小椋藍インタビュー(後編)

◆小椋藍・前編>>「自分が世界で一番速かったと、より強く感じた」

 ライディングスタイルについては、少し面白い話がある。小椋藍(SuperFile Trackhouse MotoGP Team/Aprilia)が第10戦オランダGPで優勝した際の、レース後記者会見でのことだ。

 3位に入ったホルヘ・マルティン(Aprilia Racing)は、小椋の走りを評して「アイの後ろについて走っていると、コーナー進入で『これは絶対に転ぶよな......』と思うようなライディングでも、実はバイクはしっかりと接地していてキレイに旋回しながらコーナーを立ち上がり、後続を引き離していくんだ」と笑いながら話していた。

 それを隣で聞く小椋も、笑い声を上げていた。なぜあそこで笑ったのか、と訊ねると、思い出したようにまた少し含み笑いを浮かべながら、こう答えた。

「だって、『それ、お前が言うか!?』って思うじゃないですか」

小椋藍がMotoGP前半戦を終えてランキング2位 過去20年...の画像はこちら >>
 小椋が言うとおり、ホルヘ・マルティンのライディングは、路面に肩が擦れるのではないかと思うほど、イン側へ深く体を落とし込んで旋回していく独特のコーナリングが特徴だ。

「俺より全然、体が落ちてベターっとしてるんで、『これ、転んだ!?』って思うのはお前のほうだよ、と思うんですけど。おそらく彼が言っていたのは、ブレーキングからコーナーに入るところで、自分の場合は上半身が一回グッと(イン側へ)入るんで、その動きのことを指しておそらくそう言っていたのかな」

 小椋のライディングといえば、元Moto3ライダーで現在はサスペンションエンジニアとしてパドックで活動する鈴木竜生氏が、オランダGPで優勝した小椋の走行データを分析し、小椋の勝因は「立ち上がりの上手さ、そして綺麗な加速に持っていくためのコーナー準備」にあった、と読み解いていた。

 その鈴木氏の見立てを伝え、自分自身でも勝因はそこにあったと実際に感じていたのか、と訊ねてみた。

【前半戦の最後は苦手なドイツGP】

 小椋は、うーん、と少し考えこむ様子を見せてから、こう答えた。

「どのレースウィークもそこが上手にできた人、そこを思いどおりに走れている人は、やっぱり成績が出ると思うんですよ。だから、アッセン(第10戦オランダGP)では自分はそこを噛み合わせることができましたけど、ブルノ(第9戦チェコGP)はドカティファクトリーのふたりがよかったし、その前(第8戦ハンガリーGP)ならアプリリアファクトリーのふたりだった。

 やっぱり、その時々によって、コーナーと立ち上がりがバチバチに決まっているライダーがいるんですよ。そこがタイム出しにも一番影響するし、コンスタントに走っていくことにも影響する。だから、自分の強みというよりは、その時にそこをうまくできている人が強いのかな、という感じがします」

 鈴木氏が指摘する「立ち上がりの巧さと綺麗な加速」という視点で見ると、前半戦を締めくくる第11戦ドイツGPのザクセンリンク・サーキットは、非常に特徴的なコースだ。

シーズン全戦のなかで最も全長が短く(3,671m)、左コーナー10に対して右コーナー3、と左右差が極端なレイアウトで、しかも見通しの悪い中低速コーナーが多い。

 小椋はこのコースで、過去にあまりいい成績を残していない。総じて苦労する結果に終わったレースが多く、表彰台に上がったのは、Moto2のチャンピオンを獲った2024年(3位)の1回だけだ。優勝直後の大会とはいえ、本人は今年も苦戦を覚悟していた様子だ。

「......難しいと思いますよ」

 実際に、この取材から数十分後に行なわれたドイツGPの事前公式記者会見では、小椋は司会者の質問に対して「ベスト6が今回の目標」と答えている。

「なんか、うまく理解できていないコーナーがあるんですよね。毎年毎年、遅れるところが決まっているので......。まあ、今回もそこ次第でしょうね。そこがほかの選手と同じくらい走れれば、今までのザクセンリンクよりはいいレースをできるかもしれない」

【不安要素の予選で悪くないグリッド】

 ザクセンリンク・サーキットでは、マルク・マルケス(Ducati Lenovo Team)が圧倒的な強さを誇っている。2013年にMotoGPへ昇格して以来、昨年まで9回の勝利を挙げてきた。

 今年のレースウィークでも、マルケスは圧倒的な強さと速さを見せた。予選でポールポジションを獲得し、土曜スプリントで勝利。日曜の決勝レースでも後続を引き離して独走で優勝、ザクセンリンク10勝目を達成した。

小椋藍がMotoGP前半戦を終えてランキング2位 過去20年の日本人ライダーにはなかった「世界王者」にふさわしいメンタルの持ち主
小椋藍はランキング2位で前半戦を折り返した photo by ©TRACKHOUSE RACING MOTOGP TEAM
 一方、小椋は予選で5番手タイム。2列目中央からのスタートとなった。予選は不安要素、と述べていたわりに、まずまずのパフォーマンスで悪くないグリッドポジションだ。

 小椋の特徴は、中段グループや後方に位置している時でも高い水準のラップタイムを安定して刻み続け、着々とポジションを上げてゆくことだ。そんなレース展開はすでに見慣れた光景だ。得意ではないと公言するコースで2列目からスタートするのであれば、今や世界が注目する高い安定感を発揮すれば、表彰台圏内をうかがう位置で走ることもできるかもしれない。

 7月11日の土曜午後3時(日本時間午後10時)にスタートしたスプリントは全15周。やはり、マルク・マルケスが圧倒的な強さで勝利した。トップスリーはドゥカティ勢が独占し、小椋はアプリリア勢最上位の4位。

 上記の小椋の言葉を借用すれば、今回のザクセンリンク・サーキットでは「コーナーと立ち上がりがバチバチに決まっている」のがマルケスであり、ドゥカティ勢であったということなのだろう。とはいえ、小椋はアプリリア勢最上位であることに加え、不得手を自認するコースで4位という結果なのだから、まずは上々の土曜日だったといっていい。

 オランダGPの優勝により、小椋はチャンピオンシップのランキングで4番手に浮上していた。

首位に立つアプリリアファクトリーのホルヘ・マルティンと、小椋の点差は25ポイントだ。この土曜のスプリントを終えた段階でも、小椋のランキングは4番手。ただし、マルティンが小椋よりも下位の6位でゴールしたため、ふたりの点差は少し縮まって23ポイントになった。

【「まだ4番手」と言いきれる胆力】

 最高峰クラスでの優勝もさることながら、日本人ライダーが年間ランキングでこのような上位につけるのは、近年では久しくなかったことだ。

 シーズンはまだ半ばとはいえ、手を伸ばせばランキング首位に手が届きそうな順位にいることについて小椋に尋ねると、「でもまあ......、チャンピオンシップはまだ4番手ですからね」と気のない様子で話し、「このまま調子よく行ってくれたらいいなと思ってはいますけれども、チャンピオンシップに対しては、意識という意識は特にしていないですかね」

 この時はそれ以上、この話題に深入りしなかったが、思い起こせば最高峰クラスを戦ってきた数々の日本人ライダーのなかで、世界最高峰クラスの年間ランキングで「まだ」4番手、と言ってしまえるライダーは、少なくともこの20年ほどではひとりもいなかった。そんなところにも、泰然自若とした態度ながら小椋が見据えている目標の現実感と、それをつかもうとする胆力の片鱗が現れているように思う。

 日曜日の決勝レースは、現地時間午後2時(日本時間午後9時)にスタートした。全30周の戦いで、マルケスは序盤からトップを走行し、着実に2番手以降との差を開いていった。5番グリッドスタートの小椋もマルケスの後方のグループで周回を重ね、終盤で2位へ浮上した。マルケスはやはり今回も独走で優勝を果たし、ザクセンリンクのMotoGP決勝レースで10勝目を挙げた。

 小椋は2位。マルケスに迫ることこそできなかったが、不得手と公言していたコースでこの結果は上出来といっていいだろう。3位には小椋のチームメイト、ラウル・フェルナンデスが入った。

 終わってみれば、3戦連続表彰台(チェコGP=2位、オランダGP=1位、ドイツGP=2位)である。さらに、チェコGPの前に目を向けてみると、第7戦イタリアGPでは4位、第8戦ハンガリーGPも4位と、高リザルトが続いている。

【首位ホルヘ・マルティンと14点差】

 そしてこの結果により、小椋藍はランキング首位のホルヘ・マルティンまで14ポイント差のランキング2位に浮上した。14ポイントという点差は、決勝レースの優勝で25ポイント、土曜のスプリントで12ポイントが付与されることを考えると、1レースで一気にひっくり返ってしまう僅差である。

 シーズンは約4週間のサマーブレイクを経て、後半戦は8月9日決勝の第12戦イギリスGPから再開する。チャンピオンシップを賭けたライダーたちの戦いは、そこから秋へ向かうにしたがってますます熾烈になってゆく。

 それがどのような展開になるにせよ、過去何十年もの間、さまざまな世代のさまざまな日本のライダーたちやチーム関係者、そして多くのレースファンが見たいと思い続けながら、けっして見ることのできなかったものを、おそらく我々はこれから目の当たりにしてゆくことになるのだろう。

(了)

【profile】
小椋 藍(おぐら・あい)
2001年1月26日、東京都清瀬市生まれ、埼玉県育ち。ポケバイからキャリアをスタートし、アジア・タレント・カップ等を経て2019年に世界選手権Moto3クラスへフル参戦。冷静沈着なライディングと高い修正能力を武器に頭角を現し、2021年からMoto2クラスへ昇格する。2022年にランキング2位となり、2024年にはMoto2クラスで世界チャンピオンに輝く。2025年から最高峰MotoGPクラスへステップアップし、アプリリアのサテライトチーム「トラックハウス・レーシング」に所属。

2026年の第10戦オランダGPでMotoGP初優勝を果たした。日本人ライダーの最高峰クラス優勝は2004年の玉田誠以来22年ぶり。身長169cm。

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