「今まで8回くらい、ミットのヒモが切れたことがあります」

 そんな"伝説"を明かしたのは、聖隷クリストファー(静岡)の正捕手を務める筧優亨(かけひ・ゆうと)である。ブルペンでの投球練習を含め、高校3年間で何度もエース左腕・高部陸に愛用のミットを破壊されてきた。

「ストレートが速すぎて、ミットの芯で受けたのにヒモが切れたこともあります。カーブを改良している時、『斜めに落ちるかな』と想定していたら、めちゃくちゃ縦に落ちてきて。慌ててミットを合わせたら、ウェブ部分が引っ張られて、ヒモが切れたこともありました」

 高部と過ごした3年間を総括してもらうと、筧はしみじみとこう語った。

「人生で、最初で最後の経験だと思います。3年間、ブルペンを含めてボールを受けていて楽しかったです」

【夏の甲子園2026】聖隷クリストファー・高部陸の「2回加速...の画像はこちら >>

【佐野日大に10奪三振も初戦敗退】

 8月6日、全国高校野球選手権大会1回戦。聖隷クリストファーは佐野日大(栃木)に0対1で敗れた。

 高部は5回二死まで無安打投球を続けるなど、被安打6、奪三振10と好投した。7回表に守備の乱れがあり、1失点。佐野日大のエース・鈴木有の快投もあり、聖隷クリストファーは最後までホームベースを踏めなかった。

 試合後、ベンチ前に整列した高部はトレードマークの笑顔をたたえつつ、視線を斜め上へと向けていた。それは涙がこぼれ落ちそうになるのを必死にこらえているように見えた。

「最後まで笑顔を貫こうと思っていました」

 記者会見場に現れた高部は、ハキハキとした口調でそう述べた。中堅手の落球によって与えてしまった決勝点について聞かれると、きっぱりとこう答えた。

「自分が粘りきれませんでした。三振を狙いにいったのに取れなくて、前に飛ばされた時点で自分の負けでした」

 この日の最高球速は144キロ。自己最速の150キロには遠く及ばなかった。

【2回加速するストレート】

 じつは今夏の静岡大会が終わったあと、疲労が抜けきれずに調整が遅れるハプニングがあった。佐野日大戦でも、試合後半には球速が130キロ台中盤まで落ちた。コンディションは万全とは言えない状況だった。

 それでも、高部は「調子は悪くありませんでした」と振り返る。指にかかったストレートは強烈なスピンでうなりをあげ、筧のミットを突き上げた。

 最速150キロの本格派左腕──。高部という投手には、そんな陳腐なラベリングは似合わない。数字では測れない魅力があるのだ。

 捕手の筧から見て、高部のストレートはどのように映るのか。そう尋ねると、筧は少し言葉を探したあとに「2回加速する感じです」と答えた。

「マウンドから10メートルくらいのところから1回加速して、14~16メートルくらいのところでまた加速する。そんな体感ですね」

 筧の実感では、佐野日大戦でもそんな加速するストレートが数球はあったという。筧は呆れたようにこう言った。

「たぶん、バッターは(ボールが)見えてないです」

【大学進学を決断した理由】

 今から約1年前、高部にどんな感覚でストレートを投げているのか聞くと、こんな答えが返ってきた。

「ボールを指で転がして、弾くイメージです」

 あくまで「イメージ」であるが、左手で握ったボールをリリースの寸前に指先まで転がし、最後に弾く感覚だという。にわかには理解しがたい、独特の感性をうかがわせた。

 今夏の甲子園でも、高部は新たな顔を見せた。走者がいない場面ではゆったりとしたワインドアップモーションで投げるが、時折右足を素早く踏み出すクイック投法で投げることもあった。立ち上がりにはクイック投法を駆使して、三振を奪うシーンも見られた。

 高部はその狙いをこう語っている。

「バッターの間(ま)を崩す工夫をしていました。全国でも通用したので、よかったです。

頭を使ったピッチングを高校3年間かけてやってきたつもりです」

 試合後、記者に進路を問われた高部は、大学に進学する意思を表明した。

 本人が望めば、今秋のドラフト会議での上位指名は確実だったはずだ。それでも、大学進学にこだわる理由はどこにあるのか。そう尋ねると、高部は涙の乾いた瞳をこちらに向けて、こう答えた。

「プロでの4年間と大学での4年間を比べた時に、もしかしたらプロではレベルの高さに負けてしまうかもしれないと感じました。まずは大学での4年間ですべてにおいてレベルアップして、プロ1年目から活躍できるような選手になりたいと思って、大学進学を選びました」

 続いて、大学4年間での課題について聞かれると、高部は「変化球です」と即答した。

「決め球にできるような変化球もなくて、今日のような強い相手になると真っすぐに頼ってしまうところがあるので。その点で4年間かけて成長したいです」

 プロに進む道はひとつだけではない。甲子園という大舞台で鮮烈な印象を残し、高部陸は新たな道へと歩み出そうとしている。

菊地高弘●文 text by Takahiro Kikuchi

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