トッテナムに2003年の戸田和幸以来となる日本人選手が生まれた。日本代表の守備的MFだった戸田はレンタルでの在籍が1年未満に終わったが、途中の監督交代は不運だったと言える。

対照的に、7月8日に川崎フロンターレからの移籍が発表された高井幸大は、トーマス・フランク新体制発足後の加入が「吉」と出そうだ。

 高井は、カバーリングで生きるスピードや、後ろから組み立てる技術や勇気といった、アンジェ・ポステコグルー前監督にも好まれたであろう長所を備えてはいる。前体制下では、プレミアでも随一のハイラインが定番だった。

 常にラインを高く押し上げて戦う勇猛果敢なスタイル自体を、「やりがいがあって面白い」と表現したのは、ユルゲン・クロップ体制時代のリバプール移籍1年目にチーム後方の要人となった遠藤航。だがそれは、ベテランの域に達している日本代表ボランチだからこそ楽しめたとも考えられる。敵がカウンターに転じると、自軍ゴール前に広がるスペースで、CBで守備の要のフィルジル・ファン・ダイクとともに、個の力による対処を迫られる場面が少なくなかった。

 そのファン・ダイクに憧れて育ったという高井は、まだ代表デビュー1年目の20歳だ。J1からいきなりプレミアリーグの水に飛び込む若きCBにとって、退場者を出した試合でもラインが下がらなかったチームのピッチ上は、リスクの高い環境となっただろう。ただでさえ、些細なミスがチームに致命傷を与えかねない舞台がプレミアでもある。

高井幸大のトッテナム移籍が「吉」の理由 新監督はコミュニケー...の画像はこちら >>
 一方、前月に就任が決まったフランクは、戦術的な柔軟性において、現在のプレミア監督陣の中でも随一ときている。その采配は、2018年当時に自ら口にした言葉を地で行っている。前任地のブレントフォードで、助監督から指揮官へと内部で昇格した際、ディエゴ・シメオネ(アトレティコ・マドリード監督)のチームに見られる「守備組織」、ペップ・グアルディオラ(マンチェスター・シティ監督)が徹底する「ビルドアップ態勢」、クロップのトレードマーク(当時リバプール監督)だった「カウンタープレス」を、「合わせて取り込むことができたら」と言っていたのだった。

【守備の改善で上位争い復帰を】

 2020-21シーズンまでのチャンピオンシップ(2部)時代、フランク率いるブレントフォードは、ポゼッション重視の攻撃的なチームという印象を与えた。

 記憶に残っている試合のひとつに、5年前の6月、パンデミックによるリーグ中断明けの初戦となった、ホームでのウェストブロミッジ戦がある。しぶとい戦い方をするスティーブ・ブルース(現ブラックプール監督)のチームを相手に、後方ビルドアップから能動的な守備からのカウンターまで、最終スコア(1-0)やボール支配率(51%)が示す以上の完勝だった。試合後、無観客のスタンドで歓声を上げるクラブ職員たちに投げキッスで応えたフランクは、「勇気を持って攻め続ける」と言っていた試合前会見の発言どおりの戦い方で、上位対決に勝つべくして勝った。

 だがプレミア昇格後は、格上との対戦が多い現実を直視し、効果的な戦い方で結果を出すようになっている。ポゼッションに長けたチームとの対戦では、基本として好む4バックから、5バック気味の3バックにシステムを変更。守備の安定性を土台として、資金力レベル、即ち戦力レベルで自軍をはるかに上回る強豪にも勝負を挑んできた。

 昇格4年目で、プレミア定着の足掛かりが出来上がった感のある2024-25シーズンには、再び攻撃色を強める様子が見られた。3トップが定番だった前線にはトップ下を採用。過去2年間はケガに泣いたが、チャンスメイカーとしてもプレッサーとしても有能なMFミッケル・ダムズゴーアを最大限に活かそうとしていた。とはいえ、最終節までクラブ史上初の欧州参戦への望みをつなぎながらの10位フィニッシュは、必要とあればローブロックも厭わず、大崩れのない守備のあり方による部分が大きい。

 トッテナムでも、まずは守備力を向上させる手腕が求められる。前任のポステコグルーは、ヨーロッパリーグ優勝による17年ぶりのタイトル獲得を実現しながら、降格圏寸前の17位というプレミアでの順位が不十分とみなされた。

後任として課されるトップ4争い常連復帰は、20チーム中8番手の64得点を帳消しにした65失点の背景にある守備の改善なくしてはあり得ない。

【プレミア屈指のCBコンビ】

 だからといって、新戦力の高井がすぐに頼られるわけではないだろう。推定約10億円のJリーグ史上最高額で獲得された「大器」だが、トッテナムの最終ラインは右からペドロ・ポロ、クリスティアン・ロメロ、ミッキー・ファン・デ・フェン、デスティニー・ウドジェと並ぶ。ケガがなければ間違いなくプレミア級。それでいてまだ平均年齢は24.5歳という4バックだ。

 特に中央のふたりは、プレミアでも随一のCBコンビと呼べる。空中戦を含む対人の強さが際立つロメロと、対スペースで威力を発揮するスピードを持つファン・デ・フェンは、互いを補いながら「1+1」の答えを「2」以上にできる名コンビでもある。

 27歳のロメロはアトレティコ・マドリード入りが噂されるが、流出の場合には、代わりに119億円近い高額の移籍金が入る見込みだ。加えて、今夏のトッテナムには、ロンドンのビッグクラブという従来のメリットだけではなく、チャンピオンズリーグ(CL)出場権というセールスポイントもある。いざとなれば、穴埋めに相応しい即戦力を獲得することはできるに違いない。

 前述のとおり、単に守備的な監督というわけではないフランクのもとでは、CBに攻撃面での働きも求められる。高井は自らボールを持って上がる姿が当たり前だが、反面、後方でプレッシャーを受けながらのフィードや、中長距離のパスには磨きをかける必要があると思われる。

その点、ロメロとファン・デ・フェンの両レギュラーは、長短のパス能力でも知られている。

 ただし、練習からトップクラスのCBを手本に学びながら、国内カップ戦などでイングランドでの実戦経験を積むことは可能なはずだ。CLもある今季は、年間60試合未満が通例だった前ブレントフォード監督にとって、言わば未知の世界でもある。高井という成長期の見習い役は、持ち駒を拡充したい新監督自身も大歓迎に違いない。

 もちろん、与えられた出場機会にミスを犯してしまうことはあり得るだろう。しかし、いきなり自信を落としかねないつまずきがあったとしても、移籍先の監督が人材を管理する手腕でも知られる事実は心強い。スポーツ心理学の心得もあるフランクは、コミュニケーションを大切にし、古巣で"マン・マネージャー"としても評価を高めてきた。

 ブレントフォードには、リーグ戦全試合にフル出場を果たしたネイサン・コリンズという守備のキーマンがいた。24歳のCBは、移籍1年目だった2023-24シーズン途中に足首を痛め、調子と自信を落とした時期があった。だが指揮官は、ケガによる戦線離脱が若い新顔の精神面に与える影響も認識済み。復帰直後には、ミスがあっても対話を持ちながら見守り、シーズン終盤には攻守両面で翌シーズンにつながる安定性を取り戻させている。

 フランクという新監督は、トッテナムのようなビッグクラブでは未知数と見られる人物なのかもしれない。

しかし、非ビッグクラブのブレントフォードにあって、昇格後4シーズンの平均順位は12位で、2度のトップ10フィニッシュを果たしているのだから、立派な「プレミア監督」のひとりではある。

 残留争いに巻き込まれたのは、23-24シーズンのみ。当時の主砲イバン・トニー(現アル・アハリ)が、イングランドFA(協会)から8カ月に及ぶ出場停止処分を受けていたシーズンだった。

 では、そのトニーが昨夏にサウジアラビアへと去ったあとは?

 適応能力の高い指揮官は、10位でシーズンを終える過程で、トップ6内のチェルシーとアストンビラをしのぐ、「66」を記録する得点力をブレントフォードから引き出した。4-3-3よりも4-2-3-1システムの採用が増えたリーグ戦で、1トップを任されたヨアン・ウィサと、右ウイングのブライアン・ムベウモが、合わせて39ゴール11アシストと大活躍した。

 後方の安定化を手始めに、強豪としてのステータス奪回に臨むトッテナムにとって、年齢的にも脂が乗り始める51歳のデンマーク人監督は適任だと思える。そしてそれは高井という日本人DFの逸材にとっても。

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