この記事をまとめると
■レーシングドライバーは勝負に勝つための技を生み出すことがある



■中谷明彦氏の「ゼロ・カウンター走法」は4WD乗りが憧れる技となった



■F1の世界ではアイルトン・セナの「セナ足」も広く知れ渡っている



編み出した本人が技を解説

ゼロ・カウンター走法

以前紹介した「中谷シフト」のほかにも自分が編み出した走行テクニックとして「ゼロ・カウンター走法」が広く知られている。



とくに1998年発売のベストモータリングビデオに収録された、三菱ランサー・エボリューションVによる筑波サーキットでの最終コーナーゼロカウンター走行場面が衝撃を呼んだ。



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当時のことを振り返ると、ランサー・エボリューション(以下ランエボ)Vの新登場に合わせ、筑波サーキットでの走行シーン及びバトルシーンを収録するにあたり、撮影前日夕刻に三菱自動車開発陣と試走を試みた。

車両はランエボVのRS。5速MT仕様で軽量ボディとクロスレシオトランスミッションを搭載していた。目標は誰もが驚くベストラップを記録すること。当時、日産スカイラインGT-Rでも1分6~7秒であったから、市販車最速を目指すなら1分5秒台を叩き出す必要があった。



タイヤはブリヂストン・ポテンザの新品を装着している。新品タイヤの初期グリップを活かした走りをすることが重要とわかっていたので、走り始めた1周目からアタックに入った。雪も舞うような2月の低温環境下だったが、インラップでタイヤを温め、計測ラップに入るバックストレートでフル加速。通常なら4速が吹け切るような場面だが、クロスレシオのエボVはストレート後半で5速に入り、その5速もほぼ吹け切ろうとしていた。フルケール180km/hの速度計は振り切っているが、しっかりしたグリップ感と安定性が感じられていた。



迫り来る最終コーナーに向け、通常、強めのブレーキングで減速するのだが、ステアリングを切り始めるとスムーズにリヤが流れ初め、その分自然と減速を伴うのでブレーキペダルに足を乗せたのは一瞬だった。



すぐにランエボVのテールがスライドし始めるが、ランエボVは4WDだ。アクセルオンすることでトラクションを発生させ、前に引っ張ることで車体のヨーモーメントを収束させることができるとわかっていた。

そこでステアリングは切り込み状態から直進状態まで戻す程度でアクセルを全開にすると、見事に予測通り4輪スキッド状態で最終コーナーを走り抜けることができたのだ。



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三菱ランサー・エボリューションV



ミラーで後輪が発したタイヤスモークが濛々と立ち上がっているのを確認したときは鳥肌がたった。これこそがゼロ・カウンター走法が生まれた瞬間だった。ランエボVはその走りを狙って開発されたわけではないが、あらゆる場面での速さを追求した結果として、こうした走りが生み出されるポテンシャルを備えることができていたのだ。ACD(アクティブセンターデフ)やAYC(アクティブヨーコントロール)がまだ備わっていない前後メカニアルLSDのランエボVがこの走りを可能にしていたのだ。



そのとき記録したラップタイムは1分4秒4。目標を上まわるタイムに開発陣も驚くほどだった。



翌朝、ベストモータリングのロケで同走法を披露。筑波サーキットの最終コーナーに焦点を当てたカメラを配置してもらい、見事に撮影に成功した。



ゼロ・カウンター走法はこのように偶然の産物として編み出された走法だが、その後もさまざまな車両で同様な走法が試みられるようになった。



伝説のレーサーが編み出した技は理にかなったモノだった

セナ足

平成生まれの世代の人は知らない人も多いかもしれないが、故アイルトン・セナ(以下セナ)が行なっていた通称「セナ足」も伝説的なドライビングテクニックと言われている。



1978年、宮城県のスポーツランド菅生で開催された「ジャパンカートレース」に、当時18歳のセナ(当時はアイルトン・センナ・ダ・シルバのフルネームでエントリー)が参加した。



すでに天才カーターとして評判の高かったセナの走りを取材するため菅生を訪れ、そのアクセルワークを間近に見た。どのコーナーでもコーナーリング中にアクセルを小刻みに操作する、一見不利な走法に思えた。実際アクセル全開のまま駆け抜けていく国内のトップカーターの速さには及ばず、セナはこのとき4位だった。しかし、彼はその後の英国F3でチャンピオンとなってマカオGPも制し、数年後の1984年にはF1ドライバーとなっていた。



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アイルトン・セナ



F1に上がってからはオンボードカメラや足もとカメラにより、セナは変わらず「セナ足」を操っていることがわかる。知らないサーキットで操りにくい大パワーを短時間にトップレベルの速さで乗りこなさなければならない。欧州のレースはそういう環境だ。何度も走り、限界を掴んで確信してアクセル全開で行けるように習熟する時間はない。そうした環境ではアクセルを小刻みに操作して回転の落ち込みを防ぎ、吸気ポートで気流が滞るのを防ぐ意味でもセナ足は有効なのだった。



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セナ足イメージ



※画像はイメージ



後年、F1で世界チャンピオンとなったセナが、鈴鹿日本GPの翌日に鈴鹿サーキットでホンダNSXを走らせるシーンをベストモータリングが収録した。その足もとカメラにはNSXでもセナ足を行なうセナの姿が明確に収録されていたのだ。



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ホンダNSXプロトモデル



当時ベスモのキャスターだったボクはその解説をした記憶がある。

ボクや星野一義選手などの国内のトップドライバーは、コーナーの立ち上がりでアクセル全開にする手前でパーシャルスロットル状態を維持している間合いがある。走り馴れたサーキット、マシンならその踏み加減がわかり、アクセル開度を一定に保てるのだが、最初の1周目だったらそれこそセナ足のようにアクセルを操作して最適な踏み加減を模索するものだ。世界中を転戦するレーサーならではのテクニック、というのが「セナ足」に対する僕の見解だ。



ゼロ・カウンターもセナ足も映像媒体によって世界に広められ、多くの人が知ることとなった。

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