ウナギ・サヤカ 東京ドームへの道 vol.3 前編

(vol.2:ウナギ・サヤカが明かす、自主興行で前田日明に受け身を見せた真意「黙っているわけにはいかなかった」>>)

 7月某日、午後3時。東京ドームシティ アトラクションズ。

メリーゴーラウンド前のベンチは、熱気でほんのり焦げた空気に包まれていた。気温は35度を超え、地面からは熱が立ちのぼってくる。私は「今年一番の暑さ」という天気予報の言葉を思い出しながら、少し緊張まじりに歩を進めた。

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 ウナギ・サヤカは、すでにその場所にいた。ベンチに腰かけ、スマートフォンを手に、TikTokの配信をしている。画面の向こうには、彼女の言葉を待つファンたちがいるのだろう。顔には汗が浮かび、声は少しかすれていた。

 聞けば、前夜には39度を超える高熱が出たという。夏風邪だというが、それでも休むことなく、彼女は今、発信している。

「リアルな自分を届けたい」――。それがどんな状況でも配信を続ける理由なのかもしれない。ここ最近の彼女は、世の中に発信することに対して、今まで以上に貪欲だ。

SNS、配信、インタビュー。すべてが、ウナギ・サヤカという生き方の一部として機能している。

 この日、私は「夏っぽいロケがしたいです。遊園地とか」と軽く提案しただけだった。すると彼女は、日程の調整からロケ地の確保までをすべてひとりでこなしてくれた。プロレスラーとして、そこまで段取りができる人がどれほどいるだろう。企画を受け入れ、さらに自ら実現させる。それがウナギ・サヤカという存在の強さでもある。

 メリーゴーラウンドの前で、真剣な表情を浮かべながら、馬に乗るか、ゴリラに乗るかを迷っていた。「やっぱりゴリラだな」と決めた時の笑顔は、まるで子供のようだった。

 観覧車では、高所恐怖症の私を気づかって、何度も「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。「それだけ怖がってくれると、逆に私は怖くない!」――。

言葉の一つひとつが、優しさの塊だった。

 途中、絵本屋に吸い込まれるように入っていった。「一瞬だけ」と言っていたのに、出てきたのは20分後。うれしそうに2冊の絵本を抱えていた姿を、私は今でも忘れられない。

 この日見た彼女の表情すべてが、真っすぐで、嘘がなく、どこか切なくて、眩しかった。

 8月2日、彼女は東京ドームシティ アトラクションズで自主興行を行なう。この場所で、どんな景色を見て、何を語り、何と闘うのか......。

【物理的に東京ドームに近づきたかった】

――いよいよ、この場所で自主興行ですね。

ウナギ:興行をやるってなったら、箱(会場)が空いている日を聞いて、お金を払って借ります。向こうも商売としてやるわけじゃないですか。でも今回に関しては、今日の撮影もそうなんですけど、こちらへの好意がないとできないことだと思うんですよ。普通、遊園地で撮影しようものならば、許可を取るのも大変だし、お金もすごくかかると思うんですよね。

「プロレスを広めたい」ウナギ・サヤカが、今の王者たちに思うこと「何のためにベルトを持っているのか本当に見えない」
インタビューに答えるウナギ

――OKが出たので、びっくりしました。

ウナギ:前哨戦で路上プロレスもやらせてもらったし、東京ドームシティの協力があって、ここまでいろいろやらせてもらっているということが、本当にすごいことだなと思っています。

――ウナギさんの自主興行は、東京ドームシティ アトラクションズ70周年の目玉のひとつにもなっています。

ウナギ:なんなんですかね? 彼らは楽しいんですかね?

――関係者のみなさん、ウナギさんのことが大好きなんだなと感じますよ。

ウナギ :いやあ、うれしいですよ。これまで、会場に対して好意を抱くことって、正直なかったんです。「何時までに撤収しろ」という圧と闘ってきたし、会場の人と喋ることなんてまずなかった。でも自分で興行をやり始めてから関わりを持つようになって、「会場側もこんな思いでやっている」というのを初めて知りました。

――どんな思いでしたか?

ウナギ:例えば後楽園ホールって、土日なんて本当に借りられないんです。人気の箱だから、もっと偉そうにしてていい。でも後楽園ホールの人は、「"格闘技の聖地"と言われ続けるためにもっといろいろやっていきたいんです」みたいなことを言うんですよ。Xのアカウントでポストするわけでもないから、そんな風に思っているなんて誰も知らないじゃないですか。そういうのを初めて聞いて、「私も頑張らなきゃな」って思うことが多いです。

――東京ドームでの自主興行を目標にされていますが、関係性という意味では、かなり近づいているのでは?

ウナギ:でも最近、渡辺直美さんが来年の2月にドームでライブをやるという発表がありましたよね。 どんな人がドームでやっているのか見ると、レディー・ガガとか、Perfumeとか、トップアイドルとかなんですよ。 知名度や仕事の本数を考えてもケタ違いすぎる。だから関係性としては良好なのかもしれないけど、知れば知るほど遠いなあって。

――ドームでやりたいという気持ちは変わらない?

ウナギ:ドームでやりたいです! 絶対にやりたい!

――7月19日、鈴木みのる選手との前哨戦として、路上プロレスを開催されました。その日、昼に後楽園ホールで仙女(センダイガールズプロレスリング)の興行があったじゃないですか。

ウナギ:メイン(橋本千紘&優宇vs. 岩田美香&高瀬みゆき)、ヤバかったですよね!

――強さの象徴のような試合でした。あの直後にウナギさんと鈴木みのるさんの路上プロレスを観て、ハチャメチャで最高に楽しくて。仙女を観たからこそ、「ウナギさんはこの世界観で間違っていない」と確信したんですよ。

ウナギ:えー、うれしい! めっちゃ楽しかったけど、「どうだったんだろう?」と思っていましたからね。私は外からは見られなかったので、プロレスを知らない人に届いたのかは不安でした。私がここでやりたいと思ったきっかけは、RIZINの会見なんですよ。

「えっ、ここでできるんだ!」っていう。

――今年4月に、東京ドームシティのバイキングゾーン芝生広場で行なわれた『RIZIN 男祭り』の記者会見ですね。朝倉未来選手の対戦相手が発表されて、話題になりました。

ウナギ:両国(4月26日、両国国技館で自主興行を開催)を終えて「東京ドームを目指す」って言ってるけど、近づくためにはどうしようと思った時に、まずは物理的に近づこうと。後楽園ホールより東京ドームに近い場所でやりたいな、と思ったんです。

 RIZINの会見が、本当にすごい人だったんですよ。今、いろんなプロレスラーたちが「プロレスを見たことがない人たちにプロレスを届けたい」って言ってるけど、私は届いている感じはまったくしていなくて。

【「今ベルトを巻いていて、名を残している選手はひとりもいない」】

――『アメトーーク!』(テレビ朝日系)で女子プロレス芸人の回が放送されて、ウナギさんも紹介されていましたが、まだ届いている感じはしませんか?

ウナギ:上谷(沙弥。スターダム所属)がすごいバズってるし、外からちゃんと連れてきてる感じはするんですけど、本当にまったくプロレスを知らない人がプロレスを観に来ているかと言ったら、けっこう難しいところじゃないですか。 テレビやYouTubeで見てもらうことはできても、結局プロレスって、生で観に来てもらわないと意味がない。そこを飛び越えたいですよね。

――そういう意味では、東京ドームシティ アトラクションズは大正解ですね。

路上プロレスの時も、遊園地のお客さんがたくさん観ていました。

ウナギ:8月2日も、一応、席は250くらいあるんですけど、チケットを買わなくても、その周りから全然観られるんですよ。プロレスに興味があっても、どうしてもお金を払わなきゃいけないし、子供たちが気軽に観に来られるものではないですよね。この夏休みにタダで観られるプロレスをやりたい、という思いもあって、あの場所を押さえたんです。

――ウナギさんの楽しい世界観は、子供たちは喜ぶと思いますよ。

ウナギ:私もバチバチした試合はもちろん大好きだし、強い相手との試合を乗り越えた時に「やっぱりプロレス好きだな」って思うんですけど......。でも、この2年半くらいフリーでやってきて、本当にプロレスをまったく観たことない人たちがプロレスに入ってくる入口って、過激な試合ではなくて、ゴムパッチンだったり、エガちゃんのYouTubeだったり、わかりやすいところのほうが圧倒的に多いんですよ。

――先日、魔裟斗さんのYouTubeに出演された回も、公開9日で257万回再生されています。

ウナギ:結局、今の時代は過酷な試合よりも、そういうコンテンツのほうが人の目に届きやすいというのは認識しています。

――最近のウナギさんの試合から、「もっと強くなりたい」というモチベーションも個人的には感じるのですが、いかがですか?

ウナギ:強さというものに関しては、今、一番必要なものだとは自分でも思っていて。勝たないと意味がないというのは常にあるんですけど、今ベルトを巻いていて、だからこそ名を残している選手って、ひとりもいないと思うんですよ。私が本当にチャンピオンとしての権威があって、カッコいいなと思うのは、今はノアのヘビー級しかないと思っています。

――今、KENTA選手が巻いていますね。

ウナギ:「すげーカッコいいベルトの持ち方してんな」って思うのは、ノアのあのベルトだけですね。ほかは「ベルトってこんなもんか?」っていう印象が強い。いっそベルトを1個にしたほうががいいんじゃないかと私は思っています。タイトルマッチだからってお客さんを呼べる選手もいないし、何のためにベルトを持っているのか本当に見えない。私も三冠の時があったりしたけど、その時に「何かできてたっけ?」と思うと、別に何もできていなかった。

――フューチャー・オブ・スターダム王座のベルトを巻いていた時は、"査定マッチ"を定着させて、ベルトの意味がすごくあったように思います。

ウナギ:確かに。「ベルトに価値をつける」とか、安易な言い方であんまり好きじゃないんですけど、アーティスト(・オブ・スターダム王座)とかフューチャーのベルトは、ベルトを持っていた意味があったかな。自分にしかできないことをもっと考えていきたいですよね。

 そういう意味では、今、一番プロレスラーとしての仕事をしているのは、上谷とOZAWA(ノア所属)だと思います。一番大事なことって、やっぱりプロレスというものを世に広めていくこと。それを限りなく実行しているのは、あのふたりですよね。

――ウナギさんもプロレスを広めることにかなり貢献しています。

ウナギ:もちろん練習はしているんですけど、でもやっぱり自分に一番できることは、この世にプロレスというものを認知してもらうことだと思っているので。企業スポンサーがいないからこそ、YouTubeは圧倒的コンテンツにしなきゃいけないとはすごく思っていて、最近は本当にYouTubeを頑張っています。

――両国で1600万円の赤字を出したことを告白する動画とか、すごかったですね。あれは......大丈夫だったんですか?

ウナギ:大丈夫じゃないですよ!

(後編:両国で1600万円の赤字も「今の私なら取り返せる」 東京ドームシティでの自主興行は「アトラクションを巻き込みたい」>>)

■撮影協力 : 東京ドームシティ アトラクションズ

【プロフィール】

■ウナギ・サヤカ

1986年9月2日、大阪府生まれ。2019年1月4日、東京女子プロレス後楽園ホール大会にて「うなぎひまわり」としてデビュー。2020年11月、スターダムに初参戦。コズミック・エンジェルズを結成し、12月、アーティスト・オブ・スターダム王座を戴冠。2021年7月、フューチャー・オブ・スターダム王座を戴冠。2022年10月よりフリーになり、"ギャン期"と称して他団体に参戦。2023年10月、KITSUNE世界王座の初代王者、2024年1月6日、JTO GIRLS王者、1月7日、アイアンマンヘビーメタル級王者となり、三冠王となる。2024年1月、9月、後楽園ホールにて2度の自主興行を開催。2025年4月26日、両国国技館での自主興行を成功させた。168cm、54kg。X:@unapi0902

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