
ダウンラウンドIPOとは?
皆さんは、「ダウンラウンドIPO」という言葉を聞いたことがありますか?
ダウンラウンドIPOとは、新規株式公開(IPO)時に、第三者割当増資などその直前の資金調達の際に発行した株式の株価を大きく下回った公開価格が付されることを言います。
例えば2022年12月に上場したnote<5243>の公開価格は340円でしたが、その直前の2022年4月に実施された第三者割当増資での1株当たりの価格は2062円でした。公開価格は直前の資金調達時の価格を83.5%も下回る水準だったことに、市場関係者も驚きを隠せませんでした。
また、2023年4月に上場したispace<9348>は公開価格が254円でしたが、その直前に実施された資金調達では1株1204円でしたから、これを実に78.9%も下回る価格となりました。
なぜダウンラウンドIPOが生じるのか?
2022年、2023年とダウンラウンドIPOとなるケースが目立っていますが、なぜダウンラウンドIPOが生じるのでしょうか?
一言でいえば、新規公開前の直近の資金調達時の1株当たりの価格が高すぎたということです。
直近の資金調達時の価格が高すぎた理由として、市場環境によるもの(マーケット全体の環境が影響する場合)と、個別の事情(その会社固有の状況が影響する場合)があります。
「マーケット全体の環境が影響する場合」とは、まさに2022年以降、世界的なインフレ局面となり、成長株のバリュエーションが低く評価される環境にあるからです。新規公開株の多くは公開後の高い企業成長が期待されていますが、例えばPER(株価収益率)で考えた場合、成長株のPERは高めになります。現時点の利益より、将来稼ぐと予想されている利益の方がはるかに大きいからです。
しかし、例えば5年後に100の利益が見込まれるとして、インフレにより5年後の100は今の100より価値が下がります。そしてインフレが大きく進展すると、5年後の100の価値の下がり方は大きくなります。低金利時代であれば、5年後の100は現在価値で考えると90だったのが、インフレが進展すると60とか70になってしまうのです。
新規公開株のPERは、将来得られるであろう利益の割引現在価値を合計したものがベースとなっていると考えることもできますので、インフレにより割引現在価値が下がることで、理論上のPERも下がってしまいます。
その結果、インフレがそれほどひどくなかった時期の資金調達時よりもかなり低いバリュエーションでないと買い手がつかない可能性があることから、ダウンラウンドIPOが生じてしまうのです。
もう一方の「会社固有の状況が影響する場合」とは、例えば以前の資金調達時に比べて事業の成長が鈍化したり、リスク要因が増大することが明らかになった場合や、想定以上の大赤字を計上して多額の債務超過となった場合などが挙げられます。もしくは、以前の資金調達での値付けがバブル気味になっていた可能性もあります。
ダウンラウンドIPOがマーケット全体の環境によるものあればまだ良いのですが、会社固有の理由によるものであれば、根が深い可能性もありますので、投資には注意が必要と考えます。
ダウンラウンドIPOの初値は公開価格より高くなる?
ただ、今のところ、ダウンラウンドIPOとなった企業の公開後の初値は、公開価格よりかなり高くなるケースがほとんどです。例えば前述のnoteは公開価格340円に対し、初値は521円でした。ispaceは公開価格254円に対し、何と初値は1000円まで上昇しました。
過度にダウンラウンドを行った結果、逆に割安度が増し、投資家からの買い需要が高まったものと思われます。そのため、大き目なダウンラウンドとなるIPOにはセカンダリーはともかく、プライマリーについては積極的に参加してみるのも良いのではないでしょうか。
IPOディスカウントとは?
さて、ダウンラウンドIPOと似た概念として「IPOディスカウント」があります。これはIPO時の公開価格を決める際、理論的な価格から10%~30%程度価格を切り下げたものを公開価格にする、というものです。
新規公開株は業績が安定しなかったり、突然業績が大きく悪化するなどといったリスクが、既に上場してからかなりの年数が経過している企業に比べて相対的に高いのです。そのため、新規公開時の価格の安全性や健全性の観点から、理論価格よりある程度ディスカウントしたものを公開価格にしているのです。
このIPOディスカウントは、新規公開株であれば、ほとんどのケースで行われていることです。
ダウンラウンドIPOとIPOディスカウントの違いは?
ダウンラウンドIPOをする企業とそうでない企業の株価の変化は、次のようなイメージを持つと良いでしょう。

ダウンラウンドIPOをする企業は、新規公開前の資金調達時からIPOに至るまでの間、マーケット全体の環境や企業自身の要因により、企業価値が落ちてしまっているというのが現実です。従って、ダウンランドIPOをしていない企業に比べれば、株価が値下がりしたり、企業破たんをしてしまうリスクは高いものと思われます。
IPOディスカウントは、公開価格の安全性、健全性の観点からほとんどの企業において行われている価格の引き下げであるのに対し、ダウンラウンドIPOは、直近の資金調達時から新規公開時までの間に、何らかの理由で企業価値が低下してしまっていることを表しています。
IPOディスカウントについては特段意識する必要はないですが、ダウンラウンドIPOについては、上場前の段階で、すでに高い企業成長が見込まれなくなっている可能性もあります。その点を十分考慮し、投資対象とするかどうかを決めるようにしましょう。
文:公認会計士・税理士 足立武志(足立公認会計士事務所代表)
※本記事に記載されている個別の銘柄・企業名については、あくまでも執筆者個人の意見として申し述べたものであり、その銘柄又は企業の株式等の売買を推奨するものではありません。