F1第15戦オランダGPレビュー(後編)
◆レビュー前編>>
12番グリッドから臨む決勝レースは、通常のサーキットなら入賞圏が目の前に見える。しかし、オランダGPの場合はオーバーテイクが難しく、わずかなポジションの差が果てしなく遠く見える。
角田裕毅(レッドブル)にとって、オランダGPは入賞が絶対条件だった。第7戦エミリア・ロマーニャGPから入賞が遠ざかっているというだけでなく、来季に向けた契約延長の交渉を進めるうえでも、それが重要なポイントになるからだ。
ソフトタイヤを選択した角田は、スタートでひとつポジションを上げる。だが、当然ながらタイヤのタレは周囲よりも早く、前のウイリアムズ勢からは徐々に離されて、後方のアンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデスAMG)を抑えるのに専念することとなった。多くのドライバーは、雨が降ってくるまで待ちの姿勢を見せる。そんななか、ふたつ後方のフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)が先陣をきってピットに飛び込みアンダーカットを仕掛けてきたため、角田はこれに反応せざるを得なかった。
しかし結果はアンダーカットを許し、さらにその直後にルイス・ハミルトン(フェラーリ)がクラッシュしてセーフティカー導入という最悪の展開となってしまった。これで他車がピットインを済ませ、角田は15位まで後退してしまった。
「今日のレースは、まったくラクな展開ではありませんでした。最初のセーフティカーが僕らにとってはまったくプラスに働かなくて15位まで後退してしまいましたし、2回目のセーフティカーもそうでした。チャレンジだらけで、ちょっとトゥーマッチでしたね(苦笑)。
僕が争っていたライバルたちは、みんな5位とか6位でフィニッシュしています。
セーフティカーでピットインせずに順位を上げたハース勢は、セーフティカー待ちのギャンブルで50周にわたってステイアウトを続け、角田はこれに抑え込まれて前の集団からは引き離されてしまった。
ハースのギャンブルは成功の可能性が低いように思われていたが、53周目にシャルル・ルクレール(フェラーリ)がアントネッリとクラッシュして2度目のセーフティカーが出され、なんと大成功となった。
【レース継続が難しいほどの状況】
その一方で角田は、ここでピットインした際に大きな問題を抱えることになった。
「詳しいことは言えませんけど、最初はセーフティカーに追いついていけないくらいの問題を抱えていて、セーフティカーのほうが速いくらいでした」
ピットアウトしてスロットルペダルを踏み込んでも、加速していかない──。
これは、ペダルの踏み方に対してエンジン側のトルクをどれだけ出すかという「ペダルマップ」が、ピットストップ用のままになってしまったために起きた事象だった。
80km/h制限で走るピットレーンでは、1000馬力を生み出す強大なトルクは必要ない。しかし、ピットストップからの発進時には最大限の加速が必要だ。だから、ペダルの下のほうはトルクが薄く、上のほうはふだんどおりのトルクが出るような特殊な設定を、ピットストップ時には使うのだ。
この「ペダルマップ」はレース走行中に変更することは許されていないため、コースに復帰するまでにレース用に戻す必要があった。だが、ピットレーンの短いザントフォールト・サーキットゆえにその操作が遅れてしまい、このような異例の事態が起きてしまったのだ。
角田はスムーズなスロットル操作ができないペダルマップで、残り15周を戦わなければならなくなってしまった。
本来なら、レース継続が難しいほどの状況だ。しかし、セーフティカー走行中に大急ぎでこのペダルマップでのエンジン挙動を習熟した角田は、リスタートでアロンソを抜き、さらにピエール・ガスリー(アルピーヌ)も抜いてポジションを上げていった。
これがいかに難しいことだったのか、ホンダの折原伸太郎トラックサイドゼネラルマネージャーはこう説明する。
「特性が全然違うので、そのマップで走るのは、コーナーの立ち上がりなどでは相当運転しづらくて大変だったと思います。我々もレースエンジニアに対して『こういうことを確認してほしい』と会話しながら、無線でドライバーとやりとりしました。
セーフティカーラン中に走りながら、ドライバーに『このペダルマップだと、こういうトルクの出方になる』ことを習熟し、感覚をアジャストしてもらいました。もう終わった、という状況でしたけど、そこからよく適応して、何台か抜き、本当にいい仕事をしてくれたと思います」
【このうえなく価値ある輝き】
角田自身も、かなり難しい適応を強いられたと振り返る。
「ふだんとかなり違うドライビングスタイルで運転しなければならなくて、普通じゃあり得ない大きなチャレンジでした。そのなかでもセーフティカー中に適応して11位から9位まで挽回し、うまくレースを遂行することができたのはよかったと思います」
最後まであきらめることなくポジションを上げていけたのは、それだけ「入賞」という結果を渇望していたからだ。
次々と試練が降りかかるなかでも、過去2戦のようにフラストレーションを爆発させることもなく、冷静さを保ち、自分にやれることはすべてやりきった。それが9位入賞という結果につながった。
「今回のレースは、すべて自分に不利な状況が続いて、最後のスティントはとどめを刺すかのようなトラブルがあって......。それでもポイントを獲らなきゃいけないのもわかっていたので、そのなかで獲れたのはよかったなと思います。
ふだんなら、9位というのは特別な結果ではないです。
元チームメイトのイザック・アジャが3位表彰台を獲得し、大いに盛り上がる表彰式を横目に、角田はアジャと古巣のスタッフたちに祝福の言葉を送った。予選で4位を獲得し、欲をかかずに堅実なレース運びに徹してノーミスで走り続けたのはすばらしかったが、ランド・ノリス(マクラーレン)のリタイアという極めて特殊な状況が彼を表彰台に押し上げたことも事実だ。
他チームのドライバーが何位になろうと、それと比較するのは「相対軸」でしかない。「絶対軸」で見れば、角田は自分自身が置かれた試練だらけの状況のなかで最大限の仕事をした、という最高の評価になる。
9位という何でもない順位にも、「込み上げるものがあった」と角田は語った。それだけ長く暗いトンネルを抜け、ようやく見えた光明だった。
3位表彰台という眩しさと比べる必要などなく、その光は角田にとって、このうえなく価値ある輝きを放っている。