この記事をまとめると
■フォルクスワーゲンの電動化戦略のイメージリーダーとして開発されたのがID.Rだった■ID.Rはパイクスピーク・ヒルクライムで史上初の7分台を記録して優勝を果たした
■その後もニュルブルクリンクやグッドウッドフェスティバル・ヒルクライムなどで新記録を樹立している
フォルクスワーゲン電動化戦略の旗頭
2015年、いまも記憶に残る排出ガススキャンダル(ディーゼルゲート)を受け、フォルクスワーゲンはそれまでグループで全体参戦していたWRC(世界ラリー選手権)を始め、ル・マン24時間に象徴されるWEC(世界耐久選手権)、さらにはダカールラリーといったモータースポーツの表舞台から撤退することを決断する。
その代わりにフォルクスワーゲンが進めたのが自動車の電動化への道のりを歩むことで、2020年には電気自動車ブランドの「I.D.」(後の「ID.」)を展開していくことを決定。そのためのイメージリーダー的存在として、ファーストモデルとなるID.Rを生み出したのだった。

2017年に開発がスタートしたID.Rは、翌2018年の6月に、アメリカのコロラド州コロラドスプリングスで開催が予定されていた、伝統のパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムへの参戦を想定したレーシングカーだった。
動力源はもちろんエレクトリックモーター。実際には前後アクスルを駆動する2基のインテグラルパワートレイン製モーターで、トータル680馬力の最高出力を発揮。カーボンファイバー製シャシーとの組み合わせで1100kg以下と発表された軽量なマシンは、0-100km/hを2.25秒で加速するとオフィシャルには発表された。

前後輪用の各々に独立したリチウムイオンバッテリーを備えることを始め、そのメカニズムには見るべき点も多い。
新記録連発でID.ブランドを軌道に乗せた立役者
そして250日間という、きわめて短い開発期間で完成されたID.Rは、予定どおり2018年のパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムにエントリーした。ちなみにそれまでのEVによる記録は、2016年にDrive eO PP100をドライブしたリース・ミレンが樹立した8分57秒118。フォルクスワーゲン、そしてドライバーとして抜擢されたロマン・デュマにとって唯一の目標は、このタイムを上まわるタイムを記録することにほかならなかった。その成否はID.ブランドの将来にさえ大きな影響を及ぼすことになるのだから。

結果、ID.Rはこのヒルクライムを8分以内で走破した初のクルマとなる、7分57秒148の記録で見事に優勝。走行中の平均速度は150.9km/h。それは誰の目にも電気自動車が未来のツールとなり、またモータースポーツの世界においても、いつの日か主流となることを印象づけた瞬間でもあった。

ID.Rはその後もさまざまなステージでその圧倒的な運動性能をアピールし続ける。2019年にはニュルブルクリンクのノルドシュライフェを6分5秒336のタイムでラップ。コーナリングでの最大横Gは、この時3.49Gにも達したというから、いかにID.Rがレーシングカーとして優秀なモデルであったのかが良く理解できる。

また、この年にはグッドウッドのフェスティバル・オブ・スピードのヒルクライムで、これまで通りロマン・デュマのドライブで39秒90を記録。そのパフォーマンスは誰もが認めるところとなった。

フォルクスワーゲンはさらに、このID.Rのエボリューションモデルの開発に乗り出したと見られるが、残念ながらそれが表舞台に表れることはなかった。そしてID.ブランドは、現在のようにフォルクスワーゲンの電気自動車ブランドとして、より生活の中で身近にある存在となったのである。