鹿児島県湯之元。その名のとおり、ひなびた温泉街を望む高台の上に小さな野球場がある。

古びたコンクリートむき出しのスタンドに内川聖一は腰かけていた。

 NPB通算2186安打。ソフトバンクでは日本一を経験し、WBCにも3度出場。世界の頂点も極めた。昨シーズン限りでヤクルトを退団したが、そのまま現役を退くことなく、今シーズンは生まれ故郷の独立リーグ球団「大分B−リングス」のユニフォームに袖を通した。

 その目線の先には、赤いユニフォームを着た一団があった。

かつてWBCの舞台で対戦したことがある中国代表チームだ。

WBC3度出場の内川聖一が語る中国戦の難しさ「勝って当然と思...の画像はこちら >>

今季から独立リーグ球団の大分B−リングスでプレーする内川聖一

【WBC初戦の難しさ】

 内川の所属するB−リングスはこの日、大学、社会人のアマチュアチームによる野球大会「おいどんカップ」に参戦することになっていた。この日の試合は、WBCに備えてこの町でキャンプを張る中国代表との試合。宮崎で侍ジャパンの取材、解説の仕事をしていた内川は、チームとは別にひと足早く球場に到着していた。

 3度のWBC出場経験がある内川は、初めて出場した2009年の第2回大会では、韓国との壮絶な延長戦を制して世界一の美酒を味わった。この試合で内川は3安打を放ち、イチローの伝説的なヒットで決勝のホームを踏んでいる。

「WBCに出るのと出ないのでは、調整が全然違ってきます。

あの年はオフなんてなかったです。もともと、春先は得意なほうじゃなかったんで」

 早めに仕上げて、日本代表のキャンプに参加したものの、プロ8年目でようやくポジションを不動のものにした直後の大会で、内川は試合に出られないことも覚悟していたという。

「錚々たるメンバーが集まりますから。そりゃ試合には出たいに決まっていますが、代表チームに参加するということは、控えにまわることも承知のうえということ。それはみんな理解したうえでの参加だと思います。それにあの時は、少し多めに招集をかけて、キャンプの最後に正式メンバーを決めるというやり方だったんです。

だから、僕は落ちると思っていました(笑)。最後、ロッカールーム、いやその隣のスイングルームだったかな、そこに全員集められて、メンバーの名前が呼ばれていったんです」

 その前年、内川はセ・リーグ最多の189安打を放ち、打率.378という右打者として史上最高打率の記録を打ち立てた。そんな内川でも、最終メンバーに残れるのか不安だったという。日本代表とはそういう場所なのだ。

 第2回大会の初戦は、今回と同じ中国戦だった。完封リレーで勝利したものの、日本代表が奪った得点は4点。

この試合、内川の出番はなく、ベンチから戦況を見守った。

「初戦というのはやっぱり緊張感がすごくて、楽勝という印象はなかったですね。この大会で日本は優勝したんですけど、決勝になるとある程度試合をこなしているので、イメージはしやすいんです。ただ、初戦はそれができないんです。あの時の中国代表を見ていて、細かい部分はまだ日本のほうが優れているというのはありました。ボールのさばき方や、投球に対するバッターの反応などです。

 あと打者目線で言うと、球が遅いからといっていくらでも打てるのかというと、そうでもないんです。相手投手の球筋がわからないというのは、本当にやりにくい。もちろん、事前のミーティングで相手のデータをもらい対策はしているのですが、変化球がどういう曲がりをするのかというのは、実際にボックスに立たないとわかりません。国際試合は知らないピッチャーと対戦するので、速い、遅いではなく、そういう点で大変です」

 内川が出場したのは2戦目の韓国戦からだった。6番・ファーストでスタメンに名を連ねた内川は3打数1安打2打点の活躍で、最大のライバル相手のコールド勝ちに貢献した。この試合で日本代表のレギュラーとしての地位を確立した内川の活躍もあって、大会連覇を成し遂げる。

【格下とかは関係ない】

 つづく第3回大会(2013年)での中国戦の印象はないと内川は語るが、実際には1次ラウンドで対戦している。この試合も勝ちはしたが、スコアは5対2だった。そして2017年の第4回大会でも対戦し、日本代表は7対1で勝利。中国に対しWBCでは3戦全勝だが、内川は"格下"と呼ばれるチームとの対戦の難しさを語る。

「格下の中国相手だから勝って当然って思われますけど、それがいちばん怖いんです。僕らは勝つしかないわけですから、格下とかは関係ありません。相手について、傾向や対策、データはもちろんありますけど、ゲームに入る時の心境が変わったりとか、そういうのはありません。格下と言われる相手でも、ひとつ間違えればやられるという気持ちは常にあります。そういう戦いを経験することによって、チームがだんだん盛り上がっていくというのも国際大会なんです。とにかく、当たり前にできることができないんじゃないかと思ったのは、WBCだけでしたね」

 WBCという国際大会の舞台に立ち、あらためて野球の怖さを知った内川だが、同時に中国代表のひたむきさが印象に残っているという。

「もちろん、僕らのほうがレベル的には上なんでしょうけど、そんな僕らに対しても『なんとかしてやろう』という気持ちはすごく感じました。それに試合を通じて、何かを吸収しようという心意気は伝わってきました。そうした必死な姿は、僕らも学ばなければいけないと思いましたね」

 いま目の前にいる中国代表も、9日の1次ラウンド初戦で日本代表と戦う。来日後、アマチュアチームと練習試合を重ねているが、この日までの勝敗は3勝1敗。ただし、勝ったゲームはすべてクラブチーム相手で、社会人チーム相手には10点を超える大差をつけられた。その結果に、WBC本番で強豪国相手の試合の行方を不安視する声もささやかれているが、内川は一笑に付する。

「本番になるとスイッチが入るんじゃないですか。どの国相手に全戦力をぶつけるかという戦略とかはわかりませんが、大会に入ればどんなチームでも気持ちのぶつかり合いになりますので。そのあたりは練習試合とはまったく違うでしょうね」

【中国のレベルは確実に上がっている】

 この日の試合は、5対4で内川が所属する大分B−リングスが勝利した。だが最後まで勝負の行方がわからない大接戦で、9回裏二死に一打同点の場面で最後のバッターが放った大飛球が背走したセンターのグラブに収まり試合は終了した。

 試合後、内川に今回の中国代表の印象を尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「以前と比べて、確実にレベルアップしています。当たり前のプレーが当たり前にできるようになった印象ですね。チームの雰囲気もよく、どんな点の取られ方をしても『次、次っ』っていう姿勢は昔と同じですね」

 最後に、日本戦を前に中国代表に何かアドバイスはあるかと質問した。内川は「僕は日本側の人間ですよ」と笑いながらも、こうエールを送った。

「実際にどういうピッチャーが投げるのかわかりませんし、どういう試合をすれば......というのは言いにくいですけど、野球というゲームを通じて、こうやって今日も対戦できたのはうれしいですし、中国代表には(ソフトバンク時代の同僚の)真砂勇介もいるので楽しみです。いい試合を期待したいですね」

 6年ぶりの開催となるWBC。中国は日本代表相手に"ジャイアントキリング"を虎視眈々と狙っている。