アジアカップで見えたホーバスジャパンの穴(後編)
◆バスケ男子日本代表の穴・前編>>「河村勇輝不在でウィークポイントが露呈」
なるほど、トム・ホーバスHC(ヘッドコーチ)が「特別なシューター」だと繰り返し評してきただけのことはある。
富永啓生(レバンガ北海道)のことだ。
サウジアラビアで行なわれているFIBAアジアカップで、男子日本代表は必ずしも望むような結果や内容のバスケットボールを展開できたわけではない。そのチームのなかにおいて、24歳の左利きシューターが激しい光を放った。
富永は大会初戦のシリア戦からグループステージ3試合を終えてすべて先発。チームトップの平均20得点を挙げるなど、期待以上の働きを見せている。得意の3Pシュートは47.8%(23回の試投のうち11本成功)という高確率で決めているが、衝撃はその数字が示す以上のものだと言っていい。というのも、通常の者ならば決していいタイミングで打っているとはいいがたいシュートを、富永は大半の3Pでねじ込んでいるからだ。
3試合のなかで最も調子のよくなかったのはシリア戦で、試合勘が戻っていなかったからか、富永は打ってもいいと思われた場面でシュートを何度も躊躇していた。第4クォーターになって2本の3Pを決めてようやくタッチを戻したが、そのうちの1本は本来打つべきタイミングで狙わず、一度は中に切れ込んでから強引にステップバックしてコーナーから3Pを放った。
だが、富永ならばそんなシュートでも打っていいと思わせる、そんなところがある。
富永が活躍し続けていただけに、あまりにも惜しいと感じたのが第2戦イランとの試合だ。得点不足にあえぐ日本代表のなかで、富永は前半だけで5本もの3Pを入れていた。しかし、第4クォーター残り2分のところで5つ目のファウルを取られ、退場となってしまったのだ。
退場を宣告されてベンチまで戻った富永は、水の入ったペットボトルを手にしながら壁を悔しげに叩いた。無念という思いは、見る者に向けて如実に伝わってきた。結果、日本は残り4分で富永が決めたフリースロー以降、得点を挙げることができずに78-70で敗れた。グループを1位で通過するという目標が事実上、潰えてしまった瞬間でもあった。
【起爆剤は飛び道具を持つ富永】
「間違いなく厳しい敗戦です。大会に入る前からこの(イランとの)試合がどれだけ重要か、わかっていました。その試合を落としたことは悔しいです」
イラン戦後の記者会見で、富永は英語でそのように語った。
アメリカ・ネバダ州のラスベガスで開催されていたNBAサマーリーグが終わったのち、富永はすぐに帰国して日本代表の強化試合を観戦している。この試合も含めて日本は6つの強化試合すべて80得点に到達することができず、攻撃力不足は明白だった。
富永はおそらく、そのことを意識していただろう。アジアカップでは3Pという特別な「飛び道具」を持った自分が起爆剤になるのだ、という意識も強かったはずだ。
ただ、富永が輝きを取り戻したことについては、素直に評価してもいいのではないか。
昨シーズン、富永はNBAインディアナ・ペイサーズの下部チームであるGリーグのインディアナ・マッドアンツに所属したが、思うように出場機会が得られず苦しい時間を過ごした。
厳しい状況は、サマーリーグにおいても近いものがあった。ペイサーズは5試合を戦ったものの、富永がコートに立ったのは3試合。2試合では出番がなかった。最後の5試合目では先発出場を果たしたが、全体では平均11分強の出場で平均5得点に終わっている。
サマーリーグはNBA定着を狙う若手の登竜門であるだけに、自身のアピール合戦になりがちな側面はある。富永はそうした環境で、コートに立っていてもボールが回ってこない難しさも経験した。アジアカップで先発として長い時間コートに立ち、ハツラツと3Pシュートを打ち続ける姿は、その背景を知るだけに感慨深いものがある。
現在の日本代表には、「比江島慎のあと、誰が正シューティングガード(SG)に収まるか」という命題が突きつけられている。2010年代前半から10年以上にわたって日本代の主力として活躍してきた比江島(宇都宮ブレックス)がパリ五輪後、代表からの勇退を示唆したからだ。
その後、復帰の話もあった(オフシーズンに宇都宮が国際大会へ出場するためにアジアカップへの招集は見送られた)が、彼も8月11日に35歳となった。2027年のFIBAワールドカップや2028年のロサンゼルスオリンピック、さらにその先を見据える時、「2番ポジション」で比江島に代わる確かな才能を確立しておくことは必須だ。
【富永以外のシューター候補は?】
しかし、比江島のような実力者を探し求めるのは容易ではない。ドリブル、シュート、パスと、独特なリズムから見せる技量はいずれも高い。
チームが求めるスタイルは多種多様でも、SGに求められるのはもっぱら得点力だ。とりわけ現代バスケットボールにおいて、3Pの力量は切っても切り離せない。その意味では今回のアジアカップで、富永がふんだんに3Pを放ちながらリズムをつかみ、確率よくネットを揺らしていることは吉報である。
ただ、パリ五輪での苦い思い出も蘇る。平均出場時間はわずか2.6分にとどまり、3Pを1本も決められなかった富永のプレーを覚えている者も多いはずだ。「vs世界の強豪」という視座で考えた場合、サイズやフィジカルで少し課題の残る富永が今度どれだけ乗り越えてこられるかは、注視すべき点となってくる。
富永以外のシューターを考えるならば、西田優大(シーホース三河)が「比江島の後釜」として近いところにいるだろう。西田も比江島と同様にオールラウンドな技量に恵まれ、2023年のワールドカップでは「第3のポイントガード」という意味合いも込めての選出となった。
パリ五輪ではメンバーに選ばれなかったが、その悔しさをばねに選手としてひと回り大きくなり、人間としても深みを増した。西田は比江島や富永よりも確実にディフェンスがよく、ホ―バスHCとしても計算を立てやすい存在だ。
そしてもうひとり、今後の伸びしろも含めて楽しみな存在なのは、21歳の湧川颯斗(三遠ネオフェニックス)だ。
若さゆえに粗も目立つため、今回のアジアカップには呼ばれなかった。しかし今大会、リングに向かってドリブルでのアタックが足りていない課題が見えた日本代表を鑑みると、ドライブインの強い湧川への期待は高まる。
【ホーバスHCがSGに求めるもの】
そのほかでは、代表候補に選ばれたこともある23歳の脇真大(琉球ゴールデンキングス)も興味深い。脇のドリブルは、縦に割ってリングへ向かう速さがあるわけではない。しかし、特有のステップと間の取り方で、するするとリング近くに侵入してレイアップシュートを決める不思議な力がある。独特のフットワークでリングに近づいていく「比江島ステップ」のようだ。
ただ、3P重視のバスケットボールを展開するホ―バスHCは、SGの選手に「長距離砲であること」を求める。昨シーズンまでBリーグで4年連続(通算6度)して3P成功率40%超えを記録し、2023年ワールドカップでは57.1%という驚異的な3P成功率をマークした比江島の存在感はあまりに際立つ。
昨年11月に行なわれたアジアカップ予選の2試合。西田は68.4%(19本中13本成功)と高い確率で3Pを決めたが、7月の強化試合やアジアカップカップ本番では調子をかなり落としてしまった。8月10日のグアム戦では少し挽回(7本中3本)したものの、安定感という点ではまだ不安を残している。また、湧川や脇も3Pは苦手な部類で、比江島の域にはほど遠い。
このように見渡してみると、選手としてのタイプは違えども、比江島のあとを引き継ぐ正SGは、やはり富永だろうか。体躯やドリブルが秀でているわけではないものの、3Pという突出した武器があるため、それを囮(おとり)にして中へ切れ込んだり、パスを通すこともできる。
グアム戦の前半終了直前、富樫勇樹(千葉ジェッツ)のドライブインからパスを受けたジョシュ・ホーキンソン(サンロッカーズ渋谷)がコーナーから3Pをねじ込んだ。この時、富樫と交差する形で中から外に移動した富永は囮となって、ふたりのグアムの選手を引きつけていた。
「自分がボールをもらえなくても、何人か引きつけることができたら、ほかの選手が空くことになる。そういうドロープレーに自分の『重力』を使ってもらえるのは、ありがたいことです」
【地味な仕事も必死に遂行する姿勢】
サマーリーグのワンシーン。ペイサーズはタイムアウト中、富永に3Pを打たせるためのプレーを指示した。「ドロー」とはヘッドコーチがボードに作戦を「描く」という意味で、富永の言う「重力」とはディフェンダーを引き寄せることを指している。グアム戦後の発言は、自身の3Pがそれを生み出していることを理解している証だ。
日本代表においても、富永はその「重力」をいかんなく発揮できている。少しの間がありさえすれば、富永は3Pを放つことができる。その重力によって相手が間違いなく引き寄せられてしまう様子は、滑稽にすら映ることもある。
アメリカでの富永は、出番のもらえない我慢の日々を送ってきた。その経験によって、ひと皮むけた印象も強い。3Pという絶対的な武器だけに頼るのではなく、泥臭くディフェンスしてリバウンドを奪いにいくといった地味な仕事も必死に遂行しようとする姿勢は、今回のアジアカップを見ていても伝わってくる。
もっとも富永も、日本が97-73と大敗してアジアカップ敗退となった8月12日の準々決勝進出決定戦レバノン戦では7得点に終わっている。富永にボールを持たせないような守りをレバノンが徹底してきたために、放った3Pはわずか3本で1度も長距離砲を決めることができず終戦となった。
しかしそれでも、シュート機会を作りださねば、彼の存在価値は薄れる。チームとしても、富永に打たせるためのプレーを考えていく必要があるだろう。
比江島の後釜は、そう簡単に見つかるものではないかもしれない。数人の後継候補はいるが、現状では富永が最有力であるように見受けられる。ただこの先、その序列が変わる可能性はまだまだあるだろう。日本代表としても「これ」という確たる者は是が非でもほしいところだ。
<了>