
化学専門商社の稲畑産業<8098>が食品ビジネスの拡充に乗り出した。同社は2023年2月にウナギ加工品や乾燥野菜の製造などを手がける大五通商(静岡市)を子会社化し、グループ内に食品の製造や加工の技術をはじめEC(電子商取引)販売などの小売りに関するノウハウなどを取り込んだ。
2024年3月期を最終年度とする3カ年の中期経営計画「New Challenge 2023(NC2023)」の重点施策として「自動車分野」「ライフサイエンス・医療分野」「環境・エネルギー分野」に加え、「農業を含む食品分野」の拡充を掲げており、この方針に沿って今回およそ13年ぶりにM&Aに踏み切ったのだ。
2024年3月期の目標、売上高8000億円(2021年3月期比38.5%増)、営業利益205億円(同36.9%増)の達成に向けM&Aに求める成果は小さくはなさそうだ。
大きな相乗効果に期待
子会社化した大五通商は食品包装資材、食品機械を中心とする商社部門と、農水産品加工品の製造部門がある。近年はウナギ加工品のEC販売が伸びているという。2022年3月期の売上高は85億8700万円、営業利益は4億1300万円だった。中期経営計画の最終年度となる2024年3月期には、大五通商の数字がフルに加わることになる。
このほかに稲畑産業は、大五通商が製造する農水産加工品を稲畑産業の商社機能を生かして拡販するとともに、稲畑産業が国内外で調達する農水産加工品を大五通商のECサイトで販売するなどの取り組みが可能という。
さらに食品包装資材分野では、大五通商が扱うフィルムやトレー、カップなどの原料となる原反フィルムの販売などによって収益の拡大が見込めるほか、食品製造や包装設備でも、食品関連のグループ会社や取引先に自動化や省人化設備の導入を進めることで、さらなる業績の拡大が可能とみる。M&Aによって生じる相乗効果に大きな期待を寄せていることを感じ取ることができる。
合成染料の国産化に尽力
日本染料製造は、稲畑勝太郎氏が15歳でフランスに渡り染色の最先端技術を学び、帰国後の1890年に京都で稲畑染料店を創業したのが始まり。当時はフランスのサンドニー染料薬品製造会社や、エ・ギメー群青製造会社、ティアシュ色素製造会社などから染料を輸入し販売していた。
創業から7年後の1897年には欧州の最新鋭染色機械を導入し自ら染色の事業化に乗り出した。その後、取り扱い商品を機械や洋酒などに広げ業容を拡大しながら、1926年には合成染料の国産化のために設立された日本染料製造の社長に、創業者である稲畑勝太郎氏が就任。新技術の導入や設備機器の更新などを通じて、国産染料の普及に力を注いだ。
第2次世界大戦中に住友化学工業(現・住友化学)と日本染料製造が合併したのに伴い、稲畑産業と住友化学との関係が深まり、今は住友化学が稲畑産業の24%ほどの株式を保有する筆頭株主になっている。
稲畑産業は現在、自動車分野では車両内外装用加飾フィルムや車載向け電子デバイス材料などを中心に、ライフサイエンス・医療分野では各種医療機器、消耗品、細胞培養用培地添加剤などを中心に事業を展開している。
さらに環境・エネルギー分野では人工知能、ビッグデータ、フィンテック、セキュリティーなどを、農業を含む食品分野では各種農業関連資材、牛用飼料、自社農場でのブルーベリーやカボチャの大規模栽培、野菜鮮度保持フィルム製品開発などに取り組んでいる。
M&Aについては1935年に稲畑染工場を東洋紡績(現・東洋紡)に譲渡した以降は半世紀以上M&Aから遠ざかっていた。2000年に入り案件が増えたものの、ヘンケル・ジャパンのLED(発光ダイオード)封止材事業の製造、販売権の買収(2002年)、フランスのファインケミカルメーカーARDEAグループの買収(2006年)、調剤薬局6店舗運営のアイケイファーマシーの譲渡(2010年)の3件だけで、今回これに大五通商の案件が加わることになった。
さらなるM&Aの可能性も
稲畑産業は長期ビジョン「IK Vision 2030」を策定しており、この中で2030年ごろに商社機能を基本としながらも、製造、物流、ファイナンスなどの複合的な機能を持ち、売上高1兆円以上を実現するとの姿を描いている。
この長期ビジョンの達成に向けて、3カ年の中期経営計画「New Challenge 2023」に取り組んでおり、最終年度の2024年3月期に売上高8000億円、営業利益205億円、経常利益215億円、当期利益225億円という数字を掲げているのだ。
ただ、この数字は2022年5月に一度修正している。それというのも初年度である2022年3月期の業績が最終年度の目標数値を上回ったためで、当初計画の売上高6700億円、営業利益165億円、経常利益170億円、当期利益160億円から大幅に引き上げた。
ところが、中期経営計画の中間の年度となる2023年3月期は、売上高は7.2%増の7300億円と目標に近づくものの、営業利益は2.8%減の195億円、経常利益は5.3%減の205億円、当期利益は8.3%減の205億円に留まる見込みだ。
実はこの数字は最終年度の目標を引き上げたのと同時に業績予想として公表している。つまり当初から減益になることを想定していたわけで、そこには目標達成に向けた何らかの戦略があったはずだ。
その一つが大五通商の子会社化であったと言えそう。同社を傘下に収めることで、状況を改善する効果が期待できる。今後は目標達成に向けたさらなるM&Aが俎上に上がる可能性もありそうだ。
【稲畑産業の業績推移】

文:M&A Online編集部