【現地の予想を1億ドル以上も上回る超大型契約】

 メジャーリーグの投手としては歴代最高総額となる12年総額3億2500万ドル(約470億円)でロサンゼルス・ドジャースと契約を結んだ山本由伸。メジャーでまだ1球も投げていない投手が、史上最高額を手にしたニュースは驚きと共に全米で大きく報じられた。

【MLB投手歴契約額トップ5】

1位:山本由伸(ドジャース、2024-35年、12年間総額3億2500万ドル)

2位:ゲリット・コール(ヤンキース、2020-28年、9年総額3億2400万ドル)

3位:スティーブン・ストラスバーグ(ナショナルズ、2020-26年、7年総額2億4500万ドル)

4位:デビッド・プライス(レッドソックス、2016-22年、7年総額2億1700万ドル)

5位:クレイトン・カーショウ(ドジャース、2014-20年、7年総額2億1500万ドル)

(※)二刀流の大谷翔平を除く

 昨年の11月下旬に山本のポスティングがMLB機構から正式に発表された時、予想される契約額は「2億ドル以上」とされていたが、ドジャースが射止めた金額は当初の予想額を1億ドル以上も上回る超大型契約だった。



ドジャース山本由伸は、なぜMLB投手で歴代最高の契約を結べた...の画像はこちら >>
 メジャーの歴史の中でも、総額で2億ドルを超えた契約を手にした投手は、山本を含めてこれまで7人しか誕生していない。上記の表の5人に、マックス・シャーザー(レンジャーズ)とザック・グレインキー(ロイヤルズ)を加えた7人だが、リーグを代表するような大投手ばかりである。

 山本と同じ時期にポスティングされた今永昇太は、「1億ドルを超える契約を手にするのでは?」と噂されたが、シカゴ・カブスと結んだ契約は4年総額5300万ドル(約76億8500万円)と、予想の半分近くまで下がってしまった(カブスが5年目のチームオプションを行使すれば、最大で5年総額8000万ドル=約116億円になる)。

 また、今オフシーズンのフリーエージェント(FA)市場には、昨季に自身2度目のサイ・ヤング賞を獲得した左腕のブレイク・スネル(前サンディエゴ・パドレス)もいる。現役トップクラスのサウスポーの去就はまだ決まっていないのに、山本はスネルを大きく上回る評価を得て年内に契約を決めた。
 
 山本にメジャーの投手史上最高額を提示したのはニューヨーク・メッツが先で、「ドジャースがメッツと同額の提示額まで引き上げた」と報じられた。

 メッツと同じニューヨークを本拠地とするヤンキースは、絶対的エースであるコールを超える契約を与えることを躊躇して、山本を逃した。ヤンキースのライバル球団であるボストン・レッドソックス、そしてドジャースのライバル球団のサンフランシスコ・ジャイアンツも3億ドル以上の大型契約を提示し、最後まで争った。

【山本が高評価を得られた2つの理由】

 なぜ、山本はこれほどまでの高評価を得られたのか。「年齢」と「日本での圧倒的な実績」の2つの要因が挙げられる。

 第1の要因である「年齢」だが、山本は25歳と、他のFA投手と比べて5歳以上も若い。

 今オフの大物FA先発投手の年齢だが、スネルは31歳、フィラデルフィア・フィリーズと7年総額1億7200万ドルで再契約を結んだアーロン・ノラは30歳、セントルイス・カージナルスと3年総額7500万ドルで契約したソニー・グレイは34歳、昨季はテキサス・レンジャーズの世界一に貢献したジョーダン・モンゴメリーは31歳と、30代の投手ばかりである。

 MLBでFA資格を得るには6年間のメジャー登録が必要であり、25歳でFA資格を手にするには20歳からメジャーでプレーしなければならない。

 高卒1年目の投手が活躍することが珍しくない日本球界とは異なり、選手層の厚い米球界では、高卒新人投手がメジャーで投げることがまず有り得ない。大卒の選手であっても、マイナーリーグで数年育てるのが普通であり、特に先発投手はその傾向が強い。となると、若くしてメジャーに昇格した投手であっても、FA権を得るのは20代後半であり、「25歳のFA先発投手」というのは、大谷の二刀流に次ぐ"ユニコーン"のような幻的な存在と言える。

 25歳はまだ成長過程であり、今後5年近くに渡ってさらなる成長が期待できる。これから選手としてのピーク時期を迎える選手を手に入れられるチャンスは、本当に稀である。

 第2の要因の「日本球界での圧倒的な実績」だが、これは山本本人の力による部分と、これまでの日本人投手がメジャーで築き上げてきた信頼と実績という2つの要素に分けられる。

 まず、本人の力の部分だが、日本球界で3年連続投手4冠&MVP&沢村賞と前人未到の記録を打ち立て、25歳にして誰もが認める日本球界ナンバーワン投手の座を勝ち取った。

 多彩な球種を操り、どの球種もMLBで平均以上との評価を得ているが、中でも絶賛されているのがスプリット。ドジャースの大先輩に当たる野茂英雄を筆頭に、フォーク系を武器にする日本人投手がメジャーで成功した例は数多くある。

 日本人投手はNPBで酷使される傾向が強いが、山本は165イニング以上を投げたシーズンが2021年と22年の2度だけ。独特の調整方法とフォームから肩や腕への負担も少なく、ケガのリスクも少ないと判断された。

 さらに国際試合にも強く、これまでにプレミア12(2019年)、東京五輪(2021年)、WBC(2023年)と侍ジャパンのメンバーに3度選ばれているが、その3大会全てで金メダル獲得に貢献した点も見逃せない。

 山本のように日本で圧倒的な成績を残してからMLBに挑戦した投手として、田中将大ダルビッシュ有の名前が挙がるが、彼らがメジャーで成功を収めてきたことも、山本の評価アップに繋がっている。田中やダルビッシュの働きによって、「日本で圧倒的な成績を残してきた投手はメジャーでも1年目から活躍できる」と信じられている。

 何よりも、昨季の千賀滉大の活躍が、今オフの山本株の大幅アップの要因となった。

【山本に期待される成績】

 では、メジャー1年目の山本は、どれくらいの成績を期待されているのだろうか?

 野球データサイトの『Fangraphs』は、2024年の山本の成績を12勝9敗、防御率3.98、184投球回数で200奪三振、50与四球と予想している。12勝の予想は昨季の千賀と並んでナショナル・リーグ5位タイで、200奪三振は7位タイ。また、予想WAR(打撃や走塁、守備、投球を総合的に評価して貢献度を表す指標)はリーグ9位の3.4で、メジャー1年目からリーグのエリート投手として活躍するという数字が弾き出された。

 山本にとって追い風となりそうなのが、ドジャースが6人で先発ローテーションを回す可能性が高い点だ。

 日本で6人ローテーションに慣れている山本にメリットがあるだけではない。今オフに移籍してきたタイラー・グラスノーはメジャー8年間で121イニング以上を投げた経験がなく、ウォーカー・ビューラーは2度目のトミー・ジョン手術からの復帰のシーズンとなるので、両投手ともにイニング制限が必要だ。

先発4番手と5番手が予定されているボビー・ミラーとエメット・シーハンの両投手はメジャー2年目なので、この2投手にもイニングは制限されるだろう。ドジャースの先発投手の中に200イニングを任せられそうな投手が皆無のため、メジャー流の5人ローテーションで回すよりも、6人制のほうがメリットは大きい。

 山本にとってのメジャー1年目は個人タイトルを狙うのではなく、メジャーで1年間ローテーションを守る"基盤作り"のシーズンとなる。

 ドジャースと12年契約を結んだ山本には息の長い活躍が期待されている。

 冒頭で紹介した、総額2億ドル以上の契約を手にした7投手中、山本とストラスバーグを除いた5投手はサイ・ヤング賞投手である。サイ・ヤング賞を獲っていないストラスバーグにしても、ワールドシリーズでのMVPが評価されて大型契約を勝ち取った。

 1年目からサイ・ヤング賞を手にすることは無理でも、契約期間中の12年の間に同賞に選ばれる投手へと成長してほしいという期待は、全ドジャース・ファンに共通する思いだ。しかも、できれば一度ではなく、カーショウやシャーザーのように3回以上獲ってもらいたいと。

 MLBでの山本伝説は現地時間2月8日、ドジャースのキャンプ地アリゾナ州で幕を開ける。