日経平均株価の“バブル超え”に沸く日本ですが、実質賃金は「22ヵ月連続マイナス」で、個人の消費支出も冷え切っています。しかし、日本はいま“異例の人手不足”……つまり「我々は忙しいけれども貧しい状態」だと、フィデリティ・インスティテュート主席研究員でマクロストラテジストの重見吉徳氏はいいます。

さまざまなデータをもとに、日本の実体経済についてみていきましょう。

実体経済をみると、日米ともに「引き締め」が求められるが…

日米共通して、実体経済だけを見ていると、「引き締め」や「引き締めの維持」が求められる状況です。

たしかに、日本の場合、実質賃金を前年同月比でみると、直近1月分までで22ヵ月連続マイナスとなっています。

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また、個人消費支出を前年同月比でみると、直近1月分まで11ヵ月連続のマイナスです。我々の暮らし向きは悪化しています。

「異例の人手不足」で忙しいのに貧しい…日本経済の“残念な実態”【マクロストラテジストが解説】

「異例の人手不足」が報告されている日本

しかしながら、金融政策を考えるうえでは稼働率を考える必要があります。たとえば日銀短観では、異例の人手不足が報告されています。

「異例の人手不足」で忙しいのに貧しい…日本経済の“残念な実態”【マクロストラテジストが解説】

たとえ、もうひとつの生産要素である資本がフル稼働(完全雇用)ではなくとも、労働が完全雇用の水準に達すると、それ以上は生産ができないために需要は供給によっては満たされず、インフレとして漏出するだけです。

“忙しいのに貧しい”日本人 

少し脱線すると、実質賃金や実質個人消費支出でみると、我々の生活は苦しくなっているわけですが、我々は全員雇用されています。「我々は忙しいけれども貧しい状態」です。それは、我々がさほどの価値を生み出す仕事を行っていないか、資本家が多くの取り分を持って行っているかのどちらか、あるいはその両方を示唆しているでしょう。

話を戻せば、日本経済においては、これ以上、人を雇うことはできないわけですから、失業という無駄を解消するための金融緩和政策はその一部を解除する「引き締め」が正当化される状況でしょう(→誤解のないために付け加えると、日本経済にとって「引き締めの継続」が必要になるかどうかは、別途検討されるべきでしょう)。

あわせて、米国の労働市場でも、実際に観測される失業率は自然失業率を下回っている可能性が高く、日本と同様、米国経済においては、少なくとも「引き締めの維持」が求められる状況です。

「異例の人手不足」で忙しいのに貧しい…日本経済の“残念な実態”【マクロストラテジストが解説】

米国が抱える「4つ」の債務

他方で、債務を考えるとむしろ真逆で、金融緩和が求められます。米国が抱える4つの債務を挙げます。

<緩和を求める4つの債務>

①政府の債務:国債

②中央銀行の債務:準備預金

③市中銀行の債務:預金

④企業の借り入れや商業用不動産の借り入れ

①政府の債務:国債

まず、1点目が政府の債務である国債です。米国の連邦政府債務・GDP比は、第2次大戦以来の高水準です。債務を持続可能にするためには低金利が求められますし、低金利の必要性を含め、インフレ期待が惹起されても不思議ではない状況です。

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また、同じことですが、連邦政府による利払い費はこのところ急増しています。この動きがエヌビディアの株価やビットコインの価格に似ていると感じるのは筆者だけでしょうか。

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②中央銀行の債務:準備預金

2点目が中央銀行の債務である準備預金です。米連邦準備制度理事会(FRB)は、準備預金への支払利息が保有資産からの受取利息を上回って赤字になり、現在は事実上の債務超過です。

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貨幣を発行する主体が、赤字や債務超過を継続することも、あるいは、それらを解消のためにいまここで低金利に戻すことも(あるいは政府がFRBに出資して財政赤字を増やすことも)、どちらの道を進んだとしても、不換紙幣という「ただの紙切れ」に対するひとびとの信頼が崩れるきっかけになりえます。

③市中銀行の債務:預金

3点目は、市中銀行の債務である預金です。過去1年のあいだに、銀行からは1兆ドル超の預金が流出し、ほぼ同額がMMFにシフトしています。

「異例の人手不足」で忙しいのに貧しい…日本経済の“残念な実態”【マクロストラテジストが解説】

銀行は保有資産の利回りが低いために預金金利を上げらない状態であり、そうである以上、逆に利下げによってMMFの利回りを下げないと、銀行からの預金流出は続き、やがて貸出を減らす必要が出てきます。

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④企業の借り入れや商業用不動産の借り入れ

すると、4つ目の債務である、民間企業や、オフィスやショッピングモール、ホテルなど一部の商業用不動産の借り入れに問題が生じます。

「異例の人手不足」で忙しいのに貧しい…日本経済の“残念な実態”【マクロストラテジストが解説】

市中銀行には利下げか、そうでなければ経営が悪化して流動性の再供給が必要になるとみられ、どちらに進んでもインフレ期待につながる可能性があります。

日本は利上げが始まっていないので、こうした問題が見えていないだけです。

重見 吉徳

フィデリティ・インスティテュート

首席研究員/マクロストラテジスト