J1リーグ2024シーズン
武藤嘉紀インタビュー(ヴィッセル神戸/FW)

ヴィッセル神戸・武藤嘉紀、今だから明かせる優勝秘話 肺挫傷の...の画像はこちら >>
 今シーズン、ヴィッセル神戸の練習場からは、とにかく武藤嘉紀の声がよく聞こえてくる。チームを盛り上げたり、仲間を叱咤したり。
自身に檄を飛ばすように声を張り上げることもあれば、チームメイトに歩み寄って身振り手振りを交えてコミュニケーションをとっている姿も。その表情はいつもイキイキと輝き、とにかく明るい。

 そのことを本人に伝えると「充実しています!」と返ってきた。"声"にも彼なりの理由があるという。

「このチームが昨シーズンを通して漂わせてきた厳しさは、新しく加入してきた選手にも知ってもらいたいことのひとつというか。僕ら既存の選手には、ふだんの練習から厳しく向き合えていたことがチームにいい緊張感を生み、本当の意味での結びつきを強くしていたということを、チームに伝え、浸透させる責任があると思っています。

 実際、昨年もシーズン前のキャンプの頃は、まだまだ僕らベテラン選手の一方通行なところがありましたけど、時間を重ねるごとに若手選手もそれを感じ取ってくれて、(佐々木)大樹やテツ(山川哲史)、(初瀬)亮ら若い選手も目に見えて成長したし、それがタイトルの足がかりになった。だからこそ、今年も年齢とか、新加入選手ってことに関係なく、よくないプレーやうまくいっていない事象についてはその場でしっかり指摘していきたい。

 一致団結するのはすごく大事なことだけど、仲よしこよしでは意味がない。そこを履き違えてしまったら結果は求められないからこそ、お互いに厳しく向き合い、チーム内でのいい競争をレベルアップにつなげて、連覇を目指したいと思います」

 ディフェンディングチャンピオンとして迎える今シーズンの目標に描くのも、昨年同様に「自分たちのスタイルを崩さずに目の前の1試合1試合を戦うこと」と武藤。そのうえで、2点のリードを奪いながら逆転負けを喫した、昨季J1第9節の横浜F・マリノス戦や、同じく2点のリードを奪いながら同点に追いつかれた同11節の名古屋グランパス戦のような勝ち点の取りこぼしは極力減らし、どんな試合でも「勝ちきれるチームになりたい」と言葉を続ける。

「相手チームはより牙を剥いて、僕たちの戦い方を研究して策を講じてくるはずですが、昨年はそうした状況でも泥臭く、走って、自分たちのスタイルを崩さずに戦い続けられたからこそ、勝利があったし、最後にはタイトルに辿り着けた。

その経験からも、まずは今年も自分たちがやるべきことをブレずにやり続けたい。

 それと、タカさん(吉田孝行監督)がミーティングでもおっしゃっていたとおり、僕たちは『3点取られても4点取る』チームではなく、できる限り失点を少なくしながら点を取って勝つことを目指しているからこそ、今年もみんなでできる限りミスを減らしながら、固く守って、かつ攻撃でも労を惜しまずに前に出ていくことを徹底し、去年以上に失点を減らし、得点を増やすチャレンジをしたいと思います」

 また、個人的にはゴール、アシスト両方での"ふた桁"を実現し、攻守に圧巻の存在感を示し続けた昨年の戦いをもとに、引き続き「チームのタイトル奪取に『貢献できた』と胸を張って言えるようなプレーを」心がけながら、得点数アップを目指す。

「僕が預かるサイドのポジションは、エゴよりチームプレーを優先すべきというか。仮にゴールにつながる確率が、味方にパスを出せば9割、自分で打てば5~6割なら、もちろん9割のほうを選択すべきだとは思います。

 ただ、点を取りたいという気持ちは僕も常に持ち合わせているので。というか、昨年もシュートチャンスを確実に決めていれば15点以上、決められたはずだと考えても、欲をかかずに、まずはチームのために戦うというスタンスを守りながら、得点を意識していきたいです」

 昨年からシステムに大きな変更はなく、武藤もサイドで起用される可能性が高いと予想すれば、必然的に守備の負担も大きくなるとはいえ、だ。

「僕がピッチにいる理由はゴールとアシストの両方ができること。今年もそこは意識しつつ、よりゴール数を伸ばせるシーズンにしたいと思っています。

 今年も、リーグ連覇はもちろん、天皇杯やルヴァンカップも狙いにいきたいし、今年のうちに結果が出るわけではないとはいえ、AFCチャンピオンズリーグも当然、頂点を目指したいと思っていますが、口で言うほど甘い世界ではないので。昨年も1試合、1試合に100%を注いで、先を見ずに進むことができたから、最終的に笑えたということを肝に銘じて、僕らは王者だというプライドも見栄も全部捨てて、目の前の試合をひとつずつ戦っていこうと思っています」

 そのための準備も着々と進んでいる。以前から練習前後のケアにも余念がない武藤だが、今年はそれにもまして新たな取り組みも。チームメイトの大迫勇也に紹介してもらったという「脳と目を鍛えるトレーニング」だ。

沖縄キャンプ中も練習が終わったあとに、ひとりサングラスのようなものをつけて、自主トレに励む姿を見かけた。

「簡単に説明すると、効き目だけではなく、両目をしっかり使えるようになることで、バランス感覚を鍛えるのが目的です。というのも、僕は右利きなのに、利き目が左で......。これまで右目をあまりうまく使えていなかったらしいんです。

 それもあって、右足一本で立つのと、左足一本で立つのでは、明らかに左足のフラつきが大きく......。右足でシュートを打つ際も軸足がしっかり踏み込めていないせいで、シュートの威力が弱くなってしまっている、と。

なので、今はその右目をうまく使えるようになるためのトレーニングを続けています。

 いやぁ、この年齢になっても、自分の体を100%で生かせていなかったんだと知れて、『まだまだ成長できるな』『伸びしろがあるな』ってワクワクしかないです(笑)!」

 そうして、よりいい状態の"自分"でいることが、プロサッカー選手としての時間を1日でも長く楽しむことにつながるからこそだ。

「今の時代は、ケアやトレーニングの進化にも助けられながら、本当に真摯に自分の体と向き合って、サッカーに注いでプレーしている30代の選手がすごく増えた。正直、僕がヴィッセルに加入した時は、僕よりトレーニングをしている選手はいないだろうなと思っていたのに、そんなことは全然なくて。大迫選手、山口蛍選手、酒井高徳選手らは、とにかくトレーニングもするし、ケアも怠らない。

 そういう姿に刺激を受けて、僕もよりケアを徹底するようになったし、トレーニングも......やりすぎはよくないけど、やらないと動けないよなって自覚していろんなチャレンジを続けられている。

実際この歳になると、本当に1年1年が勝負で、仮に大きなケガでもしてしまったら、チームから『いらないよ』と言われてしまう年齢でもあるので。そういう意味でも、昨年と同様に、今年も1年を通してケガなく、いいパフォーマンスを継続したいと思っています」

 涼しい顔で話した武藤だが、実は昨年終盤の浦和レッズ戦(第32節)後に肺挫傷の大ケガを負い、優勝を決めた第33節の名古屋戦を含めて残り2試合は出場が危ぶまれたという裏話も。今だから明かせることだと教えてくれた。

「肺から出血していたらドクターストップだと言われていて、実際にレントゲンを撮ったら、出血が見られたんです。でも、その箇所が幸い心臓には近くなかったことと、浦和戦後、名古屋戦までに2週間インターバルがあったので、1週間安静にしていたら出られるかもしれません、と。

 なので、とにかく1週間は動きたい気持ちを抑えて安静に過ごしたんですけど、初めの3日間は咳をしただけで血が混ざるしで......。正直、不安でした。そこを乗り越えてからも、ベタ休みした状態から体を起こさなければいけないのが大変でしたしね。

 かといって、急に上げすぎるのもダメだと言われ......。そこは、本当にトレーナー陣、ドクター陣にいいサポートをしていただいたのと、あとは気合い? 優勝を決められるかもしれない試合に『是が非でもピッチに立っていたい』という思いだけで、名古屋戦に復帰しました」

 しかも、名古屋戦に先発した武藤は、スタートからそんなアクシデントをまったく感じさせないパフォーマンスでチームを牽引。前半14分にはチームを勢いづける2点目を決めて優勝に貢献している。改めて、彼のたぎる想いに触れた気がした。

「プロサッカー選手は見た目こそ華やかだけど、裏ではみんな、口にできない思いや、痛み、苦しさ、つらい体験、きついトレーニングを乗り越えてピッチに立っている。だけど、そこに負けずに戦い続けることで見えること、得られるものは絶対にある。昨年はその積み重ねがもたらすものの大きさを改めて感じられたシーズンだったからこそ、『今年も』という思いは強いです」

 変わらない熱き闘志を引き連れて、武藤嘉紀のプロ12年目が始まった。

武藤嘉紀(むとう・よしのり)
1992年7月15日生まれ。東京都出身。ヴィッセル神戸所属のFW。2014年、慶応大在学中にFC東京入り。新人ながらふた桁ゴールをマークしてブレイクした。2015年夏にはドイツのマインツに移籍。その後、イングランドのニューカッスル、スペインのエイバルでプレーし、2021年8月に神戸入り。2023シーズンにはふた桁得点を挙げて、チームのリーグ初優勝に貢献した。日本代表でも活躍し、2018年ロシアW杯に出場。国際Aマッチ出場29試合。3得点。