まさか、ここまで投手陣を整備してくるとは──。

 京都大の戦いぶりを見て、そう思わずにはいられなかった。

昨年までの絶対的エースだった水江日々生(ひびき/日本生命)が卒業し、リーグ戦で勝利実績のある投手はゼロに。リーグ開幕前のオープン戦は惨敗続きで、高校生相手にも大敗を喫していた。

史上初の開幕連勝スタート、目標は優勝から全国大会1勝へ 秀才...の画像はこちら >>

【京大史上初の開幕連勝スタート】

 ところが、4月に関西学生野球リーグが開幕すると京都大は驚きの快進撃を見せる。4月6日の開幕戦では、ドラフト1位候補の金丸夢斗を擁する関西大を1対0で撃破。翌7日の2回戦でも3対1と連勝し、昨秋のリーグ覇者から勝ち点を奪取。京都大の開幕連勝スタートは史上初(1982年の関西学生野球連盟発足後/以降同)。2試合とも4投手を粘り強くつなぐ継投策が実った。

「よっしゃー!」

 ダッグアウト裏には、京大生の咆哮が響き渡った。関西大から勝ち点を奪った試合直後、選手たちは抱き合い、叫び、全身で喜びを表現した。まるで優勝でも果たしたような大騒ぎだった。

 京都大は西日本最難関の国立大学として知られており、野球部は強豪が居並ぶ関西学生リーグの最下位が定位置だった。リーグ内でスポーツ推薦制度がないのは京都大だけで、グラウンドは狭く、室内練習施設もない。雨が降れば練習が中止になってしまうような環境で、選手は強豪校に立ち向かわなければならない。

 だが、2019年秋にチーム歴代最多となるシーズン5勝を挙げ、過去最高位となる4位に食い込んだ。2022年春にもシーズン5勝を挙げ、一時は優勝争いに絡む躍進を見せている。関西学生リーグにおいて、もはや「京大旋風」は珍しくなくなっている。

 その背景には、2017年からコーチとしてチームに携わり、2021年秋から監督に就任した近田怜王(ちかだ・れお)監督の存在がある。

 近田監督は報徳学園で甲子園に3回出場し、2009年からソフトバンクで4年間プレーした元プロ野球投手である。最終学歴は高卒、プロ退団後はJR西日本に入社して車掌として働いた時期もある。

そんな33歳が京大野球部監督を務めることに意外性を抱かずにはいられないが、近田監督の選手に寄り添う指導法は京大生にマッチした。

 その近田監督であっても、今春の投手陣の出来は想像を超えていた。関西大から勝ち点を奪った試合直後、近田監督はこんな本音を漏らしている。

「正直言って、出来すぎです。想像以上の結果でした。オープン戦では投手陣が崩れる試合が多くて、野手に負担をかける試合が多かったので。

それでも、本当によく頑張ってくれました。素直に称えたいですね」

 1年時からレギュラー遊撃手として活躍する細見宙生(ひろき/3年/天王寺)は、シーズン前の投手陣に対してこんな不満を抱いていたという。

「オープン戦では守っていて、めちゃくちゃイラついていました。野手の間では『ピッチャー陣は何の練習してるんやろ』とボロカスに言ってましたね」

【オープン戦で結果を残した技巧派右腕】

 ただし、細見のなかでひとりだけ「いけるんちゃうか」と感じる投手がいた。4年生の西宇陽(にしう・あきら/大教大池田)である。

「西宇さんはリーグ戦の経験もあるし、あまり打たれていなかったので」

 とはいえ、西宇は相手を圧倒するタイプの投手ではない。身長168センチ、体重73キロと小柄で、メガネをかけてマウンドに上がる姿に威圧感はない。

ストレートは常時130キロに満たず、90キロ台のスローカーブなど緩急を使って打たせてとる技巧派右腕である。

 西宇はマウンドと同様に飄々とした様子で、自身の投球スタイルについて語った。

「金丸みたいにズドーンと投げられたらいいですけど、無理なもんは無理なので。自分は割りきって、のらりくらりと投げるようにしています」

 そんな西宇を下級生時から評価していたのが、2022年に学生コーチを務めた三原大知だった。三原は灘高時代に生物研究部に所属していた変わり種で、野球のプレー経験は皆無。MLBのデータサイトに入り浸る「野球ヲタ」だったことから京大野球部にアナリストとして入部し、4年時には近田監督から投手起用の全権を委任されるほどになった。

現在はアナリストとして、阪神タイガースに入団している。

 三原は在学時、西宇の能力を高く評価していた。

「西宇はストレートが動く球質で、球種が豊富なので攻めのバリエーションがすごくある投手なんです。制球も安定していて、オープン戦でも結果を残していましたから」

 それでも、大学3年間で西宇が残した成績は、リーグ戦9登板で0勝4敗、防御率5.01に留まった。昨年12月時点で近田監督に投手陣の展望を聞く機会があったが、玉越太陽(2年/桐朋)、菅野良真(2年/姫路西)ら下級生への期待を聞く一方で、西宇の名前は挙がらなかった。

 こちらから西宇について聞くと、近田監督は苦笑しながらこんな思いを打ち明けた。

「西宇は先輩にくっついて練習する『弟感』があって、甘えが出るピッチャーなんです。僕がことあるごとに『来年は玉越と菅野のふたりが軸になります』と言っているので、たぶん『なんでやねん』と思っているはずです。でも、そこから競争を這い上がってきてほしいんですよね」

【目標は全国大会1勝】

 関西大との開幕節、西宇は1回戦で1対0とリードした緊迫の最終回を任され、無失点で締めくくっている。2回戦は2点リードの4回裏からロングリリーフし、4回2/3を投げて1失点。持ち味の「のらりくらり」とした投球が冴えわたった。この試合後、西宇にリーグ戦初勝利が記録された。

 昨年までエースだった水江が卒業し、投手陣が弱体化していると見られていたことに悔しさはあったのではないか。そう聞くと、西宇は首をかしげてこう答えた。

「投手陣全体ではミーティング中に『悔しい』という声があがっていましたが、個人的には『しょうがないかな』と思っていました。でも、後輩が揃ってきていたので、自分としては何とかなると思っていました」

 近田監督が期待の投手としてあえて名前を挙げなかったことについて触れても、西宇はどこ吹く風といった風情でこう答えた。

「なんだかんだいって、投げさせてもらっていたので......」

 指揮官の思惑どおりではなかったようだが、西宇がリーグ戦の舞台でも持ち味を出せたのはチームにとって大きな前進だった。

 関西大との開幕節では西宇だけでなく、1回戦で先発して6回無失点と好投した米倉涼太郎(3年/洛星)、勝負所で好リリーフを見せた宮島知希(3年/膳所)、中野翔貴(3年/守山)ら上級生が意地を見せた。そこへ2年生のサイド右腕・玉越が2戦連投して計4回2/3を無失点に抑えて、期待どおりの実力を発揮している。

 守備陣の貢献も見逃せない。京都大は大胆な守備シフトを敷いて、安打性の打球をアウトにするシーンも目立った。

 京都大では対戦相手を研究し、打者ごとの打球方向のデータを出してポジショニングに生かしている。ただデータを鵜呑みにするわけではなく、京大生らしい頭脳と感性も活用している。遊撃を守る細見は、こう明かす。

「相手バッターのスイング軌道を見たら、『ここしか飛ばない』とわかりますから。ベンチでどんなスイングをしているか情報を共有して、確信を持って守っています」

 今季の京都大はもともと野手陣にタレントが揃っていた。前出の細見だけでなく、昨秋にリーグ3位の打率.341でベストナインを受賞した外野手の中井壮樹(3年/長田)、強打の三塁手である谷口航太郎(3年/茨木)はリーグ内の有望選手と比べても遜色ない実力者だ。細見が「上で勝負したい」と語るように、3選手とも社会人でのプレー続行を希望している。

 4月13日からの同志社大戦では、1回戦は5対7で敗戦、2回戦は延長12回の末に1対1で引き分け、3回戦は1対2で敗戦と3試合ともクロスゲームの末に勝ち点を落とした。だが、京都大の力がフロックではないことを示すには、十分な内容だった。

 昨年まで、近田監督率いる京都大は「リーグ優勝」という目標を掲げていた。だが、今春から「全国大会1勝」に掲げ直している。

 残すは関西学院大、近畿大、立命館大との3節。秀才軍団は本気で頂点を狙っている。