4月のある日、ヤクルト二軍の戸田球場で投手の練習を眺めていると、大下佑馬がキャッチャーミットをはめてキャッチボールをしていた。その数週間後、戸田に調整で訪れていた高橋奎二も同様で、同日、神宮球場でも石川雅規がキャッチャーミットを使ってキャッチボールをしていたのである。
キャッチャーミットをはめてキャッチボールを行なうヤクルト・田口麗斗
不思議に思い、その理由を聞くと「ピッチャーのボールは痛いからです」と、3人は苦笑いを浮かべた。
「気分転換で使うこともありますし、以前は自分のものを持っていましたが、この前は田口(麗斗)のミットを借りました。誰のボールが痛いというよりも、全体的に痛いんです(笑)。球の質はそれぞれで、木澤(尚文)とかはズドンときます。奥川(恭伸)もすごくて、ブワーっと伸び上がってきます」(石川)
「柴田(大地)とよくキャッチボールをするんですけど、ふつうのグラブだと手が痛すぎて(笑)。球が速いこともあるんですが、ボールが散るのでなかなか芯で捕れない。
「僕は田口さんからいただいたものを使っていますが、やっぱりピッチャーの球は痛いので。ただ、キャッチャーミットは重いので、体に負担がかかるからあまり使いたくないところです。練習の時は(グラブをはめている)右手を上げて、しっかり投げたいので......」(高橋)
実際に戸田球場で「ピッチャーのボールは痛い」という瞬間を目撃した。2年目の竹山日向は新外国人投手のキオーニ・ケラのボールを受けるとうめき声をあげ、その後、ノック中も手からグラブを外して「痛い、痛い」とつぶやいていた。
【投手と野手のボールの違い】
なぜピッチャーのボールは痛いのか。竹山は「ピッチャーと野手では、全然ボールが違います」と言った。
「野手のボールはポンと捕れるんですけど、ピッチャーの球は力を入れないと捕れないというか、ちょっと押される感じがあって、人差し指にグワっとくるんです。これまで印象に残っているのは吉村(貢司郎)さんで、捕った時にボールが重たく感じるというか......今日はキャッチャーミットがあったほうが、痛みは軽減されるのかなと感じました」
期待のパワー型投手、竹山はそう説明すると、「まだちょっと赤くなってます」と左の手のひらを見せて笑った。
前出の大下も「基本的に野手って捕りやすい送球なので」と言う。
「球の速い遅いはあると思うんですけど、僕らも守備の時は野手が捕りやすいように投げます」
では、ピッチャーと野手のボールの違いはどこにあるのか。キャッチャーの松本直樹は「同じ力感で投げても、ピッチャーのほうが回転効率なのかわからないですけど、スピン量が多いと感じます」と話した。
「とくに先発投手は1試合で100球ほど投げることになるので、8割くらいの力でいいボールを投げることを追求すると思うんです。以前、秋のキャンプでブルペンに入って100球くらい投げたことがありますが、体がパンパンになりました。だけどピッチャーはふつうに投げるじゃないですか。思いきり投げるのが野手のボールで、軽く投げてもいいボールがいくのがピッチャーの球ですかね。でも、宮本慎也さんがコーチをされていた時に送球を受けたことがあるのですが、ピッチャーのボールに近いというか、軽く投げてシュッとくる。送球のいい野手は、どちらかといえばピッチャーに近い感じがしますね」
【ボールのキレはどう生まれるのか】
そして松本は「痛いとは違いますが、石川さんのボールは恐怖です」と教えてくれた。
「体がギリギリまで開かなくて、急にボールが出てくるのでむちゃくちゃ速く感じるんです。
ところで、ピッチャーのボールはいかにしてつくられるのか。小川泰弘に聞いてみた。まずイメージするピッチャーのボールについて、こう話した。
「キャッチボール段階の話ですが、ボールが指先から離れて相手のグラブに着くまでの軌道が、山なりであっても回転数は野手の人よりも多いだろうし、そういう意味では腕の振りよりも捕る時に"誤差"があるということですね。
そして「そのボールを投げるためには、いろいろな要素があるのですが......」と言って、話を続けた。
「投球フォームで言えば、球の出どころを見づらくする。そのことで腕がパッと出てくるので、やっぱりそこでも"誤差"が生まれるし、下半身と上半身の連動性が上手だとそれに近づきますね。ほかにも筋力的なことでもいろいろありますし、体の使い方というところでもそれらの"つながり"が大事になってきます」
小川に、ボールが痛いピッチャーについても聞いてみた。
「それこそ、今日は(高橋)奎二とキャッチボールをしましたけど、痛いですね。清水(昇)とかも手元できますし、石川さんは軽く投げているように見えて、手元でグッときて速さを感じます」
【田口麗斗がキャッチャーミットを使う理由】
メーカーのカタログを見ると、投手用のグラブの重さはだいたい550~650グラムで、捕手用は700~800グラムとなっている。
前出の大下は「キャッチャーミットは重いので、ちょっとでも気を抜いたら体が開くんです」と話した。
「なので、(グラブをはめている)左腕をここで止めてという意識はしやすいです。それが目的で使っていたわけじゃないんですけど、やってみて気づいたことです。今は自分の調子がよくないので、ピッチャー用のグラブでやってますけど」(大下)
田口は冒頭でも触れたように、石川にキャッチャーミットを貸し出し、高橋には進呈しており、2021年頃からキャッチャーミットを使ったキャッチボールをはじめたという。
「使う意味合いとしては、グラブを上手に扱うところが僕のほしかったところで、遠心力や重さを感じながら使う感じを身につけかったんです。たとえば、右手で壁をつくったりだとか、いろいろな扱い方があるんですけど、それを自分が操作したほうがいいのか、しないほうがいいのか......」
そのことを考えた結果が、キャッチャーミットを使うことだった。
「ふつうのグラブは小さくて軽くて扱いやすいので、試合になるとどうしても腕を早く動かしてしまうことがあります。そうならないように、重いものを扱っても腕を丁寧に使えばちゃんと投げられる。そのことを頭のなかに刷り込ませる意味でやっています。この1、2年は自分でもレベルアップしていると感じますし、出力も上がっている。その効果は出ていると思います」
ピッチャーがキャッチャーミットを使ってキャッチボールをする。興味本位で取材を始めたのだが、選手たちの言葉の数々にピッチャーに対する敬意はより深まるのだった。