西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第61回 逆足ウイング(モハメド・サラー&ラミン・ヤマル&マイケル・オリーセ)

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 今回は、新シーズンに向けて、モハメド・サラー、ラミン・ヤマル、マイケル・オリーセなどの「逆足ウイング」のプレーに注目します。ゴールにアシストに高い得点関与率を記録できる秘密はどこにあるのでしょう?

サラー、ヤマル、オリーセ...ヨーロッパサッカーは今季も「逆...の画像はこちら >>

【逆足ウイングの優位性】

 昨季プレミアリーグで29ゴール18アシストの圧倒的な数字を残したモハメド・サラー(リバプール)。4度目の得点王だけでなく、188分に1アシストという得点関与率の高さは驚異的だった。

 アシストではマイケル・オリーセ(バイエルン)が15本を記録。156分間に1アシストとサラーを上回るアシスト率だった。12ゴールを決めていてアシストと合わせるとバイエルンの得点の3割に関与していた。

 ラミン・ヤマル(バルセロナ)は9ゴール13アシスト。こちらも大活躍だった。

 3人の共通点は右ウイングのポジション、そして左利きであること。いわゆる逆足ウイングだが、現在はむしろサイドと利き足が反対になっているウイングのほうが多数派だろう。

 逆足ウイングはカットインからのシュートがやりやすく、それが逆足を起用する大きな理由だった。「だった」と過去形なのは、アシスト面での貢献度も大きくなっているからだ。サラー、オリーセ、ヤマルのアシスト数に表れているとおりである。

 かつて右利きは右ウイング、左利きは左サイドが普通だった。伝説的なウイングであるスタンレー・マシューズやガリンシャに代表される、縦突破からのクロスボールが典型的な得点パターンだったからだ。縦に突破されるとディフェンスラインは後退、ディフェンスを動かすことで中央でのマークのずれを作りやすい。これは現在でも同じだ。

 ただ、現在は守備側がゾーンディフェンスでライン形成をしている。このラインを作って揃える守り方ゆえに、逆足ウイングのアシストが増加しているのではないかと考えられる。

 ウイングと対峙するDFの斜め後方に別のDFがカバーリングポジションをとり、残りのDFはカバーリングのDFと同じ高さで一直線のライン形成をするのが一般的だ。この守り方はウイングの縦へのドリブルに対してはカバーしやすいが、カバーリングDFのポジションが後方なのでカットインへの対応には向いていない。カットインされた時にディフェンスラインが揃っているのも難点で、ディフェンスラインとGKの間のスペースを使われやすい。

 逆足ウイングはカットインからのシュートだけでなく、ラインの裏をつくラストパスで貢献しやすくなっているわけだ。

【対面のDFと勝負しないサラー、ヤマルのアウトサイド】

 抜群のボールコントロールとスピード、正確無比のキックを持つサラーはリバプールの得点製造マシーンだ。

 ところが、サラーが対面のDFをドリブルで突破しての得点、アシストは意外に少ない。あれだけの実力者なので、1対1で抜いて得点とアシストを量産しているように思うのだが、実はほとんど対峙しているDFとは勝負していない。

 サラーはDFと向き合ったまま左足を振って得点とアシストを生み出しているのだ。

 そもそも対面しているDFを見ていない。全く見ないわけではないが、それよりもゴール前の敵味方の動きを非常によく見ている。そして、ここという瞬間に一歩あるいは半歩ずらして、対面しているDFの横にボールを通す。抜かないままシュートまたはラストパスという形がほとんどである。

 右利きの右ウイングにはまずできないプレーだ。逆足だから右サイドから左足でゴール方向へのパス、シュートを通すことができる。対面のDFをフリーズさせる威力があるサラーだからこそではあるが、逆足の利点でもあるわけだ。

 ヤマルは1対1からのカットインだけでなく縦突破も威力がある。ただ、こちらもサラーと同じくDFを抜かないままラストパスを送る名手だ。

 縦方向へゆっくりドリブルしながら、突然左足でファーポストへロブを上げるのは得意技。やはり対面のDFより中の状況を見ている。

ふわりと浮かすロブは絶品でコントロールはピンポイントだ。

 ヤマルの特徴として、左足のアウトサイドでカーブをかけるパスもある。ディフェンスラインとGKの間のスペースへアウトスイングの軌道でボールを落とすので、GKのほうへボールが流れない。左足のアウトでタッチして運びながら蹴るからタイミングがわかりにくく、守備側の反応は一瞬遅れがちだ。軸足(右足)の近くにあるボールを、左足のアウトで体重の乗ったキックによって蹴りだせる。

 カットインしながらラストパスのコースを見つける能力も高い。これはサラーやオリーセも同様で、逆足ウイングの武器であるカットインはシュートだけでなくパスにも変化できるのが守備側には厄介なところだ。

【オリーセのプルバック】

 オリーセは184センチの長身でリーチもある。カットインからのシュート、パスが得意なのはサラー、ヤマルと共通しているが、縦突破からの右足でのアシストも多い。

 サラーやヤマルほどのスピード感はないが、逆をとってスッと縦へ持ち出すのが上手。足が長いので、ボールが遠くても急角度で折り返すことができる。

 縦突破からの戻り気味のパスほど、守備側に対処が難しいものもないだろう。

縦に突破されているのでゴール方向へ戻るしかなく、そこで動いている方向とは逆にボールを蹴られてしまえば、まずどうしようもない。味方のMFが戻ってきてくれることに望みをかけるだけだ。

 サラー、ヤマルと比べるとドリブルの威力はやや劣るかもしれないが、オリーセはウイングよりもトップ下が本職なのだ。バイエルンでは右ウイングとして抜群の働きだったわけだが、新シーズンはジャマル・ムシアラが負傷により長期離脱となりそうなので、本来の中央での起用になるだろう。

 得点とアシストの両面で活躍する逆足ウイングは、現代サッカーの花形ポジションになっている。ただ、守備側もダブルチームで対処するようになった。対峙するDFの後方ではなく手前をカバーするケースも多い。また、カットインに備えてディフェンスラインをわざと揃えないようにするチームも出てきた。カットインからのシュートだけでなく、ラインの裏へ流し込むラストパスに備えるためにラインを不揃いにしている。

 守備側の対処法も進化しているので、逆足ウイングもさらにその弱点を突くようなプレーをするようになるだろう。逆足ウイングをめぐる攻防はさらに面白くなるのではないか。

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