山本昌×辻孟彦 師弟対談(後編)

前編:元中日・辻孟彦が師匠・山本昌と語り合う投手指導論はこちら>>

 球界のレジェンド・山本昌と大学球界の若き名投手コーチ・辻孟彦。中日時代に師弟として強い絆で結ばれたふたりが、投手指導論を語り尽くす。

後編では選手とのコミュニケーション方法について、山本昌が斬り込んだ。

山本昌が中日時代の24歳後輩・辻孟彦に直球質問「なぜ日体大は...の画像はこちら >>

中日時代は山本昌氏(写真左)から多くのことを学んだと語る日体大・辻孟彦コーチ

【選手が伸びる瞬間の行動】

山本昌 僕なんかコーチ経験は阪神と母校(日大藤沢高)の臨時コーチくらいしかないんですけど、辻コーチの話は選手全員が聞いてくれるものですか? それとも一部の選手ですか?

 選手個人によって大事にしているポイントが異なるので、投手陣全体に話しても受け止め方に差が出てしまうのは仕方がないと考えています。ただ、選手個人に対して伝えたことは、「僕にだけ言ってくれた」とモチベーションが高くなると感じます。

山本昌 となると、70人全員に直接指導しないといけないね(笑)。

 それがなかなか大変なので(笑)、昌さんが先ほどおっしゃっていたような「区別」をして指導しています。選手が今どの段階にいるかで、どうやって取り組むべきかという話をしています。

山本昌 僕は初動負荷理論の小山(裕史)さんに「基本を知って、語れるようになりなさい」と言われてから、それを大切にしています。

いいボールを投げるポイントなんて、3つくらいしかないから。①肩を大きく回して、②壁をしっかりとつくって、③体重移動をする。この3点だけなんですよね。プラスアルファとして、腕の角度や手首の立ち方の要素も出てきますけど。このポイントを踏まえて、後輩たちのプレーを見る時に「どこか動作に違和感がないか」とチェックしています。でも、辻コーチは学生70人に対してアプローチを変えながら指導していくのだから、これは本当に大変ですよ。

 ありがとうございます(笑)。

山本昌 辻コーチはプロに行く投手を次々に育てているけど、彼らは何がどう変わっていくんですか?

 最初はみんな「高校生の子ども」というイメージなんです。でも、伸びる時って「自分はこうなんだ」と知って、目の色が変わっていきます。キャッチボール前であっても、クールダウンであっても、いつも同じことをするようになるんです。ようは課題を解決するための取り組みを継続してできるようになっていくということかなと。「メニューで決められているからこれをやる」という選手とは、根本的に違います。

山本昌 自分のことを第三者的な視点で見られるのって大事だよね。今の自分はどんな投げ方をしているのか、チーム内で何番目くらいの投手なのかを理解する。ただ、プロの世界では素質だけでやれちゃう選手もいれば、たまたまコツをつかんで這い上がる選手もいるんだけど。

 そういう方もいらっしゃいましたね。

【僕は明るいオタク(笑)】

山本昌 でも、これだけ日体大からプロに行くと、入学希望者も多いんじゃないですか?

 日体大野球部で頑張りたいという子は増えました。これまでは「プロに行きたいから」と日体大を選んでくれる子は少なかったんですけど。

山本昌 矢澤くん(宏太/日本ハムドラフト1位)から聞いたんですけど、彼が日体大の下級生の頃に「おまえの小さいピッチングを誰も見たいと思わない」と言ったそうですね?

 そうですね。矢澤はコントロールを気にしていましたし、「自分はコントロールが悪い」と思い込んで、「だから自分はこうする」と投球がパターン化されていました。それを続けていても成長はないし、矢澤には「ドラフト1位でプロに行く」という目標がありました。そのためには、まずストレートを磨かないといけないよね、と。目の前の試合を抑えても、そこが自分の目標ではないでしょうと言っていました。

山本昌 いろいろと話をお聞きしていると、やっぱりコーチとして責任を持ってやっている人の話は厚みが違うなと感じますよ。

 いやぁ、これだけ実績のある方にお話しするだけでも恐れ多いです(笑)。これは前から思っていたんですけど、昌さんはどんなに年齢が離れていようと、どんどん聞いてくださって話を引き出しますよね。

山本昌 辻コーチが中日に入ってきた頃って、ちょうどアマチュアのレベルが急激に上がってきた時期だったんですよ。僕は明るいオタクなんでね(笑)、アマチュアでどうやってレベルアップしたのか、そういう話を聞くのが好きだったんです。話を聞いてみて、自分でもいいと思えば試してみたし、合わなくても引き出しとしてしまっておけばいい。それがいつか役立つこともあるかもしれない。

 僕は昌さんと年齢が24歳も離れているんですけど、こんな感じで話せる方とはお会いしたことがなかったので、衝撃でしたよね。だからコーチになった今も、昌さんのコミュニケーションの取り方はすごく参考にさせてもらっています。昌さんはこれだけの実績がありながら、学びを終えるのではなく、常に追い求めていますよね。それは自分もやっていかないと、と考えています。

山本昌 いやいや、そう言ってもらえてうれしいです。これからも、いい投手をたくさん育ててくださいね。

 ありがとうございます。これからもよろしくお願いします!

おわり


山本昌(やまもと・まさ)/1965年、神奈川県生まれ。日大藤沢高から83年ドラフト5位で中日に入団。5年目のシーズン終盤に5勝を挙げブレイク。90年には自身初の2ケタ勝利となる10勝をマーク。その後も中日のエースとして活躍し、最多勝3回(93年、94年、97年)、沢村賞1回(94年)など数々のタイトルを獲得。06年には41歳1カ月でのノーヒット・ノーランを達成し、14年には49歳0カ月の勝利など、次々と最年長記録を打ち立てた。50歳の15年に現役を引退。現在は野球解説者として活躍中。

辻孟彦(つじ・たけひこ)/1989年7月27日、京都府生まれ。京都外大西高では3年夏に甲子園に出場。卒業後は日本体育大へ進学し、1年春からリーグ戦に登板。4年春のリーグ戦では13試合に登板し、リーグ新記録の10勝をマーク(5完封)するなど、大車輪の活躍でMVPを獲得。11年のドラフト会議で中日から4巡目で指名され入団。プロでは13試合の登板で、3年で現役生活を終えた。引退後は母校・日体大の投手コーチに。著書に『エース育成の新常識 「100人100様」のコーチング術』(ベースボールマガジン社)がある。