井上浩樹インタビュー中編

(前編:カルデナス戦のダウン 陣営は「無理して打たないでくれ!」と叫ぶも、崩さなかった攻めの姿勢>>)

 1年後、東京ドームで盛り上げましょう――。

 今年3月、2024年度の年間表彰式で井上尚弥が名指ししたのは、飛ぶ鳥を落とす勢いでパウンド・フォー・パウンド1位を目指す"ビッグバン"中谷潤人。

尚弥が自身の引退時期を「あと3年」と明言した今、残された時間で"誰とどんなボクシングを見せるか"を意識している様子がうかがえる。

 次戦の予定は今年9月、WBA暫定王者ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)との統一戦。その先に見据えるのは、東京ドームでの世代を超えた日本人対決だ。モンスターが"倒すボクシング"にこだわり続ける理由と今後について、いとこで現役ボクサーの井上浩樹に聞いた。

井上尚弥の衰えは「まったく感じない」 いとこの浩樹は9月のア...の画像はこちら >>

【しっかり倒しきるボクシングで魅せた】

――ラモン・カルデナス(アメリカ)戦のTKO勝利で、尚弥選手はスーパーバンタム級に上げてから6試合連続KO。それでも、ダウンしたこともあって「ピークが過ぎたのでは?」という声もごく一部で上がっています。それについて、どう思われますか?

「まったく感じないですね。スパーリングや練習を見てもそうです。ただ、勝ち続けることでのプレッシャーというか、尚弥さんの肩にのしかかってくるものはあると思います。みんなが求めているものをリングの上で表現する、という気持ちも、どんどん大きくなっているはずです」

――高まり続けるファンの期待値と、それを超える活躍を続けている尚弥選手、という構図でしょうか

「言葉で表現することは難しいですけど、期待に応え続けていくところはすごく大変なんじゃないかと思いますね。本人の意識は違うかもしれないし、決して口にはしませんが」

――当然、対戦相手も研究してきますし、カルデナス選手のように高いパフォーマンスを見せる選手もいます。

「そうですね、カルデナスの、ガードを固めて相手の打ち終わりを狙うという戦い方は、倒す可能性を高めるものだったかもしれません。でも、ポイントは取れないですし、判定で勝つのはかなり難しい。

判定勝利を捨てて、カウンターで倒すことに賭ける、そういう戦い方をしてくる相手への対処法が、今後のカギになってくるでしょう。まぁ、相手がその戦略を取るしかない尚弥さんがすごいんですけどね」

――極論、尚弥選手も同じ作戦で戦うこともできますし、打たれるリスクを避けてポイントアウトするボクシングをしてもいい。ただ、尚弥選手がやりたいボクシングではないでしょうね。

「はい。同じメキシコの記念日『シンコ・デ・マヨ』(5月5日)に合わせて行なわれたボクシング興行(5月2日~4日の3日間)で試合をした(ライアン・)ガルシア(アメリカ)もカネロ(サウル・"カネロ"・アルバレス/メキシコ)も、ファンがエキサイトする戦いではありませんでした。そして、そのトリを飾った尚弥さんがTKO勝利。やりたいボクシング、見せたいボクシングの差が出たと思います」

――多くのファンを持つガルシア選手、カネロ選手ですが、ファンからは辛辣な声も上がりました。

「自分が持っている王座、記録など、そういうものを守りたいという気持ちが強く出ていましたね。守り方には個性が出ると思うんですけど、尚弥さんは違った。しっかり倒しきるボクシングで魅せましたよね」

【アフマダリエフ戦で勝負を分けるのは?】

――尚弥選手の次戦は今年9月、WBA世界スーパーバンタム暫定王者のムロジョン・アフマダリエフ選手(※)との王座統一戦が濃厚とされています。どんな印象の選手ですか?

(※)アフマダリエフは5月30日(日本時間31日)、ルイス・カスティージョ(メキシコ)相手に8ラウンド2分5秒でTKO勝利。

「体が強いイメージがあります。スピードはそこまで速くないのかなと思うんですけど、アマチュア時代にオリンピックでメダルを獲っていますから(2016年のリオ五輪で銅メダルを獲得)、技術が高いのはもちろん、好戦的な面もある。

すごくいい勝負なんじゃないかなと思いますね」

――尚弥選手とのスピード差がカギになりますか?

「そうですね。スピードは尚弥さんのほうが速いと思うので、そこがポイントのひとつになると思います。それと、どちらがジャブを当てられるかですね。

 尚弥さんがオーソドックスで、アフマダリエフがサウスポーなので、どっちが前の手をうまく当てられるかが大事です。尚弥さんはネリと対戦した時もそうでしたけど、左を当てながら右も当てて、テンポよく打ち分けていました。同じような展開になるんじゃないかと思います」

――アフマダリエフ選手が積極的に前に出てくれば、尚弥選手にとっては倒すチャンスが増えますね。

「そうですね。彼がディフェンス一辺倒にならなければ、倒すチャンスは増えると思います」

――アフマダリエフ選手を「体が強い」と評価しましたが、具体的には?

「体幹がしっかりしていて、体もゴツい。ブロックの上からのパンチにも耐性があります。尚弥さんのパンチをブロックで受けたあと、『何ともない』という感じで、すぐにリターンを返されると少し怖いですね」

――尚弥選手は、ブロックの上からのパンチでも、相手をひるませる場面がよくあります。

「ですから、アフマダリエフが尚弥さんのパンチをブロックで受けた時の反応と、そのあとのリアクションは、試合の流れを左右するポイントになると思います」

【中谷潤人への発言は「認めているからこそ」】

――尚弥選手は自身の引退について、アメリカのボクシング専門誌『ザ・リング』のインタビューで「今年を含めて、あと3年くらい」と答えました。2027年、再来年ということになります。

「僕もニュースで知って、『早いな』という印象でした。でも、あれだけの重圧を背負って戦ってきましたし、『早めに休んでもいいのかな』という気持ちもあります」

――今年3月の年間表彰式で、中谷潤人選手に「1年後、東京ドームで盛り上げましょう」と対戦を呼びかけました。そこには、どんな思いがあったと思いますか?

「尚弥さんが中谷選手を認めているからこその発言だったと思います。絶対に盛り上がるのもわかっていますしね」

――中谷選手はパウンド・フォー・パウンド1位を目指していて、そのために尚弥選手と戦いたいと、以前から発言しています。実際に快進撃を続けていますね。

「尚弥さんも、下の世代からそういう選手が出てきてくれてうれしい気持ちはあると思いますよ」

(後編:中谷潤人vs.西田凌佑を展望 自らはウェルター級でのKO復活に「中量級も日本人は強いと証明したい」>>)

【プロフィール】

■井上浩樹(いのうえ・こうき)

1992年5月11日生まれ、神奈川県座間市出身。身長178cm。いとこの井上尚弥・拓真と共に、2人の父である真吾さんの指導で小3からボクシングを始める。アマチュア戦績は130戦112勝(60KO)18敗で通算5冠。2015年12月に大橋ジムでプロデビュー。2019年4月に日本スーパーライト級王座、同年12月にWBOアジアパシフィック同級王座を獲得。2020年7月に日本同級タイトル戦で7回負傷TKO負けを喫し、引退を表明したが、2023年2月、約2年7カ月ぶりに復帰。

同年8月、WBOアジアパシフィック・スーパーライト級王座決定戦に勝利し、王座に返り咲いた。2024年2月、東京・後楽園ホールで、東洋太平洋同級王者・永田大士との王座統一戦に敗れた。2025年3月、ミハイル・レスニコフに3RKO勝利を収めた。
20 戦 18 勝 ( 15 KO ) 2 敗。左ボクサーファイター。アニメやゲームが好きで、自他ともに認める「オタクボクサー」。

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