17歳の久保凜、陸上日本選手権女子800m2連覇までの成長の...の画像はこちら >>

17歳の久保凜(東大阪大敬愛高3年)が国立競技場で行なわれた第109回日本陸上選手権女子800mで自身の持つ日本記録を更新して2連覇を達成した。目標としていた9月の世界陸上選手権参加標準記録にはわずかに及ばなかったが、着実に成長の証を残した。

昨年、日本選手権優勝と日本記録更新で一気に日本のトップステージに躍り出たことで大きな注目を浴びるなか、自分自身と戦い続けてきた。その過程を久保本人の言葉を中心に振り返る。

【この1年の成長の証となった日本新記録】

 日本選手権2日目の7月5日。女子800m決勝で自身が持つ日本記録を0秒41更新する1分59秒52で大会2連覇を果たした久保凜だが、ゴール直後は悔しそうな表情を見せた。

「2周目も足が動いて自分の納得のいく走りはできたけど、そのなかでも(東京世界陸上の)参加標準記録(1分59秒00)まであとちょっと(0秒52)というところで悔しい部分があった。もう一歩で届いたかもしれないのに」と、無念の思いは強かった。

「去年はパリ五輪を狙ってはいたけど、まだ(パリ五輪の)参加標準記録の1分59秒30に対しては『大きな壁』という意識もあった。でも今年はもう明確に(世界陸上の参加標準記録が目標に)なってきていて、まだ2分を切れたのは(今年は)1回しかないけど自分的にも力は上がってきているという感触はある」と予選後にこう話していた久保。練習内容自体は昨年とほぼ変わらないが、アベレージは上げてこられたという手応えを持っている。予選は最初の400mを60秒で通過し、全体1位の2分02秒56で決勝に進んでいたが、前半の走りはこれまで以上にリラックスした余裕を感じさせる走りで、仕上がりのよさを見せていた。

 決勝の1周目はすぐ後ろに塩見綾乃(岩谷産業)がついてくる展開になったが、リラックスした走りは予選と変らず。400m通過は昨年7月に初めて1分台を出した時の58秒より少し遅い59秒の通過となったが、そこからの走りは以前よりキレを増したような印象だった。

「今日は2周目の感覚もすごく足が軽くて、そこはリラックスして走れた。

ラストの200mでまだ余裕があって、もう一段階ギアを上げることができた」と久保が言うように、ラスト100mも勢いを落とすことなく1分台でカバーして自身2度目の2分切りと自信に変わる日本記録更新を実現した。

 久保は2周目の走力アップの要因について、「冬の間の長い距離への挑戦で持久力もついたと思うけど、今シーズンになってからもしっかり練習することができたのがよかったところかなと思います」と振り返る。世界のトップと戦うためには2周目の爆発力は必要不可欠。その力をつけるための取り組みと手応えへの信頼感があったからこそ、2周目も焦りを生むことなくリズムを維持して走り、日本記録につながる走りを生み出したといえる。

 この日は2連覇を期待される重圧とともに、自分のなかの「世界陸上の参加標準記録を突破しなくてはいけない」という思いも加わり、緊張感のあるなかでのレースだった。だがスタートしてからは「何も考えずにこの国立競技場の舞台を楽しもうという気持ちで走ることができ、2周目も自分のリズムでリラックスして最後まで力まず走れたのがよかったと思う」という走りができた。

【世界陸上出場の可能性は高いが目標はあくまで参加標準記録突破】

17歳の久保凜、陸上日本選手権女子800m2連覇までの成長の軌跡はそのまま9月の東京世界陸上に
力強いストライドで世界を目指す久保凛 photo by Nakamura Hiroyuki
 そう話す久保も、昨年から一気に注目を浴びるランナーとなるなか、「やっぱり去年がすごく活躍できたシーズンだったので、そこから今年に入る時はちょっと不安というか、『今シーズンもいけるのかな』という気持ちはあった」と話す。それでも4月の金栗記念は2分02秒58で走って2連覇を果たすと、400mで54秒68の自己新を出してから臨んだ5月3日の静岡国際ではオーストラリア勢を相手に、セカンドベストとなる2分00秒28で優勝と勢いに乗った。

 だが、その8日後の木南記念は、悔しい結果となった。ペースメーカーがついた1周目は先頭で通過しながらも、2周目でテス・キルソップ・コール(オーストラリア)に交わされ、0秒63差の2分02秒29で2位に終わった。

「1周目は58秒でいくというのでうまく前で引っ張ってもらってリラックスして走ったけど、2周目に入ったぐらいから足の感覚が静岡国際の時とは違ってすごく重く感じて、レースをうまく作ることができなかった。静岡の時もあの選手(キルソップ・コール)もすごく調子がよくて(久保に次ぐ2位)、『木南でも注意しなければ』と思っていたけど、2周目は全然余裕がなかったので『抜かれるだろうな』と思いながら走っていました。

あの状態からすると抜かれて当然かなと思います」

 こう話した久保は続けて、「静岡で調子が上がっていたので、今日は絶対に(世界陸上の)参加標準記録を切ると思って臨んだし、地元・大阪の大会で応援もたくさん来てくれているからそれに応えたいと思っていた。今日は母の日(5月11日)だったので優勝の花束を持って帰りたいなって思ったけど、そこもうまくいかなくて悔しかった」と涙を流した。

 だが帰宅後、久保は母親から「頑張ったからいいんじゃないの」と言われたことで、「絶対に記録を出さなくてはいけない」という気持ちになりすぎて、走ることを楽しめていなかったことに気がついたという。それもあって5月末のアジア選手権(韓国)では、楽しんで走ろうと臨み、サードベストの2分00秒42で2位という結果を残した。

 そうした流れのなかで果たした日本選手権2連覇と日本記録更新。「気持ちがいっぱいいっぱいになってしまうといい走りができないことが最近わかってきているので、もう何も考えずにいこうと思っています」と久保は笑顔で言う。

 世界陸上に向けては「中学から陸上を始めて、世界の舞台というのはめちゃ遠い存在だなと感じていました。でも今回もう一度1分59秒台を出すことができて、『目の前にまで来ているな』という気持ちになったので、もっとレベルを上げて世界に通用する選手になりたいと思っています」と話す。

 久保は現時点では、世界陸連制定の世界ランキング出場枠56(女子800m)のなかで、今回の日本選手権の結果がカウントされていない段階で42位につけている。そのうえ、日本陸連が設定している開催国枠出場エントリー設定記録(*)の2分00秒99も突破済みのため、世界陸上出場の可能性は高い。だが、それでも参加標準記録突破への意識は高い。それを突破してやっと、世界で戦う位置にいけると考えているからだ。

*世界陸上では参加標準記録と世界ランキングの出場枠内に開催国である日本の選手がいない場合に、1名エントリーすることが可能。ただしあまりに低い記録にならないように日本陸連が独自に開催国枠エントリーの設定タイムを設けている

「やっぱり世界陸上が東京で開催されるということでワクワク感しかないので、絶対に標準記録を切って出場するという気持ちを持って臨み、出場できた時は入賞を目標に一本でも多く走れるように頑張りたいと思います。今回はやっと1年ぶりぐらいに納得のいくレースをすることができたので、このまま調子を崩さずに、ずっと『800mは久保凜だ』と思ってもらえるような自分らしい走りをできるようにしたいなと思います」

 わずかな悔しさは残ったが、この大会で一歩前進することができた久保。記録に挑戦する姿は、7月下旬、高校最後の広島インターハイでも見られるだろう。

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