アジアカップで見えたホーバスジャパンの穴(前編)
2025年7月、アメリカ・ネバダ州の都市ラスベガス。この場所で行なわれたNBAサマーリーグに、河村勇輝はシカゴ・ブルズの一員として参戦した。
実戦から離れていたこともあってか、最初は苦戦の様子もあった。しかし、試合を経るごとに本領を発揮。とりわけ得意のアシストパスで、会場を彼の空気に変えていった。
この傑出した力量を持つ男がいたならば、はたしてどうだったか──。サウジアラビアで開催されているFIBAアジアカップと、そこへ向けた強化試合での男子日本代表チームを見ていて、そう感じるのはごく自然な思考である。
グループステージでの3試合を終えた日本は、いずれの試合においても「らしさ」を十全に発揮できたとはいいがたかった。初戦のシリア戦は31点差で勝利を手にはしたものの、攻撃のリズムをつかめずに前半ではビハインドを背負う苦戦だった。2戦目のイラン戦では富永啓生(レバンガ北海道)が3Pシュートを5本決める活躍がありながら、勝負どころで得点を決められずに敗戦(70-78)した。
日本代表を率いるトム・ホーバスHC(ヘッドコーチ)は大会前、グループステージを1位で通過することを目標に掲げていた。
グループを首位で抜ければそのまま準々決勝への進出が決まり、勝ち進む可能性も高くなる。現在世界ランキングが21位の日本にとって、グループB最大の難敵は同28位のイランだった。
だが、彼らに敗れたことで目標は崩れた。
ここまで苦戦した要因のひとつとして、目を向けてしまうところはポインガード(PG)のポジションだ。
日本は世界の強豪国と比べてサイズ的に劣り、個の技量で打開しながら得点を狙うことが難しい。チームとして戦うことを是とする戦い方が求められるため、起点となって攻撃の流れを作る司令塔のPGは特段の重要性を有している。
とりわけ攻守の切り替えを早くし、相手の体制が整わないうちに得点を狙うことを重視するホ―バスHCのチームでは、PGに速いペースでの攻撃が求められる。ところが、アジアカップでの日本の戦いぶりを見ていると、なかなかそれが体現できていない。日本は大会前に強化試合を6つ行なったが、いずれもホ―バスHCが目安とする80得点を下回っている。
【攻撃は次第に手詰まりとなった】
日本はポゼッション──端的に言えば攻撃回数──をより多くすることで、得点をより増やすバスケットボールを目指している。だが、強化試合とアジアカップにおける日本は、攻撃のテンポが遅くなってしまっていることで苦戦を強いられていた。
後半に67得点と爆発したシリア戦でのポゼッション数(フィールドゴール試投数-オフェンスリバウンド+ターンオーバー数+(フリースロー試投数×0.44)で計算)こそ78ではあったものの、イラン戦とグアム戦ではそれぞれ74、75.8だった。6つの強化試合では1試合を除いて、いずれも75を下回っている。
昨年のパリ五輪で日本は全敗を喫したとはいえ、同大会で銀メダルを獲得した開催国・フランスをあわや倒すところまで追い詰めるなど、一定の成果を示すことができた。同大会での日本の平均ポゼッション数は77.5で、フランス戦に限れば82.2と、ペースを速めたことが大善戦の要因のひとつだった。
それは、日本の生命線である3Pに関わる数字にも現れている。グアム戦では50本もの3P試投数を記録したものの、イラン戦までの2試合で3Pの試投数は平均31.5本しかない。一方、パリ五輪では37.3本だった。これが示しているのは、ボールをすばやく前線に展開して相手の守備体制を崩すことで、シュートを打つ隙を創出できていないのではないかということ。
実際、試合を見ていても、攻撃が手詰まりになっていることが多いと感じる。日本のプレースタイルは、ボール保持者がリングに向かってペイント内へ侵入する「ペイントアタック」や、その動きによって相手守備を引きつけて3Pシュートの機会を作ることが土台となっている。
だが、アジアカップを見ているとペイントアタックの回数は少なく、そのうちに24秒計の時間が少なくなってしまい、最後はジョシュ・ホーキンソン(サンロッカーズ渋谷)などのスクリーンから2対2のシュートへ移行する場面が目立つ。これでは相手に動きを読まれてしまうので、うまく機能していない印象だ。
【富樫勇樹も波に乗れずに沈黙】
ホ―バスHCは強化試合からすべての試合で、テーブス海(アルバルク東京)を先発PGとして起用している。身長188cmのテーブスは172cmの河村や167cmの富樫勇樹(千葉ジェッツ)よりも体躯があり、それを生かしてのペイントアタックをするPGだ。しかし、中へ切り込んで行く際に自ら得点するのか、それともパスを通すのか、迷っている様子も見受けられる。
イラン戦の後半、テーブスがハンドリングミスから相手にボールを奪われ、富永が慌ててファウルで止める場面があった。この試合では明らかに富永が一番の得点源だったが、試合終盤に5つ目のファウルをしたことで痛恨の退場となってしまった。
その富樫にしても、22分弱の出場時間を得たとはいえ、決して出来がよかったわけではない。強化試合には出場せずアジアカップ直前の招集となり、試合勘が鈍ってこともあったかもしれない。
だが、パスミスやハンドリングミスでボールを失い、得意の3Pも1度として決められないなど精彩を欠いた。富樫は試合後の取材に対し、「個人的にもまったく波に乗れず、チームとしてのリズムのなかでプレーをさせることができなかったので、すごく反省点が多い試合だった」と表情を固くしていた。
直前までアジアカップ出場の可能性を残していた河村だったが、おそらく2ウェイ契約を交わしたブルズでの定着を目指してトレーニングに集中するためだろう、今夏の代表参加を断念した。河村がサウジアラビア行きの航空機に搭乗しなかったことで、日本代表の司令塔が盤石なポジションではないことが顕在化した。
もちろん、PGがボールを保持している時に起きたエラーのすべてがPGの責任かといえば、そうではないだろう。テーブスが中へ切れ込んで手詰まりとなってしまった時、周りがパスの供給先となるべく守備の隙をついて動くなどすれば、エラーも起きにくくなるとも言える。
【河村はサメのように食らいついた】
8月10日のグアム戦では、3Pを40%の確率(50本中20本成功)で決めて102−63と大勝を飾った。それでも、ホーバスHCがテレビ局のインタビューで「3Pはよかったと思いますが、ペイントアタックや2Pシュートがちょっと足りない。オフェンスのバランスがおかしい」と述べていたように、十全に満足のいく内容ではなかった。
攻撃の起点となるPGには、オフェンスのバランスのさじ加減も担う必要がある。グアムのディフェンスはあまりに緩かったが、アジアカップの上位チームやその先の世界の強豪たちは、やすやすと50本もの3Pを打たせてくれるはずがない。
また、攻撃面のことばかり記してきたが、サイズで劣る日本にとっては、前からプレッシャーをかけて相手の攻撃テンポを遅くさせる、あるいはミスを誘うといったことが肝要だ。PGも当然、相手のPGに対して激しく当たる必要がある。
2022年の前回のアジアカップでは、直前にA代表デビューをしたばかりの河村が「サメのように食らいつく」(ホーバスHC)ディフェンスで存在感を印象づけた。肉体強化を図った今でも、そのような守備は小柄な河村にとって大きな武器となっている。日本代表としてプレーするPGには、攻撃だけでなく守備で求められるものも大きい。
「本当に多くの選手が、この(代表)チームにいたいと思ってくれるようになりました。ここへたどりつくために、激しくプレーをしてくれています。そういうものが一度できれば、自分たちがどこまで行けるか限界はありません。私たちには目標がありますし、これからもずっと上達をしていきたいです」
シリア戦後の記者会見で、ホ―バスHCはこのように話した。
代表に入りたいと手を挙げる者が増えたことは、間違いないだろう。
代表レベルの選手が増えることは、もちろん肯定的なことである。しかし、本質的に必要なのは、そのなかから世界レベルの選手が生み出されることだろう。
日本代表におけるPGの重要性については先に触れた。アジアカップの舞台に河村はいない。だが、「いないから負けるのもやむなし」では、強国の仲間入りを果たすことなどできない。今回のアジアカップの話だけでなく、これからの世界との戦いを見据えるうえで、PGの仕事ぶりはすこぶる重要になってくる。
(つづく)
◆バスケ男子日本代表の穴・後編>>富永啓生に突きつけられた「vs世界の強豪」という壁