フィリップ・トルシエインタビュー(後編)

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【日本はアジアでリードを奪われることに慣れていなかった】

――今回のアジアカップで、日本はすべての試合で失点しました。戦術的な部分で問題点が見受けられましたか。

フィリップ・トルシエ(以下、トルシエ)日本はアジアにおいて格上なので、ボールポゼッションスタイルの攻撃的なサッカーになります。そのために、ある程度守備ラインを高く維持しなければならず、裏のスペースが大きく空くというリスクがあります。

 それでも現代サッカーの強豪チームは、ボールを奪われてもすぐにゲーゲンプレッシングで奪い返す、というのが当たり前のようになっています。ただ、そこで私が思うのは、守備をする本当の意味から考えると、最近のDFはもはやDFではないということです。

 どういうことかというと、彼らも第2、第3のアタッカーとなっているんです。そうした最近のクラブや代表の強豪チームにおいてのチームバランスに関して、私は大きな疑問を持っています。

 DFは競り合いに勝つことよりも、ボールを奪ってそれをすぐに自分たちの攻撃につなげることのほう、その方法を早く考えすぎていると思います。カウンタープレッシングで一生懸命走って戻る、1対1に勝つ、というのがベースであって、守備はブロックを下げて歯を食いしばり、辛抱強く守らなければいけない、ということを忘れてしまっているのでは? と思ってしまいます。

 それから、日本はアジアでリードを奪われることに慣れていないから焦ってしまったと思います。そこで、日本の選手から「自分で状況を打開しなければいけない」「点を取られたら、そのミスを自分で取り戻さなければいけない」という過剰なプレッシャーを感じているのではないか、と度々感じました。そういった場合でも、本来は「チームで取り返す」というメンタリティが必要だったと思います。

【無意識に気が緩むところを監督がマネジメントする必要がある】

――確かに日本は、特に敗れたイラク戦やイラン戦では失点して混乱していたと思います。

チームでの約束事や監督の介入がもっと必要だと声を挙げた選手もいました。トルシエ監督は以前、日本人のメンタリティを信号に例えたことがありました。日本人はたとえ車が来ていなかったとしても、信号が赤ならば誰も渡らないと。そういったことを考慮して、多くの約束事を設けたほうが日本は機能すると思いますか。

トルシエ 20年前に私が率いた日本代表は約束事がすべてでした。その理由は、海外とのチームとの差があったなかで、組織力を高めることでその差を少しでも埋められると思ったからです。

あの時は組織力が80%、個人のタレント力は20%でいいと思っていました。

 あの頃は95%の選手が国内でプレーしていて、彼らは私の指示を真面目に聞いてボールのない時は懸命にプレッシングをこなしてくれました。コミュニケーションも本当に模範的で、自己管理もすばらしかったです。

 当時と比べて、今の選手のプロ意識が低くなったわけではありません。むしろ、より高くなったと思います。

 欧州のクラブでプレーしていれば、そうした約束事を知らないわけがありません。

90分間ハードワークし続け、プレッシングをさぼることは許されないし、それができなければ使ってもらえないからです。20年前と比べれば、(今の選手のほうが)はるかに厳しい環境にいると思います。

 ただ、繰り返しになりますが、(5大リーグでプレーしている選手たちは)どうしても無意識に気が緩んでしまう部分があったと思います。そこで、自分自身にプレッシャーをかけることは難しいわけです。その点については、監督がやらなければいけません。

――監督のマネジメントがもっと必要だったと。

トルシエ うまくいかない時に(チームの)バランスを保つことは非常に難しいものです。それでも、たとえアジアレベルであっても、個人よりも組織力のほうがどんな局面でも勝るということ。そのことを忘れてはいけません。

 つまり、もう一度、その基本に立ち返ってハードワークすること。それによって、個人の力も自然と表れるから心配することはない――そう伝えることが(指揮官には)必要だったかもしれません。

 日本の選手たちは、意外と不安に思っていることがたくさんあったと思います。

クラブとは舞台が全然違って、慣れていない部分もあったでしょう。彼らは精神的に不安定になりやすいもので、周りがそうした環境を整えてあげることは大事なことだと思います。

【ベトナム代表にひとり連れて行けるとしたら、久保建英

――ところで、大会中に伊東純也選手が性加害の容疑で刑事告訴され、帰国することになりました。しかし、所属クラブでは推定無罪を信じるということで普通にプレーしています。このクラブと日本サッカー協会の判断のギャップについてどう感じますか。また、トルシエ監督が日本代表の指揮官だったとしら、「伊東純也を戻すな」と協会と戦いましたか。

トルシエ クラブと代表で伊東選手に対しての姿勢が違うことを私は理解できます。代表チームというのは、日本国民や日本という国の価値観を体現する機関だからです。推定無罪であったとしても、その国の価値観を守らなかった可能性があるなかで、後日もし有罪になった時はクラブ以上に代表で出場させたことは問題になると思います。

 同時にフランスでは推定無罪という概念がデモクラシーの根本にあるので、クラブが彼を信頼し続けるという判断も理解できます。だから、両方正しいと思います。伊東選手は無念だったと思うけれど、日本のあの判断は避けられず、仕方のないことだったと思います。

――もし日本代表の選手をひとりだけベトナムに連れていけるとしたら、誰を選びますか。

トルシエ 久保建英選手ですね。彼は日本サッカーを変えるほどの選手だと思います。なぜなら、彼は現代サッカーに求められるすべてを持っているからです。

 激しいプレスを回避するテクニック、高いインテリジェンスと自己管理能力、身体は少し小さいかもしれないけれど、すばらしい瞬発力を持っています。それから、前のポジションであればどこでもこなせるポリバレントな選手でもあります。レアル・ソシエダでは、守備時にブロックを作る時に労を惜しむこともしません。

 日本には彼と同じレベルの才能が他にもひとり、ふたりいるかもしれません。それでも久保選手を選ぶのは、小さな頃からスペインで過ごしたことで身につけたメンタリティがあるからです。

 外国人特有のエゴイズム、自分で責任を取らなければいけない場面でちゃんと責任を持ってシュートまで持っていくことができる強いメンタルと判断力。それが高いプレッシャーのなかでも潰されず、他の選手よりも早く状況が見える戦術眼がすばらしいと思います。

 それから、スポーツの枠を越えて自己を表現できる人間性を持っていること。これも、もしかしたらふたつの文化の間で育まれたものかもしれません。いずれにしても、日本サッカーのリーダーとなるすべての資質を持った選手だと思います。

――最後に、日本サッカーはトルシエ監督が率いた時代から飛躍的に進化を続けています。そのなかで、日本はW杯優勝という大きな目標の道半ばにいるわけですが、20年前と比べてどれだけその目標に近づけたと思いますか。

トルシエ 日本と同じレベルの国が2050年までの残り25年間で、W杯を勝つことはより現実的になっていくと思います。W杯はもはや強豪だけの大会とは言えません。もちろん、私がその結果を占うことは難しいです。

 でも、日本はあれから著しく進化し、育成年代の基本技術、組織力は非常に高いレベルにあります。先進国であるがゆえに、環境はよく、自己管理やトレーニングのノウハウも世界基準であるし、海外のトップクラブを経験している選手も増えています。

 ただ、そのなかでW杯を勝つためには、登録23人の中でUEFAチャンピオンズリーグを経験している選手が20人くらいは必要だと思います。今大会で言えば、南野拓実、冨安健洋、守田英正、上田綺世、旗手怜央、久保建英の6人。それ以外では、鎌田大地や古橋亨梧が挙げられますが、トップクラスの国とそこの差を埋めなければいけないと思います。

 前回のカタール大会ではW杯の準決勝にモロッコが初めて進出し、2002年日韓大会では韓国も残りました。そこからの2試合の壁がすごく高いと言われていますが、私は今後25年で、こうした国がその壁を越えられると思っています。だから、日本も近いうちにベスト8進出はできると思います。

 2050年というと、私は95歳。なので、日本の監督へ復活することはおそらく無理ですけど、やる気はいつでもありますよ(笑)。

(おわり)

トルシエ監督に聞いた――ベトナム代表に日本人選手をひとり連れていけるとしたら誰にするか?
通訳のダバディ氏(左)と談笑するトルシエ監督。photo by Fujimaki Goh
フィリップ・トルシエ
1955年3月21日生まれ。フランス出身。28歳で指導者に転身。フランス下部リーグのクラブなどで監督を務めたあと、アフリカ各国の代表チームで手腕を発揮。1998年フランスW杯では南アフリカ代表の監督を務める。その後、日本代表監督に就任。年代別代表チームも指揮して、U-20代表では1999年ワールドユース準優勝へ、U-23代表では2000年シドニー五輪ベスト8へと導く。その後、2002年日韓W杯では日本にW杯初勝利、初の決勝トーナメント進出という快挙をもたらした。現在はベトナム代表を指揮。