フリーアナウンサー・豊原謙二郎 インタビュー(前編)

 今年3月末でNHKを退局した豊原謙二郎さん(52歳)。アナウンサーとして2015年と2019年のラグビーW杯での名実況をはじめ、「2020年東京五輪」の開会式やスポーツニュース番組『サンデースポーツ』を担当するなど、まさにNHKの"スポーツの顔"として活躍してきた。

そんな華々しいキャリアを築いてきた豊原さんは、なぜ独立を決断したのだろうか。その真意を聞いた。

実況アナウンサーから発信者へ 豊原謙二郎がNHK退局を決意し...の画像はこちら >>

【NHKを退局した理由】

── いきなりですが、なぜNHKをやめて独立の道を選ばれたのでしょうか。

豊原 いろんな要素がからみ合ってやめようと決めました。まずは、50歳を超えてきて後進に道を譲るフェーズに入ってきたこと。実況アナウンサーとして憧れだったラグビーワールドカップや夏季・冬季のオリンピック、プロ野球の日本シリーズ、それから老舗のスポーツ番組である『サンデースポーツ』も担当させてもらって、これ以上求めるのはちょっと欲張りかなと思うようになりました。

 NHKに残れば今後はマネジメント方向の仕事が増えていく段階でしたが、私はスポーツの現場に出たいという理由でアナウンサーになりましたし、今もまだまだ現場に関わっていたい。でも、大きな組織のなかでどうしても現場にいたいと言い続けるのは単にわがままですし、組織内の新陳代謝を止めてしまうことになってしまうので。

── なるほど。現場主義を貫きたいと。

豊原 もうひとつ決定的だったのが、開会式の実況も担当したコロナ禍の東京五輪。当時とても複雑な思いでした。開催はされたものの、社会では「スポーツは不要不急だ」「今やらなくてもいい」と言われ、内心、すごくショックで......。

 もちろん人命最優先という点に異論はありませんが、オリンピックでの一瞬に数十年と人生を捧げてきたアスリートたちがいますし、その4年前もそれ以前も「感動をありがとう」「生きる勇気をもらった」と言ってオリンピックを見て涙を流した人たちがたくさんいました。それなのに簡単に中止だと言うのは、正直、手のひら返しのように感じざるを得ませんでした。

 私は若手時代から、同僚たちが世界の紛争や社会問題を伝えるなか、スポーツ実況の大義名分は何か、スポーツの価値は何かと自分なりに考えて発信してきたつもりでした。でも、東京五輪の時、日本の大勢としてスポーツは文化として定着していないと思い知らされました。スポーツの力というのが、社会にふわっとしか伝わっていないんだと。そういう自分の課題感に向き合いながら、小さいところからでも活動できたらいいなと思って独立を決めました。

── 豊原さんが伝えていきたい社会におけるスポーツの価値とは、どんなところにあるのでしょう。

豊原 ひとつに、人材育成の点で、スポーツによって多様な能力が養われると考えています。私自身、(学生時代に)ラグビーをやったり、実況で伝えたりするなかで、ずっとスポーツの醍醐味だと思っているのが状況判断。たとえば、野球では監督のサインがあるとしても、実際には自分の頭で考えて自分の責任で打ったり走ったり行動しますよね。どのスポーツも状況判断の連続で、つねにそれを学べる場だと思います。

 それと自分の未来をデザインする力。

高校に進学して野球部に入ったら、3年生の夏にどうなりたいかと長い目で目標を掲げながら、実現に向けてトライ・アンド・エラーを繰り返していく。仮説を立ててチャレンジする能力を鍛えることができる。そして、自分を律する力もつくと思います。競技で成長したり結果を残すために私生活も含めて律しながら過ごす。私はこの3つの能力を「3D」(Decision・Design・Discipline)と呼んでいます。

 もちろんスポーツをやったり、見たりする時にそんな小難しいことは考えないと思いますし、"お勉強"っぽく偉そうなことを言うつもりもなく、楽しく面白く伝えていきたいと思っています。それでも、「スポーツってなんかいいよね」ではなく、価値や面白さをできるだけ言語化して、スポーツがもたらす恩恵を具体的に示したい。私もラグビーの経験が仕事の向き合い方につながった実感がありますし、スポーツは仕事やビジネスの世界に通じることも発信したいです。

【フリーアナウンサーとしての今後】

── 具体的にはどのような活動をする予定ですか。

豊原 退局後は、フリーアナウンサーとしてスポーツ実況をしながら、自分の会社を設立してコンテンツ発信の準備を進めているところです。今年7月にはYouTubeチャンネルを立ち上げて、まず1本目はラグビー元日本代表の五郎丸歩さんのインタビュー動画を配信します。2015年ワールドカップのフィールドで戦っていた五郎丸さんと、その試合の実況席にいた私が、ふたりで南アフリカから大金星を挙げたあの一戦を振り返るという内容です。

 今後も、これまでにご縁ができたいろいろな競技のトップアスリートの方にも頼らせていただきながら、コンテンツをつくっていきます。

動画のほかに記事やポッドキャスト、イベントも含めてスポーツファンや一般の方を巻き込みながら展開できたらいいなと考えています。

 スポーツファンに楽しんでいただきつつも、見てくれる人にとってプラスになるような、ヒントを得られるような番組づくりを意識していて、「ちょっといい話が聞けたな」という読後感をもってもらえたらうれしいですね。

── 長年のキャリアが生かされていると思いますが、個人での活動の苦労とは。

豊原 今は自社のスタッフもいませんので、インタビューの構成はもちろん、撮影クルーの手配からタイムスケジュールも作成して......と全部ひとりでやって、なんだかNHKの初任地(佐賀)時代を思い出しました。意外とやれるなとは感じた一方で、体力は確実に落ちているので疲弊しちゃいましたが(笑)。

 NHKのアナウンサーは企画や構成も含めてすべてできないとなかなか評価されないので、その経験は生きていると思います。とくに『サンデースポーツ』の時は、ある程度キャリアを積んでいたので、自分が面白いと思ったものをいろいろ積極的に取材していました。

── 課題は?

豊原 自分を前へ出していくというところかもしれません。NHKのスポーツ実況では、テレビはとくに解説者の方にたくさん質問をしてしゃべってもらうのが、見出した自分のスタイルだったんです。自分が消えていくスタイルというか。でもいま個人の身でそれをやると本当に消えちゃうので(笑)。豊原のYouTubeだから来てくれるというふうにしていかないといけないですね。

【NHK退局を決断した時の家族の反応は?】

── テレビを含め他メディアと自身のコンテンツはどう差別化の戦略はありますか。

豊原 五郎丸さんのインタビューも1時間くらいノーカンペで行ないました。自分がその時間のなかでどう聞ききるか、というのはひとつのコンセプトです。細かい編集は加えずに尺も長めに設定して、対話しているという感じを大事にしたいです。

 たとえば、『サンデースポーツ』でのインタビューは長くても7~8分。総合テレビだと、『クローズアップ現代』で大谷翔平選手の特集でも15分くらいです。それはもちろん中身が凝縮されたよさもありますが、やっぱり面白い話がお蔵入りしてしまうケースもある。そのあたりはYouTubeのよさを存分に生かしていきたいですね。

── 今春退局する前から、何か準備はしていましたか。家族はどんな反応でしたか。

豊原 具体的な準備は全然してなかったです。でも、数年前から心のなかで辞めようかどうしようかと考えていました。

家でもかみさんにぶつぶつと言っていたので、だんだんと本気だなと思われたのか、いざ辞める時には反対されませんでした。「お金を稼ぐ計算はあるんでしょうね?」とは言われましたが(笑)。

── あらためて今後の目標を教えてください。

豊原 生臭い目標ですけど、まずは会社をしっかり成長させて黒字化したいです。そのうえで、自分たちだけで社会を変えるのは難しいですが、スポーツの価値を浸透させていくムーブメントのひとつになれたらいいなと。コロナのようなパンデミックは二度と起きてほしくないですが、また社会が難しい状況になった時に「今こそスポーツだ」という声がたくさん上がる世の中になったらいいなと思います。

後編につづく>>


豊原 謙二郎(とよはら・けんじろう)
「INFINITY MOMENT」ファウンダー・CEO、元NHKアナウンサー/1973年生まれ、神奈川県藤沢市出身。1987年の「雪の早明戦」を見てラグビーに憧れ、湘南高校時代はラグビー部主将を務めた。早稲田大学卒業後の1996年にNHK入局。スポーツ実況でキャリアを積み、2015年と2019年ラグビーW杯の実況を担当。2019年、日本が勝利したアイルランド戦の「奇跡とは言わせない!」など記憶に残る言葉を残した。2021年の東京五輪では開会式実況を担当し、2020~2024年には『サンデースポーツ』キャスターを務めた。

2025年3月にNHKを退局し、現在は起業した会社の代表やフリーアナウンサーなどとして活動している。

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