳しい結果になると思います」

 石原は、厳しい表情で、そう語った。

 東海大の最大のメリットは、石原という学生トップクラスのエースがいることだ。彼から学ぶことが多いはずだが、その生きた教材をチームとして活かしきれていない。中央大は吉居大和(3年)を軸に、グループを作って吉居レベルの質の高い選手を生み出そうと努力している。駒澤大は田澤廉(4年)に追いつこうと鈴木芽吹(3年)や佐藤圭汰(1年)らが一緒に高いレベルの練習をこなして成長してきた。それだけに石原が「ひとりで練習している」という現状は、選手が自ら強くなる機会を無駄にしているようにも見え、衝撃的だった。

 松崎は、このままだと次回の予選会も危うくなると感じている。

「次回、予選会を通過して本戦でシード権を確保するという目標を達成するには、石原に喰らいついていく選手が出てこないとダメだと思います。後輩たちは頑張っているけど、まだ上と下のレベルの差が大きいですし、上のレベルに合わせていくことができていない。石原がいる間、個々が変わっていかないと今回の復路のようにずるずるといって終わってしまう。そもそも予選会の突破すら容易にいかなくなる。そのくらい大変な状況にあることを後輩たちは自覚してほしいと思います」

【指導方針に変化が必要なのか】

 意識が低い選手はどこのチームにもいるが、その甘えを許さない環境作りが非常に重要だ。石原を中心としたグループを作って一緒に練習する環境を作ったり、選手のモチベーションを上げて、ひとつでも上のレベルにいけるように成長を促していくのは指導者の仕事でもある。両角監督は、駒澤大の大八木弘明監督の勇退を受けて考えるところがあるという。

「私は大八木さんと同じ昭和の指導で、自分の考えていることをそのまま学生にぶちまけて、少しビビらせながら緊張感のある指導をしてきました。でも、今はそれじゃ選手はついてこない。自分が受けてきた指導と今やらないといけない指導がうまくかみ合っていないのをすごく感じています。大八木さんの指導が変わった、柔らかくなったと言われるなか、どうやれば変わることができるのか。どう自分が変わっていかないといけないのか。それを考えながらやっていかないといけないと思っています。このまま何の変化もなく、負のスパイラルに入ってしまうと上に上がっていくのが本当にキツくなるので」

 指導方針を含めて、東海大は大きな岐路に立っている。

 少なくとも今までのようにエース頼みではなく、石原に追いつき、追いこす気概のある選手が出てくるなど、選手のマインドに変化が生じなければ冬の時代をさまようことになる。果たして、これから両角監督は、どう舵をきっていくのか。そして、選手たちは意識を変えていくことができるのか。石原が最終学年となる次回の100回大会が、東海大が巻き返す最大のチャンスになるだろう。

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