中村憲剛×佐藤寿人meets森保一監督
第18回「日本サッカー向上委員会」新春スペシャル(2)

◆新春スペシャル(1)>>森保一監督、参戦!「こんなにフランクでいいの!?」

 現役時代から仲のよい中村憲剛と佐藤寿人が日本サッカーについて本音を交わし、よりよい未来を模索してきたwebスポルティーバ連載「日本サッカー向上委員会」。2024年の一発目は「新春スペシャル鼎談」として、これ以上ない最高のゲストを迎え入れた。

 日本代表監督・森保一。

 引退後はサッカー解説者として引っ張りだこで、森保ジャパンの戦いぶりを観察してきた中村憲剛。この鼎談のチャンスで、どこまで森保監督の思考を聞き出せるのか。

 森保監督がサンフレッチェ広島を率いて3度のJ1リーグ優勝を果たした時、ストライカーとして貢献したのが佐藤寿人。つき合いの長い関係だけに、どんな直球の質問をぶつけるのか。

 会った瞬間から大盛り上がり、3人で語り尽くしたスペシャル鼎談。

ご堪能ください。

   ※   ※   ※   ※   ※

森保一監督「ちょっと鳥肌が立ちました」 中村憲剛&佐藤寿人か...の画像はこちら >>
── これまでのキャリアのなかで影響を受けた監督はいますか?

森保 たくさんいますよ。ミシャさん(ミハイロ・ペトロヴィッチ監督)にはサッカー観を180度変えられましたね。多くの監督は戦術練習を守備からやるんですよ。でも、ミシャさんは逆で、常にマイボールの練習をするんです。その哲学というものは本当にすごいなと思っていましたね。

 それと、「日本人はもっとできる」って言ってくれたことも印象に残っています。その提言を与えてもらって、サッカーはもっと勇気を出してやっていかないといけないものなんだなと理解しましたね。

── ミシャさん以外にも、多くの指導者に出会われたと思いますが。

森保 (ハンス・)オフトさんの影響も大きいですね。練習はとにかく厳しいんですけど、それでも楽しくて、笑っていた記憶のほうが大きいです。

寿人 どういう練習をしていたんですか? ポジションごとか、立ち位置のプレーの整理とか?

森保 いや、もうほとんどが対人だったかな。

対人練習って本当にきついし、オフトさん自身も厳しい人でしたけど、 結局、最後は笑っているんですよね(笑)。やっぱりサッカーは楽しくないといけないということを教えてもらいました。

 広島をステージ優勝に導いてくれた(スチュアート・)バクスターさんは組織的に戦うことのメリットを感じさせてもらった監督で、そこも大きく影響を受けています。あと、仙台の時の清水さん。

寿人 秀彦さん!

森保 秀彦さんは山田(隆裕)とか、テル(岩本輝雄)とか、寿人とか、ちょっとヤンチャな選手を認めてあげるコミュニケーション能力がすごかった。

寿人 いやいや、僕はヤンチャではないですから(笑)。

森保 個性的な選手を認めてあげて、うまく力を引き出すんですよね。僕が今、いろんな意見を聞けるっていうのも、秀彦さんの影響を受けているかもしれない。

寿人 当時、ポイチさんがキャプテンだったじゃないですか。秀彦さんからどういうことを言われていたんですか?

森保 特にないよ。まずは自分が一生懸命やれ、みたいな感じだったかな。僕の場合はハードワークして走るだけの選手だったので、まずはその姿勢を見せろっていうことだったと思います。

 あと、これは直接言われたわけではないけど、「ポイチはみんなでがんばろうよっていうメッセージを出してくれる選手だ」と言ってくれていたみたいですね。個性的な集団をひとつにまとめて、みんなでがんばろうという雰囲気を作ってほしいというメッセージだったと思います。

憲剛 そこも今に通じるところがありますよね。今の日本代表は、個性的というか、個が立っている選手が多いですから。

森保 日本のよさは組織的に戦うことだけど、やっぱり個があっての組織なんです。彼らを見ていて本当に頼もしいですし、普通に「すげえ!」って思うこともありますから。

憲剛 そうさせているのは、森保さんですから。

森保 いや、でも本当にみんなすごいんだよ。世界で普通に戦っているわけだから。キャリア的には彼らのほうが断然、上なわけで。僕の場合は国内しか知らなかったし、海外で生活したこともない。

 そう考えるとやっぱり、その自分が知らないことを聞きながら、受け取りながらやることが大事だと思うし、インプットしたものを選手のために、チームのために、日本のサッカーのためにアウトプットしていくこともやっていかなくてはいけないと思っています。広島の時もミシャさんからバトンを受けて、ミシャさんが築いたサッカーを継承していくと思っていましたけど、すぐに「いや、こんな天才的なことできないでしょ」って悟りましたから。

 だから、やっぱりいろんな情報を入れたかったし、コーチのヨコさん(横内昭展/現・ジュビロ磐田監督)の力を借りたりしながらチームを作ってきました。クラブと代表の違いはあれど、今もやっていることは同じかなと思っています。

憲剛 リアルな話をこんな側で聞かせてもらえて、勉強になります。

森保 いやいや、憲剛も寿人も確固たるものを持っていると思うので、それを信じて突き進んでいってほしい。でも、僕はそういう引っ張り方ができないので、みんなでがんばろう、とやっていくしかないんですよ。

── 傾聴力が大事になってくるわけですね。

森保 そこはみんな持っているんじゃないですかね。ふたりもそうだと思いますけど、うまくなりたい、強くなりたい、成功したいっていう向上心がある人の多くは、傾聴力を持っていると思います。視聴もしますけど、いろいろと聞きたいんですよ。

憲剛 代表選手は特にそのイメージ強いですね。みんな、めちゃくちゃアンテナを張っていますから。少しでもいいものを取り入れたいから、いろいろと知りたがる。そこから何を選んで、何を捨てていくかという判断も早いんですよね。

 やっぱり、あそこにいると伸びるんですよ。だから、あの場所にずっと居続けたい。もちろん、代表は名誉だったり、誇りもありますけど、それ以上に自分自身が爆発的に成長できる場所なんです。僕が入っていた当時もそうでしたけど、今もそうなんだろうなと思います。

森保 同じ感覚ですね。本当に突き抜けた向上心を持っている人たちの集まりですから。

憲剛 特に今のグループはそう感じます。どんどん先に進んでいくから、足りていない選手は置いてかれてしまう。だから、国内の選手たちは「外に出なきゃ」という危機感が生まれるだろうし、たぶんあの集団のなかにいるだけで、意識改革がされていくんだろうなと。冨安(健洋/アーセナル)とか遠藤(航/リバプール)の話を聞いていると、そう感じますね。

寿人 この前のドイツ戦の後の久保(建英/レアル・ソシエダ)くんのコメントを聞いても、そう思いましたね。今までだったら、ドイツなんて胸を借りるような相手じゃないですか。でも、同じ土俵で戦っているんだなって。

憲剛 普通にやれるでしょ、みたいな感じだからね。実際に普通にやって、普通に勝ったわけだけど。

寿人 僕らの時代って、ワールドカップでいかに勝つかっていうところまで、考えが及んでいなかったですよね。まずは「どう出るか」みたいな感じで。でも今の選手たちは、世界で勝つことを普通に考えている。

憲剛 本気で上を目指しているよね。もちろん僕らも目指してはいたけど、そこまで道のりが今ほどは見えていなかったと思う。なぜなら、そういう戦い方を自分たちができなかったから。

 でも今のチームは、カタールでドイツとスペインに勝ったことで、明らかに視座が高くなりましたよ。それは代表選手だけではなく、下の世代にも影響を与えていると思います。

 U-17ワールドカップでもスペインとやって結果的には負けましたけど、A代表が勝ったことで彼らは臆(おく)することがなかったと思います。それって実は、国としてすごいことだなって思うんですよね。

森保 それは大きいですよね。国内にいながらにして「世界と戦える」と普通に思える感覚になってきているのは。

 今のA代表の選手たちはふだんからヨーロッパの舞台でプレーしていて、常に世界のタレントのなかで揉まれながら、自分の立ち位置を取れている。あの競争力のなかでやれているからこそ、ワールドカップでも普通にプレーできるんです。ドイツにしてもスペインにしても、もちろん彼らはすごいけど、「こういう弱点があるよね」ということを平気で言うんですよ。

寿人 時代というか、感覚が変わってきていますよね。

森保 私自身の若い時は、海外は見上げるものだったけど、今は同じ目線でやれている。それでA代表がそうやって戦うことで、たとえ海外に出なくても、国内の育成の選手たちが俺たちもやれると思える時代が来ているというのは、本当にすごいことだと思います。

 今、憲剛の話を聞いてうれしいし、ちょっと鳥肌が立ちましたね。その世界基準の競争力を、日本国内でも当たり前のように感じられるようになれば、わざわざ海外に行かなくてもいい時代が来るかもしれない。そうなれば、ワールドカップで日本が勝つ確率が上がるだろうし、Jリーグの魅力もさらに上がっていくのかなと思います。

(つづく)

◆新春スペシャル(3)>>「浅野拓磨を起用した判断はどこにあったの?」


【profile】
中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ、東京都小平市出身。久留米高校から中央大学に進学し、2003年にテスト生として参加していた川崎フロンターレに加入。2020年に現役を引退するまで移籍することなく18年間チームひと筋でプレーし、川崎に3度のJ1優勝(2017年、2018年、2020年)をもたらすなど黄金時代を築く。2016年にはJリーグMVPを受賞。日本代表・通算68試合6得点。ポジション=MF。身長175cm、体重65kg。

佐藤寿人(さとう・ひさと)
1982年3月12日生まれ、埼玉県春日部市出身。兄・勇人とそろってジェフユナイテッド市原(現・千葉)ジュニアユースに入団し、ユースを経て2000年にトップ昇格。その後、セレッソ大阪ベガルタ仙台でプレーし、2005年から12年間サンフレッチェ広島に在籍。2012年にはJリーグMVPに輝く。2017年に名古屋グランパス、2019年に古巣のジェフ千葉に移籍し、2020年に現役を引退。Jリーグ通算220得点は歴代1位。日本代表・通算31試合4得点。ポジション=FW。身長170cm、体重71kg。

森保一(もりやす・はじめ)
1968年8月23日生まれ、長崎県長崎市出身。1987年に長崎日大高からマツダに入団。1992年にハンス・オフト率いる日本代表に初招集され、翌年「ドーハの悲劇」を経験。サンフレッチェ広島→京都パープルサンガ→ベガルタ仙台を経て2004年1月に現役引退。引退後はコーチとして広島とアルビレックス新潟で経験を積み、2012年に広島の監督に就任。3度のJ1制覇を成し遂げる。2017年から東京五輪を目指すU-23代表監督となり、2018年からA代表監督にも就任。2022年カタールW杯の成績を評価されて同年12月に続投が決定した。日本代表・通算35試合1得点。ポジション=MF。身長174cm。