【男子バレー】宮浦健人が問い続ける「足りなかったもの」 世界...の画像はこちら >>
 2025年の男子バレーボール日本代表で、オポジットを託されたのはウルフドッグス名古屋の宮浦健人(当時26歳)だった。

 昨年のネーションズリーグでは、宮浦は世界ベストアタッカーランキングで堂々の4位に入っている。

ライトから高く跳び上がって左腕で打ち込むスパイクは電撃的で華々しかった。バナナサーブと異名をとった鋭く大きく曲がるサーブも、代名詞のひとつになっている。数人の主力を欠いたなかで、日本のベスト8入りに大きく貢献したと言える。

 しかし、フィリピンのマニラで行なわれた世界バレーボール選手権で、宮浦は日本をグループリーグ敗退から救うことができなかった。初戦でトルコに不覚をとったのはまだしも、第2戦でカナダにもストレート負け。それで万事休すだった。

 2025-26シーズンのSVリーグ開幕を前にした宮浦に、インタビューで問いかけたことがあった。

――トルコ戦の前に時間を巻き戻すことができたら、宮浦選手自身に何かできることはあるでしょうか?

「どんな状況であっても、"自分がやるんだ"っていう気持ちでやらないといけないと思っています。苦しい局面も自分が打開するんだって。オポジットはそういうポジションなので。オポジットが醸し出す雰囲気、余裕というのがあって、競った場面でも"持ってきてくれたら問題ないよ"っていう雰囲気が足りなかったと思っています。親善試合から始まっていた部分もあって、それが自分に足りない部分だったと思いますね」

 宮浦はいっさい、他人のせいにしなかった。

自らに責任を求めた。どこまでも志操堅固(しそうけんご)で、責任を転嫁する"狡(ずる)さ"がない。古き良き時代の剣豪が、自らの剣の道を究めるのに妥協を許さなかった姿を連想させる。生き方の太さのようなものが表出し、肝が据わっていた。

 そこで重ねて訊いた。

――むしろ、敗北こそが宮浦選手を成長させているのではないですか?

 宮浦は口元を引き締め、眉を上げてこう返答した。

「それは間違いなく、自分の原動力になっていると思います」

【日本人オポジットとして】

「足りないところを"もっと"というところで、それを世界選手権では気づけました。大会中にやれたらよかったですけど、気づくことはできたので、次に生かしたいですね。(バレー人生は)その繰り返しなのかなって思います。できれば成功体験を増やしたいですけど、負けることもあるので。目の前のことに集中し、全力でやったうえで勝ちか負けか、結果は出るけど、やり続けられるかどうか」

 そして2025-26シーズンの宮浦は、自らの言葉どおり、コートで勝負を挑み続けた。

 宮浦は、ジェイテクトSTINGS愛知からウルフドッグス名古屋へ新天地を求めた。豊田合成トレフェルサと言われた時代から、ウルフドッグスはイゴール・オムルチェン、バルトシュ・クレク、ニミル・アブデルアジズという世界トップレベルのオポジットを擁して戦ってきた。

その座に宮浦が、日本人オポジットとして指名されたわけだ。

「チームにとっても、自分にとっても大きなチャレンジで、自分に対するプレッシャーでもあると思うんですが、そのなかで自分がオポジットとしてもっと成長し、トップの選手と肩を並べられるようにしたいですね。プレースタイルはそれぞれ違っても、オポジットとしての雰囲気を出せるか。それが大事だと思っています」

 宮浦はそう意気込みを語っていたが、シーズンを通して"オポジットとしての雰囲気"は濃厚に出ていた。攻撃に特化し、とにかく得点を決めることを託された特殊なポジションで、彼は結果を叩き出している。総得点数は709と大台に乗せた。リーグ全体で4位、日本人では誇るべきトップだ。

 その結果、宮浦はウルフドッグスをチャンピオンシップ進出に導いている。クオーターファイナルの広島サンダーズ戦では、2試合合計でチーム最多の32得点を叩き出し、セットカウント3-0と3-2で勝利の立役者になり、チームをセミファイナルへ導いている。特にバックアタックは必殺の気配で、17得点を記録した。なんと約7割の成功率で、奇襲で敵をせん滅する抜刀隊の突撃さながらだった。

【「悔しくても逃げずに...」】

 セミファイナルでは、サントリーサンバーズ大阪としのぎを削った。

前シーズンの王者であり、レギュラーシーズン1位のサントリーが誇る多様なサーブと堅牢な高さ、そして際立ったレシーブ力を備えた相手に苦戦することになった。1日目にセットカウント0-3と完敗後、2日目は1-3と食らいついたが、力及ばず、だった。

「レギュラーシーズン、自分たちより順位が下の相手には勝てましたが、上のサントリーや(大阪)ブルテオンには勝てていないので」

 試合後の会見で、宮浦はいっさい、言い訳をしなかった。

「(1日目にストレートで負けた試合後)サントリーどうこうより、自分たちのメンタルを変えて戦いました。個人的に修正したのは、(イゴール・)クリュカとのマッチアップにどう対応するか。クリュカのブロックの強みは最後の瞬間、ストレートを抑えにくるので、そこでブロックされないように......結果として、試合を通じていいバレーができましたが、最後の部分で自分が決めきれなかったのも事実。経験のあるサントリーがひとつ上手でした」

 彼は粛々と言って、芯のある声でこう続けていた。

「今シーズンに関しては、うまくいかないことが多かったです。いろいろチャレンジして、チームメイトにもすごく負担をかけましたが......オミさん(セッターの深津英臣)とコンビを改善させながら、課題を乗り越えられたところもあって、速いトスに取り組み、こうしたらうまくいくと仮説を立て、成功、失敗を繰り返し、ひとつの形ができました。できていないこともたくさんありますが、改善の繰り返し。目の前の課題に対し、逃げずに向き合えたとは思っています。

 悔しいことは多いですが、いろんな思いを抱えながらやりきることはできて、成長できたシーズンなのかなと。

それは誇りに思うし、悔しさをこの先、来年、2、3年後に"こういう思いをしてよかった"と思えるように、これからも逃げずに挑みます」

 宮浦は断固として言った。ネーションズリーグ、ロサンゼルス五輪アジア予選と続く日本代表での戦いでも彼は逃げない。挑み続けた勝負の先に、自ずと答えは浮かぶはずだ。

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