かつてラ・リーガを席巻したリオネル・メッシは、すでにアメリカ大陸に去った。

 メッシが見せた輝きは、長く語り継がれるだろう。

メッシは左利き特有の魔法を作り出した。敵を置き去りにカットインすると、左足を振ってゴールを揺らす。あるいは、意表を突くラストパスで華麗にゴールをアシストする。バルセロナでの同じ左利きのSBジョルディ・アルバとの連係は語り草で、わかっていても防げなかった。

 では、その輝きを継承するのは誰か。それは世界中のサッカー選手にとっての栄誉であるバロンドールにも関係してくるはずだ。


 
 メッシの代わりはいない。しかし、レアル・ソシエダ(ラ・レアル)の久保建英(22歳)はその後継候補のひとりだろう。昨シーズンは、自らが得点した9試合で9勝。攻撃の中心として、レアル・マドリード、バルサ、アトレティコ・マドリードの撃破に貢献した。その事実だけで快挙と言える。

 今シーズンも、開幕のジローナ戦でいきなりゴールを決めた。

左利きSBアイエン・ムニョスからのパスを左足でフィニッシュ。他にも切り込んでからのクロスやシュートなどを見せ、昨シーズンもチーム最多だったゲームMVPにも選出されていた。

久保建英はメッシに近づくことができるか その座を競うリーガの...の画像はこちら >>
 過去、多くの日本人選手がラ・リーガの門を叩いてきたが、及第点をつけられたのはエイバルの乾貴士だけだった。それも、あくまで残留をシーズン目標にした地方クラブ(ヨーロッパカップ出場のセビージャに移籍した際は低調な成績だった)での話。久保はラ・リーガ上位で、チャンピオンズリーグ(CL)に出場するレアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)の主力となっているのだ。今やCLのアタッカーとして、ラ・リーガのサッカーシーンを引っ張る存在だ。

 バルサ下部組織ラ・マシア出身の久保は、メッシと比較されることが多かった。それはラ・マシアの各カテゴリーに同じタイプの左利きアタッカーが必ずいるからで、比較されること自体、ほとんど必然だった。

「Desborde y Velocidad」(崩しとスピード)

 それはラ・マシアのサイドアタッカーに対する基準で、メッシはそれを極めたと言える。

【リーガ最高の左利きアタッカーは?】

「メッシの後継者」

 そう呼ばれる選手はこれまでも数多いたわけだが、現在、一番近い位置にいるのが久保だろう。対人で単独の切り崩し、意外性のあるシュート、高速のコンビネーション力にも長ける。爆発的なスプリントはないが、機動力は抜群だ。

 バルサでは今も「久保を逃したのは、ジョゼップ・マリア・バルトメウ会長時代の数多い損失のひとつ」と語られる。FC東京から100万ユーロ(当時のレートで1億3000万円)で買い戻せたにもかかわらず、それをケチってレアル・マドリードに獲られた。昨シーズン、ラ・レアルは久保をマドリードから移籍金600万ユーロ(約9億円)で獲得したが、1年で価値は10倍まで高騰しているのだ。

 もちろん、ラ・リーガには他にも腕利きの左利きアタッカーがいる。

 バルサが移籍金約90億円で獲得したブラジル代表26歳、ラフィーニャはそのひとりだろう。昨シーズンは1年目ながら、後半戦から主力に定着。

今シーズンは開幕のヘタフェ戦で先発し、果敢にゴールへ迫ったが、相手の挑発に乗って退場処分に。性格にムラがあり、年俸も15億円と、コスパがいいとは言えないが。

 現在のラ・リーガで最高の左利きアタッカーは、アトレティコ・マドリードのフランス代表アントワーヌ・グリーズマン(32歳)だろう。昨シーズンもチームのベストプレーヤーだった。卓越したテクニックを戦術のなかで生かし、「戦闘本能」も持った選手で、ディエゴ・シメオネ監督の申し子。2大会連続W杯ファイナリストになった経歴は伊達ではない。

 一方、久保の下の世代の躍進も目覚ましい。

 バルサで新時代の息吹を感じさせるのは、16歳のラミン・ヤマルだろう。スペイン人だが、モロッコ人と赤道ギニア人のハーフで、独特の体のバネを持つ。今年4月のベティス戦で15歳9カ月のトップデビュー。クラブ史上最年少記録を更新した。開幕のヘタフェ戦でも、交代出場で中央に鋭く切り込み、センスを強く匂わせる決定的パスを通していた。順調に成長した場合、末恐ろしい。

【「怪物」になるために必要なこと】

 そして今シーズン脚光を浴びそうなのが、バルサの宿敵であるレアル・マドリードに入団したトルコ代表の18歳、アルダ・ギュレルである。レフティ独特のボールタッチで、タイミングを外すことができる。ボールを操り、運び、仕掛ける、その技術が白眉。マルコ・アセンシオの代わりに入った形だが、カルロ・アンチェロッティ監督との相性次第では、ラ・リーガの主役のひとりになるだろう。

 どの選手も才能は申し分ない。バロンドールに近づくには、プラスアルファが必要か。

「Tirar del Carro」

 スペイン語で、「荷車を引く」が直訳だが、転じて、一番つらい仕事を引き受け、先頭に立ってやる、という意味になる。その資質が、同国ではトッププレーヤーの条件だと言われる。自ら勝利を引き寄せる執念と言えばいいだろうか。

「ボールが足元に入ったら、怖いものなんてない。自分は無敵になる。敗北を憎むし、勝つことしか考えない」

 18歳だったメッシに、筆者がバルセロナでインタビューした際の答えである。技術もそうだが、そのメンタリティこそが、「怪物」に変身を遂げるために必要な触媒だったのかもしれない。とことん自らを信じ、チームを勝利に導けるか。勝利や成長への貪欲さがあってこそ、時代を動かすこともできる。

 その点でも久保は、列挙した選手たちと比べても突出したパーソナリティを感じさせる。それは誰でもなく自らを恃みとし、チームを勝たせるという気概であり、その技術とも言えるか。英雄的選手だけが持っている特色だ。

「久保は(チームの勝利に)決定的な選手になることを、自分自身に求めてきた。彼はそれを成し遂げつつある。試合を通じて、とにかくトライすることをやめない」

 スペイン大手スポーツ紙『アス』が下した久保の昨シーズンの総評は、ひとつの暗示である。