海外M&Aを考える企業が把握するべき政治リスク│M&A地政学

海外M&Aで地政学は欠かせない。今、世界で何がおき、そこにはどんなリスクがあるのか。

「M&A地政学」では、国際政治学者で地政学の観点から企業のリスクコンサルティングを行うStrategic Intelligence代表の和田大樹氏が世界の潮流を解説する。今回は「海外M&Aを考える企業が把握するべき政治リスク」をテーマにする。

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近年、日本企業による米国企業の買収が増える中、バイデン氏は1月3日、日本製鉄によるUSスチール買収を阻止する意思を正式に表明した。バイデン氏は昨年秋の大統領選を見据え、以前から買収に難色を示してきたが、日本製鉄側は徹底抗戦の構えで、USスチールやバイデン前政権内でも反発の声が上がっていた。

しかし、トランプ氏も買収には断固として反対の姿勢で、日本製鉄は厳しい立場に追いやられている。今回のケースのように、第二次トランプ政権の誕生によって日本企業は今後大きな変動を経験することになりそうだ。海外M&Aを考える企業は今後のカントリーリスクを以下のように捉えるべきだろう。

対米リスク:保護主義の強まりと象徴的企業の買収困難

まず、対米リスクであるが、米政権がUSスチールの買収でNOを突きつけたことで、今後対米M&Aを考えている日本企業の動きが鈍化する可能性がある。米国は内向き化、保護貿易主義に拍車を掛けており、特に中国に対する警戒感が強い。中国に対して厳しい姿勢を強調することが支持拡大に繋がるような状況となっており、トランプ政権は経済や貿易の領域で中国排除の動きを鮮明にするだろう。

無論、トランプ政権が日本企業を中国のように警戒しているわけではないが、米鉄鋼2位のクリーブランド・クリフスのゴンカルベスCEOが「中国は悪だが日本はもっと悪い、日本は不当廉売や過剰生産の手法を教えた」と主張したように、日本企業と中国との関係については強く警戒すると考えられ、それが日本製鉄による買収阻止の一要因になった。

また、トランプ氏は米国が最強国であることに拘りがあることから、USスチールのような米国を代表する象徴的な企業の買収には引き続きNOを突き付けることだろう。トランプ氏からすれば、米国を代表する企業が外国企業に買収されることは一種の経済的侵略であり、大きな企業の買収ほどメスが入る可能性が高いと言えよう。

対中リスク:米中対立下での難しい選択

続いて対中リスクであるが、保護貿易主義に徹するトランプ政権が発足したことで、中国は日本に対して歩み寄りの姿勢を見せている。近年、不動産バブルの崩壊や高い失業率、鈍化する経済成長や改正反スパイ法などが影響し、日本企業の間では脱中国依存の動きが進んでいるが、米国の保護貿易主義が鮮明になったことでその動きが後退する可能性も聞かれる。

もちろん、日本にとっては依然として中国が最大の貿易相手国であり、今後もそれが重要であることは言うまでもないが、対米リスクが鮮明になったからといって中国回帰の選択肢を考えることは健全な策とは言えない。尖閣諸島や台湾など日中間の問題は何も改善の方向に動いておらず、依然として強い潜在的リスクがある。

また、中国では国民の経済的、社会的不満が蓄積しており、習近平政権は反政府的な動きが強まることを警戒し、国内で監視の目を強化しており、当然ながら外国権益もその対象となる。

さらに、上述したようにトランプ政権は中国を強く警戒しており、日本企業にとっては中国依存を強めることが同時に対米リスクを高めることになる可能性がある。中国と米国のどちらと付き合うのかという議論は良くないが、そういった問題が今日生じているように映る。

対台湾リスク:軍事的緊張と経済活動への影響

また、対中リスクに関連して対台湾リスクだが、昨年5月の頼清徳政権が誕生した。頼氏は中国に台湾は隷属しないなどと発言したことで、それ以降、中国は台湾本土を包囲するような大規模な軍事演習を2回行っている。台湾本土にある主要な港を抑える海上封鎖の訓練、台湾本土と離島を繋ぐ海底ケーブルの切断なども行っており、軍事的な緊張が続いている。

今日の人民解放軍に台湾侵攻を円滑に行える能力は備わっていないとみられ、軍事的侵攻は最後の手段となると思われるが、海上封鎖などは現実的なリスクとして捉えるべきだろう。

トランプ政権の台湾政策は不透明な部分があるが、マルコ・ルビオ次期国務長官は対中国で台湾を重視する姿勢を示しており、米台間で大きな摩擦が生じる可能性は現時点では低いと言えよう。しかし、台湾M&Aを考える場合、台湾リスクを中長期的に考えるべきであり、その緊張が緩和されることは考えにくい。

対韓リスク:政権交代による関係悪化の可能性

最後に対韓リスクだが、2022年5月にユン大統領が誕生したことで、日韓関係は大きく改善した。

岸田氏とユン氏は互いの国を訪問し、第3国での国際会議を利用するなどして会談を繰り返し、政治や経済の面で日韓関係は良好なものとなった。しかし、昨年12月にユン氏が戒厳令を発出したことで韓国内政は混乱に陥り、ユン氏は大統領としての職務から去ることになった。

今後、韓国では新しい大統領が誕生することになるが、現在のところ、有力視されているのは最大野党「共に民主党」の李在明氏であるが、同氏は強い反日姿勢に徹しており、仮に大統領に就任すれば日韓関係は再び悪化することになろう。韓国の大統領任期は1期5年であるが、今年は日韓関係が再び後退するリスクを認識しておく必要がある。

文:株式会社Strategic Intelligence 代表取締役社長CEO 和田大樹

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