連載第65回
サッカー観戦7500試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」
現場観戦7500試合を達成したベテランサッカージャーナリストの後藤健生氏が、豊富な取材経験からサッカーの歴史、文化、エピソードを綴ります。
10月14日にサッカー日本代表のブラジルとの親善試合が行なわれる。
【どういうわけか歯が立たない】
ブラジル代表が来日して10月14日に東京スタジアム(味の素スタジアム)で日本代表と対戦することが正式に決まった。秋のビッグイベントになるだろう。
今ではブラジルが世界最強でないことはサッカーファンなら当然ご承知だろう。現在のFIFAランキングは5位(日本は17位)。W杯は23大会連続出場を継続中だが、2002年の日韓W杯以来5大会も優勝から遠ざかっている。
だが、一般の日本人の間では今でも「ブラジルは世界一のサッカー王国」というイメージが強いだろうから、10月のブラジル戦は大きな注目を集めるはずだ。
「ブラジルが世界一」というイメージが浸透している理由のひとつは、1968年に日本代表がメキシコ五輪で銅メダルを獲得してサッカーブームが訪れた2年後の1970年のメキシコW杯で、ブラジルが圧倒的な強さで優勝したこと。なにしろ、南米予選からイタリアを4対1で破ったW杯決勝まで、ひとつの引き分けもなく全勝で優勝したのだから、本当にあの時のブラジルは強かった。そして、ペレにとって最後のW杯だった。
また、その後、ネルソン吉村やセルジオ越後などがやって来て日本サッカーリーグ(JSL)でプレーして日本人に驚きを与えたし、Jリーグ発足後もジーコやドゥンガをはじめ数多くのブラジル代表級が来日して日本のサッカーが変わるきっかけを作った。
そして、2002年の日韓W杯でもブラジルは優勝した。
そうしたことが重なって、日本人にとってブラジルは今でも世界最高のサッカー王国なのだ。
実際、過去の日本代表とブラジル代表の対戦成績を見てもブラジルが圧倒的な戦績を収めている。日本側から見て0勝2分11敗。得点5に対して失点はなんと35である。
日本のW杯優勝経験国相手の勝利は何度もある。ドイツやスペインには前回W杯で勝利しているし、フランスにはサンドゥニで勝利したことがある。南米勢でもアルゼンチン、ウルグアイには勝った。イタリア、イングランドには未勝利だが、対戦回数がそれぞれ3試合だけなので仕方なかろう。
それに対して、どういうわけか日本代表はブラジルにはまったく歯が立たないのである。
【最初の対戦は1989年】
日本代表が初めてブラジル代表と対戦したのは1989年7月のことだった。
この年の春、イタリアW杯予選に挑戦した日本代表は北朝鮮とは1勝1敗だったものの、格下のインドネシア、香港相手にアウェーで引き分けてしまったために勝ち点で北朝鮮を下回って、あっけなく1次予選で敗退する。
6月に平壌(ピョンヤン)に遠征して北朝鮮に敗れて敗退が決まった日本代表は、横山謙三監督が交代することもなく、何事もなかったように南米遠征に出発。アルゼンチン、ブラジルでクラブチームと対戦した後、7月23日にブラジル代表と対戦した。
ヴァスコ・ダ・ガマのホーム、サン・ジャヌアリオ(リオデジャネイロ)で行なわれたこの試合。ブラジルにとってはW杯南米予選直前の準備試合であり、先発にはGKのタファレルやキャプテンのドゥンガをはじめ、アウダイール、ベベット、カレカ、ロマーリオといった錚々たるメンバーが名を連ねており、開始直後からシュートの雨を降らせる。だが、シュートが枠を捉えられなかったり、GK森下申一の正面を突いたりで、ブラジルはどうしても得点できない。
しかし、ブラジルは後半に入ると予定どおり9人の交代を使って若手選手のテストに切り替えた。そして、74分にヘディングで決勝ゴールを決めたのもそうした若手のひとり、地元ヴァスコ期待の19歳ビスマルク・バレット・ファリアだった。そう、のちにヴェルディ川崎(現、東京ヴェルディ)や鹿島アントラーズで活躍する、あのビスマルクである。
この試合、日本では実況中継はなかったが、しばらく後に録画で放映されている。日本では観客数2174人と伝えられることがあるが、実際の数字は1万2174人だった。
【近年の対戦でも一方的な内容が多い】
ブラジルとの最初の試合は、スコア的には0対1の接戦だったが、実際は一方的な内容だった。では、最近の試合はどうなのだろう?
日本代表が最後にブラジルと戦ったのは、2022年6月6日。国立競技場で対戦し、0-1で敗れている。
また、その前は2017年11月10日にフランス北部のリールで戦っている。
ロシアW杯出場権を獲得した日本は、その準備として欧州に遠征。
ちなみに、その前の対戦は2014年10月のシンガポールでの親善試合で0対4の完敗。さらにその前は、2013年6月のブラジル開催のコンフェデ杯開幕戦で、この時も0対3の完敗だった。
つまり、最近の4試合で日本代表はブラジルに11失点もしているのである。
1989年当時に比べれば、21世紀に入ってからの日本代表ははるかに強化されたはずである。欧州のクラブで活躍する選手も増えていた。だが、それでもブラジルにはどうしても敵わなかったのである。
個々の試合にはさまざまな事情がある。
たとえば2013年の試合は、地元開催のコンフェデ杯開幕戦だったのでブラジルが合宿を行なってしっかりと準備していたのに対して、アルベルト・ザッケローニ監督の日本代表は暑いドバイでW杯アジア予選のイラク戦を戦って、そのままブラジルに直行。

リールでの試合も、けっしてボコボコにされたわけではない。とくに後半は日本がボールを握って再三ブラジル陣内に攻め込んでいる。そして、62分に井手口陽介が蹴ったCKをファーサイドの槙野智章がヘディングシュートを決めて、1点を返すことに成功した。
だが、それは後半にブラジルがトーンダウンしたからだ。
ブラジルは10分にネイマール(当時パリ・サンジェルマン)のPKで先制。17分にはネイマールの2本目のPKをGKの川島永嗣が防いだものの、その後のCKを日本がクリアしたボールをマルセロ(当時レアル・マドリード)が強烈なミドルシュートをたたき込み、さらに36分には右サイドのダニーロ(この試合は出色の出来)からのクロスをガブリエウ・ジェズスが決めて3対0とした(ふたりとも当時マンチェスター・シティ)。すると、以後、ブラジルは明らかにトーンダウンしてしまったのだ。
実は、ブラジルは中3日でイングランド戦を控えていた。
【ブラジルには日本相手に勝ちパターンがある】
当時のブラジルには、日本戦の勝ちパターンが確立されていた。
ブラジル側の視点から見ると、こうなる。
日本の選手は中盤でパスをつなぐ能力は高い。しかし、ボールを持たせても決定力がないので恐さはない。したがって、無理に追い回してボールを奪いに行く必要はない。
しっかり守っていれば、日本のミスに乗じてボールを奪える機会は必ずくる。ボールを奪ったらカウンターを仕掛ければ、ブラジル選手のテクニックとスピードに日本の守備陣は対応できないから、必ずゴールを決めることができる......。
こうして、2013年のブラジリアでの試合も、2014年のシンガポールでの試合も、そして2017年のリールでの試合も似たような展開でやられてしまった。時間帯によっては日本がボールを持つこともできるのだが、結局得点は奪えず、カウンターやセットプレーから失点を重ねてしまう......。
日本は2018年ロシアW杯でラウンド16に進出してベルギーと大接戦を演じ、2022年カタールW杯ではドイツ、スペインに勝利してラウンド16ではクロアチアと引き分けた(PK戦負け)。また、今では日本代表選手はほぼ全員が欧州のトップリーグでプレーしている。
当時とはまた状況が違うはずだ。10月の試合ではそのことを証明してほしい。
「日本選手にボールを持たせておいても危険はない」「日本の守備陣はブラジル選手の個人能力に対処できない」。かつてブラジル選手はそう考えてプレーして、実際にその通りの勝ち方をしていた。
だが、今年の対戦ではブラジル選手たちに「真剣に戦わないと勝てない相手だ」と思わせてほしいものである。
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