蘇る名馬の真髄
連載第8回:ダイワスカーレット

かつて日本の競馬界を席巻した競走馬をモチーフとした育成シミュレーションゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』(Cygames)。2021年のリリースと前後して、アニメ化や漫画連載もされるなど爆発的な人気を誇っている。

ここでは、そんな『ウマ娘』によって再び脚光を浴びている、往年の名馬たちをピックアップ。その活躍ぶりをあらためて紹介していきたい。第8回は同世代のライバル、ウオッカと「牝馬最強時代」を築いたダイワスカーレットだ。

『ウマ娘』でも描かれるウオッカとのライバル関係 ダイワスカー...の画像はこちら >>
 対外的にはおとなしいふりをしているが、実は強気で、誰よりも負けず嫌い。一番になるために努力をし続ける。それが、『ウマ娘』ダイワスカーレットの性格である。

 彼女を語るうえで欠かせないのは、ウオッカとのライバル関係だ。同期デビューで、寮も同室という宿命の相手。そんなウオッカに対し、たえず対抗心を燃やす様子が作品内で描かれている。

 モデルとなった競走馬・ダイワスカーレットも、あらゆるレースで常に勝ち負けを演じるなど、負けん気の強いレースぶりを見せ続けた。生涯で12戦して8勝、2着4回。3着以下に負けたことがなく、抜群の安定感を誇った。

 無論、競走馬・ダイワスカーレットの物語においても、重要な存在となるのは同世代のライバル、ウオッカだ。そして、その2頭の戦いのなかでも、本当の意味でのライバル関係が始まる一戦として、見過ごすわけにはいかないレースがある。

 2007年4月のGⅠ桜花賞(阪神・芝1600m)だ。

 ただ、その桜花賞のことを触れるには、そこからさらに1カ月前まで遡る必要がある。2007年3月、3歳のダイワスカーレットはデビュー3戦2勝の成績で、桜花賞の前哨戦となるGIIIチューリップ賞(阪神・芝1600m)に出走。距離・コースとも本番と同じ舞台で行なわれるレースだ。

 その一戦で、ダイワスカーレットはスタート直後に先手を奪って、軽快にレースを進めた。いい形で直線を迎え、後続を引き離しにかかるが、最後は外から脚を伸ばしてきた馬とのマッチレースに屈した。敗れた相手は、ウオッカ。これが、2頭の初対決だった。

 ウオッカは前年の2歳GIを制覇。なおかつ、チューリップ賞では余裕綽々でダイワスカーレットをねじ伏せた。

よって、当初の2頭の力関係においては「ウオッカのほうが上」と見る向きが大半だった。

 しかし、世間の反応と、ダイワスカーレット陣営の思いは違った。陣営は「十分に(本番での)逆転可能」だと考えていた。とりわけ、同馬とコンビを組む安藤勝己騎手は、誰よりもその思いが強かった。

 迎えた桜花賞。単勝1.4倍とウオッカが圧倒的な支持を得て、続く2番人気(単勝5.2倍)は武豊騎手騎乗のアストンマーチャンだった。ダイワスカーレットは、単勝5.9倍の3番人気にとどまった。

 レースは、アストンマーチャンが2番手、ダイワスカーレットが3番手、ウオッカは6、7番手を進んだ。直線に入ると、すかさずダイワスカーレットが先頭に躍り出る。その直後にウオッカが続き、内を突いたアストンマーチャンは伸びない。完全に"チューリップ賞の再戦"となった。

 多くの人は前走同様、ここからウオッカが難なくかわすと思ったに違いない。

だが、この日のダイワスカーレットは違った。ウオッカが並びかける前に安藤騎手のムチが飛んで、しなやかなフットワークで突き放す。ウオッカが追いすがっても、ダイワスカーレットはそこからまた加速。最後までライバルの追撃を許さず、1馬身半差をつけてゴール板を通過。前哨戦からのリベンジを見事に果たして、戴冠を遂げた。

 本番での逆転劇は、なぜ起こったのか。カギは、スパートのタイミングにあった。チューリップ賞の直線では、ダイワスカーレットはウオッカが並びかけてくるまで追い出しを待ち、一緒にスパートをかけた。いわば直線途中まで末脚を温存し、残り短い距離での瞬発力勝負に出た。だが、その勝負にダイワスカーレットは敗れた。

 この結果を受けて、桜花賞ではウオッカが並びかけてくるのを待たず、いち早くスパートをかけた。つまり、より長い距離で競り合う持久力勝負に出たのだ。

「前走のような瞬発力勝負ではウオッカに勝てない」「しかし長いスパートなら分があるかもしれない」――そう考えた安藤騎手の作戦だった。

 こうしてウオッカと並ぶ「女傑」といった評価を得たダイワスカーレット。この2頭はその後も対戦を繰り返した。なかでも、最後の直接対決となったGⅠ天皇賞・秋(東京・芝2000m)での激闘(ハナ差でウオッカが勝利)は、2頭のライバル関係のハイライトとなる一戦となった。

 実際のところ、どちらが強かったのか。ここで、それを語るのは野暮だろう。

 間違いなく言えるのは、同じ年にたぐい稀な名牝が2頭生まれ、競馬界の歴史に新たなページを刻んだことだ。そんな2頭の直接対決を見られたのは、幸せとしか言いようがない。

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