プロ野球審判・坂井遼太郎さんインタビュー 後編(全2回)

 経験者でも知らないルールが多いという競技の代表格は野球かもしれない。億を超える年俸をもらうプロ野球選手でさえ、ルールを理解していないばかりにうっかりミスをしてしまう。

そんな場面をたびたび目にする。

 そこで今回、元プロ野球審判で現在は"審判系YouTuber"としてルール解説を行なう坂井遼太郎さんに、"プロでも7割くらいは答えられない"であろうルールを教えてもらった。

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審判経験を活かし野球のルールをYouTubeなどで伝えている坂井遼太郎さん 写真/本人提供

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●人気野球漫画の"あのシーン"は誤解

 野球のルールは本場アメリカのルールブックを翻訳したものが世界中で採用されている。メジャーリーグ、日本のプロ野球はもちろん、漫画で描かれる野球もルールはすべて共通だ。まずは、人気作品のなかから誤解されているルールをひとつ。

「野球漫画でよく描かれるシーンで、ホームランになりそうな大飛球をジャンプして捕った野手がフェンスを越え、スタンド側に落下してしまうケース。この場合、ホームランだと思っている人が意外と多いんですが、じつはアウトなんです」(坂井さん)

『ドカベン』では、明訓対土佐丸戦でライトの犬神了がフェンスをよじ登ってホームラン性の飛球をキャッチしたあと、ラッキーゾーンに落ち、サヨナラホームランとなる場面がある。

『MAJOR』高校編では、田代の大飛球を外野手が捕球したままフェンスを越えてこちらもサヨナラホームランになる。

「現実のルールに照らし合わせるとどちらも間違いですが、人気漫画で描かれたことで話題となり、一部の野球ファンがルールをもっと知りたいと思うよいきっかけにもなったのではないでしょうか。このルールの大事なポイントは、野手がどのタイミングで捕球したかどうかです。

 野手がスタンド側に全身が入る、もしくは踏み込む前にボールを捕ったならアウト、踏み込んでからならホームラン。この点に注目して野手がフェンスぎりぎりでキャッチするシーンを楽しんでほしいです」

日本シリーズの"幻のホームイン"も間違えがち

 続いて、プロアマ問わずよく見かける場面で適用されるルール。ピッチャーが投げた球をキャッチャーが捕り損ね、ボールがそのままベンチに入ってしまう。

 昨年の日本シリーズ、オリックス対ヤクルト第2戦、延長12回表2アウト、ランナー2塁でも実際に起こった。

2塁走者が3塁を回りさらにホームへ進み、オリックスベンチは大喜びしたが、ボールデッドとなったためランナーは3塁に戻された。

「アマチュアの指導者の方々にもぜひ、おさえておいてほしいルールですね。ポイントとなるのが投球開始時点からランナーの進塁をカウントすること。

 ルールでは、投手板に触れているピッチャーの投球がそれて、ダッグアウトやスタンドなどに直接入った場合、ひとつ進塁が認められることになっています。つまり、ボールデッドゾーンにボールが入ったタイミングは関係ないんです」

●タイムプレーは全力疾走が基本

 次に、野球選手にとっても視聴者にとっても「めちゃくちゃ重要なルール」として坂井さんが挙げるのがタイムプレーだ。

 今シーズン5月18日の中日対阪神戦、8回裏2アウト1、2塁の場面でそれは起きた。中日の村松開人の打球がレフト線を破った。

2塁ランナーの石川昂弥は本塁へ向かったが、手前でスピードをゆるめてしまった。そのスキを逃さず、阪神のノイジーはレフトから3塁へ送球し、1塁走者をアウトにし、3アウトチェンジ。

「中日はリクエストをしましたが、判定はひるがえらず、絶好の得点機会を失ってしまいました。この場面では、3アウト目が成立する前にランナーは本塁生還しなければなりませんでした。

 タイムプレーとは、第3アウトと走者のホームインのどちらが早かったのか、というプレーを指します。この場面では、全力疾走が基本。
それなのにネクストバッターがジェスチャーでゆっくりと指示したり、ランナーが余裕をもって走ったりするのをたびたび目にするのは、ルールの理解不足ではないでしょうか。

 勝敗を分けるスリリングな場面なので、タイムプレーでの選手それぞれの動きを追うと野球の面白さが増します」

プロ野球選手でも答えられないルール!?  スリーバントの誤解、人気漫画の名シーンなど元プロ審判・坂井遼太郎が解説

プロ野球審判時代の坂井さん 写真/本人提供

●選手の9割が間違える?スリーバントのルール

 さてこれから夏本番、高校野球が盛り上がるシーズンだ。攻撃の定番作戦、バントに関して大半の人が誤解しているルールがあるという。

「実は、スリーバントのルールに関してはアマチュア野球の審判でも5割、選手の9割が間違った解釈をしています。

 2ストライク後の投球をバントしてファールになった場合、アウトになってしまうというのはみなさんが知っているとおり。ただし、ボールが当たる瞬間によけようとしてバットを引き、ファールになったら? 答えは通常のファール。アウトにならないんです」

プロ野球選手でも答えられないルール!?  スリーバントの誤解、人気漫画の名シーンなど元プロ審判・坂井遼太郎が解説

写真/本人提供

 そもそも、多くの人が間違えてしまう理由は、バントとは何かという定義があやふやだからだという。


「バントとは『バットをスイングしないで内野を転がるように意識的にミートした打球』。"内野を転がるように意識的に"であるかどうか、スリーバントの場面ではここに注目してみてください」

●「危険球! 退場!」は日本の独自ルール

 最後に日本のローカルルールをひとつ。

「プロ野球でピッチャーの投げた球がバッターの頭部に当たった場合、または当たりそうになった場合、『危険球! 退場!』となります。でも、本場メジャーリーグやWBCのような国際大会、日本のアマチュア野球ではこのようなシーンを見たことがないはず。じつは公式ルールブックに載っていないのです。

 危険球とは、打者の選手生命に影響を与えるかどうか、とアグリーメント(内規)で定められている日本のプロ野球独自のもの。

投球がバッターの頭部付近を襲っても、退場にならない場合にどうしてだと思う人もいるでしょうが、カーブなどの変化球がすっぽ抜けた場合は、スピードが出ていないので危険球にはならないと判断されるんです」

 これほど"考えるスポーツ"だからこそ野球は本当に深く、じつに面白い。

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【プロフィール】
坂井遼太郎 さかい・りょうたろう 
1985年、大阪府生まれ。金光大阪高卒業後、ジム・エバンス審判学校(アメリカ)での研修を終えて2007年にセ・リーグ審判員となる。2010年には4年目の早さで1軍戦に出場。2017年にはオールスターゲームも経験し、2018年にプロ野球審判員を引退。現在は起業し、全国の大学野球リーグ戦を無料配信する事業やYouTuberなどとして活動している。