官軍の将は、自軍を聖書に登場するダビデになぞらえた。侵略者ゴリアテに、身ひとつで立ち向かった小さな羊飼いの少年だった。

鎧兜をまとった巨人の眉間に石つぶてを命中させ、戦いを終わらせた。

 勝利したベネズエラの投手陣は、侍ジャパン打線に対し、臆することなくボールを投げ込み続けた。

「今日は"巨人が倒れた日"かもしれない。この数字はベネズエラの国際電話番号(=58)だ。もしベネズエラに知り合いがいるなら、『ベネズエラがWBCの準決勝に進出し、同時に(まだロサンゼルス五輪の出場権を持たないアメリカ大陸の上位2か国という条件を満たして)オリンピック出場も決めた』と電話で伝えてほしい。よければ、私の携帯電話を貸そうか?」

【WBC 2026】侍ジャパン敗退の裏にあった「徹底した日本...の画像はこちら >>
 会見場のテーブルに置かれたベースボールキャップの数字(58)を指しながら語ったベネズエラ代表のオマール・ロペス監督の言葉に、場内からは笑いが漏れた。

「ベネズエラがオリンピック出場を決めた最初の競技が野球だと、さっき聞いたんだ。これは一緒に働いてくれたスタッフ全員のおかげだし、神にも感謝している。2028年ロサンゼルス五輪で、誰が監督になろうと、誰が選手として出場しようと、私たちが少しでも役に立てたのなら誇りに思う。オリンピックでは、もちろん金メダルを狙うことになるだろう」

【外科手術のように正確だった投手起用】

 第1回WBCが開催されてから20年。過去5大会で優勝3回を誇る日本は、今や世界野球のゴリアテと呼ばれるまでになった。しかしディフェンディングチャンピオンの侍ジャパンは、準々決勝でベネズエラに敗れ去った。

 ラテンアメリカの強豪として知られ、アマチュア・ワールドカップでは3度の優勝を誇るベネズエラだが、プロ選手が参加する国際大会では目立った成績を残せずにいた。

WBCでは2009年のベスト4が最高成績。プレミア12でも、前回の2024年大会で記録した4位が最高で、いまだメダルには手が届いていない。オリンピックの舞台には、いまだ一度も立ったことがない。

 そのベネズエラが侍ジャパンを撃破し、17年ぶりのWBC準決勝進出と、2028年ロサンゼルス五輪への出場を決めた。

 そこには、「豪快だが気分屋」といったラテン野球のイメージとはかけ離れた、緻密なプランがあった。ベネズエラはロペス監督のもと、この日のために徹底して侍ジャパンを研究。大会全体の戦い方から、この試合のゲームプランに至るまで綿密に準備を進めてきた。

 現地記者によれば、その布石となったのが、プールD最終戦のドミニカ共和国戦だった。敗れはしたものの、この試合ではじつに8人の投手を投入している。

 侍ジャパン戦でマウンドに上がった7人の投手のうち、エドゥアルド・バザルド(マリナーズ)、ホセ・ブット(ジャイアンツ)、アンヘル・セルパ(ブリュワーズ)、アンドレス・マチャド(オリックス)、ダルウィン・パレンシア(カブス)の5人が、ドミニカ戦にも登板していた。

 この記者は、この夜の投手起用を「外科手術のように正確だった」と評している。

 ロペス監督は、日本戦の2日前に1時間半に及ぶミーティングを開いたという。

そこで集めたデータを基に、日本打線を想定した試合のシミュレーションを行ない、チーム全体で話し合ったという。その準備があったからこそ、選手たちは自信を持って試合に臨むことができた。

「それは完全なチームワークの成果だった。もちろん私にもアイデアはあるが、多くの質問をし、周囲の意見にも耳を傾けた。自分の考えと合わなければ議論する。私たちはこれまでもずっとそうやってきた。ロースターもそうやって編成した」

【選手のコンディションを見極める眼力】

 なかでも重視したのは、日本ベンチのブルペン起用だった。

「彼らはデータを分析し、右対右、左対左といった細かな投手起用をしてくるからね。だから、そのブルペン起用にも対応できるように打線を組み、ベンチワークの準備もしていたんだ。でも今日は、そうした投手起用をしてこなかったので、少し驚いたよ」

 打線を組むにあたっては、ヘッドコーチのロビンソン・チリノスと話し合い、出場する選手だけでなく、出場しない選手にも事前にその方針を伝えておいた。そうすることで選手たちの心理的な負担を和らげ、リラックスして試合に臨めるようにした。

 この夜に下した多くの決断のうち、とくに攻撃時の2つが大きかったという。

 初回にロナルド・アクーニャJr.の先頭打者アーチで先制したものの、その裏、大谷翔平にお返しの一発を浴び追いつかれた。

チームが意気消沈しかけた直後、2回に先頭のエセキエル・トーバーが二塁打で出塁。確実に1点を取りにいく作戦も考えられたが、ロペス監督はグレイバー・トーレスをそのまま打たせた。

 期待に応え、トーレスは二塁打を放ち再び勝ち越し。打線に勢いをつけた。選手のコンディションを的確に見極める眼力が、勝利を呼び込んだ。調子がいいと判断した選手には、とにかくバットを振らせた。

「この後、鈴木(誠也)に代わって出てきたベンチの選手(森下翔太)にダメージを受けたけどね。『どうしてこんなことが我々に起こるんだ』と、その時は思ったよ。我々のエース、レンジャー・スアレス(レッドソックス)は、残念ながら3回に少し苦しくなって、いくつか甘い球を投げてしまった。でも、それは野球ではよくあることだ。

 しかし5回、マイケル・ガルシア(ロイヤルズ)がやってくれた。この場面は1アウト一塁。

その時、名前は言わないけど、私のそばにいた誰かが、バントかエンドランを提案してきたんだ(笑)。そこで私はこう返した。『試合前の打撃練習を見ていなかったのか? あいつはでかいのを打つぞ』ってね。そのとおり、ホームランで1点差になっただろう。私にとって、あの判断も大きかった」

【切り札となったメジャー0勝左腕】

 そして、ベネズエラが追い上げ、そして逆転する間にマウンドに立っていたのは、昨季韓国プロ野球で9勝を挙げたエンマヌエル・デヘススだった。メジャーでの初勝利を目指し、タイガースのキャンプに参加している左腕は、この試合の切り札といっていい存在だ。

 ロペス監督曰く、「ナイフのように切れ味抜群」の状態だったデヘススは、期待どおり2回1/3を1安打に封じた。勝利投手となった彼のリリーフ起用は、プールD2戦目のイスラエル戦での先発登板後に決めたという。

「彼と話し合って決めたんだ。『準々決勝は日本か韓国との対戦になる』ってね。どちらのチームも左打者が多いからね」

 そのデヘススもまた、6回途中でマウンドから下げた。

「7回まで投げさせることもできたと思う。ただ、彼にはこの先もある。

だから最大でも3イニング、50球までと決めていて、あそこで交代させた。もしその後の結果が悪ければ、批判されたかもしれない。でも、それが私の計画だったんだ。

 勝利へのルートは準備していた。6回の残りのアウトはブットにまかせ、そのあとセルパにつないだ。セルパは、7回の大谷のところで投げさせるつもりだった」

 7回1アウトからマウンドに上がったセルパは、大谷から見逃し三振を奪った。この2回のイニング途中での投手交代も、勝負を分けたポイントだったと言っていい。

【今日の勝利で突然強豪になったわけではない】

 一方の井端弘和監督は、イニングまたぎを嫌った。立ち上がりこそ不安定だったものの、回を追うごとに調子を取り戻し、3、4回には6つのアウトのうち4つを三振で奪った山本由伸を、まだ球数制限には達していなかったが、5回のマウンドには送らなかった。

 結果論ではあるが、この6回に飛び出した2ランでベネズエラ打線は勢いづいた。イニングまたぎも厭わず、打てる手をためらわず打ったロペス監督と井端監督の知恵比べは、ロペス監督に軍配が上がった。

 快進撃を続ける今大会のダークホース、イタリアのヴィニー・パスカンチーノ(ロイヤルズ)が、試合がまだ終わっていないにもかかわらず侍ジャパンの勝利と勘違いしていたことからもわかるように、ベネズエラのメンバーだけでなく、多くの野球関係者が日本をベネズエラよりも「格上」と見ていたのは間違いない。

 しかし、自らをダビデになぞらえられたロペス監督は、こう言い添えることも忘れなかった。

「言っておくが、ベネズエラはもともと強豪だ。これまで幾多の名選手を生んできたじゃないか。今回、日本に初めて勝ったし、日本が準決勝前に敗退するのも初めてだと思う。しかし、我々が今日の勝利で突然強豪になったわけではない。これからも、やるべきことは変わらない。それはベネズエラだけでなく、ドミニカも、日本も、アメリカも同じだ。みんな世界野球にとって価値のある存在なんだ」

 そして最後にこう言って、会見を締めた。

「今、ベネズエラでは国中が祝っている。みんな街に繰り出して一杯やっているだろう。それが私にとって何よりうれしい。私にできることは、このチームを率いて国を幸せにすることだけだ。2試合勝てば、国全体で1週間祝うことになるだろうな。だから今日は今日、次に進まなければならない。20年後に振り返った時、1日か2日でも、母国のみんなを幸せにできたなら私はそれで十分だ」

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